第3話 祐樹
文字数 1,498文字
滝山公園の展望台には、人気がなかった。ここが公園として整地されたのは三年ほど前だ。それまではただの荒れ果てた丘だった。けれど、頂上からの眺めがきれいだと言って木々の間を縫い、藪をくぐって上まで上がる人は少なくなかった。おれや玲も例外ではない。今は引っ越していなくなってしまった友達と連れ立って、何度もここに遊びに来た。
おれは遊歩道ではなく、勝手知ったる山道の方から頂上を目指した。
もし、頂上の展望台でおれを待っているのが女の子だったら行けばいいし、ヤバ目の奴らだったらこのまま帰ることもできるからだ。
こういうのって、なんかすっげーちっちゃい男みたいで嫌だけど、仕方ない。おれはケンカも強くないし、今まで何度もボコられてる。変な見栄を張る余裕もないのだ。藪の陰に隠れて展望台の方を見た。
体がこわばった。
やっぱり、フルボッコの方だった。
制服を着くずした男子高校生が数人、妙に恐ろし気な雰囲気をまとわせて展望台にたむろっていた。
うちの高校ではない。……ということは、玲がかわいいっていうのは、かなり有名で、遠くの高校の奴からも注目されてる、ってことか。
ちょっと、いい気分だった。けど、油断は禁物だ。調子こいてなんとなく自慢してしまったせいで、今までどえらい目に遭ってきたんだから。いや、でもそれは、玲がかわいい、ってことを自慢したんじゃなくて、ずっと好きだった子とつきあえてうれしい、って、舞い上がってただけなんだけど。
いずれにせよ、あそこまでいろんな奴からケンカしかけられて、いまだに弱い、っていうおれ自身にも問題はある。
物音を立てないようにゆっくり腰を落としたそのときだった。
「おまえ、吉沢 祐樹か?」
背後から声がした。一瞬で、全身から汗がふきだした。体が氷のように冷たくなり凍りつく。座ったままおそるおそる振り返った。
あ。
言葉がのどの奥で引っかかった。男のおれでもつい、見入ってしまうようなイケメンが立っていた。……なんで気づかなかったんだろ。こいつも高校生か。どこかで見たことがあると思ったんだけど、どこで見たのか思い出せない。気のせいかもしれない。髪の色がちょっと茶色いだけで、悪そうには見えない。なのに、怖いというか、得体の知れない感じがした。
「ち、ちがうけど」
おれは、とっさに作り笑いを浮かべた。中腰のまま、こそこそ逃げようとした。
「待てよ」
その、茶髪がニヤリと笑った。
冷たい汗が背中に伝った。
「しっ、しずかに!」
そう言って、そのまま転がるように走りだした、そのときだった。
「おーい」
その男が、声をあげた。振り返る。男は笑ったままおれを見ていた。
「ここに、吉沢 祐樹が隠れてるぜ!」
「言うなよっ!」
一気に丘をかけ下りる。
「なんだと!?」
「逃げるな!」
展望台にいた感じの悪いやつらに気づかれた。
や、やべえ。なんだよ、さっきの茶髪!
とは思うけれど、この公園は小さいころから何度もよく来ていて知っている。遊歩道になってない道だって全然行けるし。かがんだまま藪の間をぬって駆け抜ける。
巻いたか?
振り返ったときだった。目の前の藪が、がさっ、と音を立てた。
「逃がさないよ」
さっきの茶髪が立っていた。
な、なんでだ!?
意味が分からない。おれのほうが絶対、前の方を走ってたはずなのに! それに、おれが通ったのは一番の近道で、あそこからほかの道に行けば絶対に遠回りになる。
なんでなんだよ……!
茶髪は藪の小枝など構わないように踏みつぶしておれの前に立った。と思ったときにはもう、胸ぐらをつかまれていた。
「な、なんなんだよ」
「ちょっと、来てほしいんだ」
おれは遊歩道ではなく、勝手知ったる山道の方から頂上を目指した。
もし、頂上の展望台でおれを待っているのが女の子だったら行けばいいし、ヤバ目の奴らだったらこのまま帰ることもできるからだ。
こういうのって、なんかすっげーちっちゃい男みたいで嫌だけど、仕方ない。おれはケンカも強くないし、今まで何度もボコられてる。変な見栄を張る余裕もないのだ。藪の陰に隠れて展望台の方を見た。
体がこわばった。
やっぱり、フルボッコの方だった。
制服を着くずした男子高校生が数人、妙に恐ろし気な雰囲気をまとわせて展望台にたむろっていた。
うちの高校ではない。……ということは、玲がかわいいっていうのは、かなり有名で、遠くの高校の奴からも注目されてる、ってことか。
ちょっと、いい気分だった。けど、油断は禁物だ。調子こいてなんとなく自慢してしまったせいで、今までどえらい目に遭ってきたんだから。いや、でもそれは、玲がかわいい、ってことを自慢したんじゃなくて、ずっと好きだった子とつきあえてうれしい、って、舞い上がってただけなんだけど。
いずれにせよ、あそこまでいろんな奴からケンカしかけられて、いまだに弱い、っていうおれ自身にも問題はある。
物音を立てないようにゆっくり腰を落としたそのときだった。
「おまえ、吉沢 祐樹か?」
背後から声がした。一瞬で、全身から汗がふきだした。体が氷のように冷たくなり凍りつく。座ったままおそるおそる振り返った。
あ。
言葉がのどの奥で引っかかった。男のおれでもつい、見入ってしまうようなイケメンが立っていた。……なんで気づかなかったんだろ。こいつも高校生か。どこかで見たことがあると思ったんだけど、どこで見たのか思い出せない。気のせいかもしれない。髪の色がちょっと茶色いだけで、悪そうには見えない。なのに、怖いというか、得体の知れない感じがした。
「ち、ちがうけど」
おれは、とっさに作り笑いを浮かべた。中腰のまま、こそこそ逃げようとした。
「待てよ」
その、茶髪がニヤリと笑った。
冷たい汗が背中に伝った。
「しっ、しずかに!」
そう言って、そのまま転がるように走りだした、そのときだった。
「おーい」
その男が、声をあげた。振り返る。男は笑ったままおれを見ていた。
「ここに、吉沢 祐樹が隠れてるぜ!」
「言うなよっ!」
一気に丘をかけ下りる。
「なんだと!?」
「逃げるな!」
展望台にいた感じの悪いやつらに気づかれた。
や、やべえ。なんだよ、さっきの茶髪!
とは思うけれど、この公園は小さいころから何度もよく来ていて知っている。遊歩道になってない道だって全然行けるし。かがんだまま藪の間をぬって駆け抜ける。
巻いたか?
振り返ったときだった。目の前の藪が、がさっ、と音を立てた。
「逃がさないよ」
さっきの茶髪が立っていた。
な、なんでだ!?
意味が分からない。おれのほうが絶対、前の方を走ってたはずなのに! それに、おれが通ったのは一番の近道で、あそこからほかの道に行けば絶対に遠回りになる。
なんでなんだよ……!
茶髪は藪の小枝など構わないように踏みつぶしておれの前に立った。と思ったときにはもう、胸ぐらをつかまれていた。
「な、なんなんだよ」
「ちょっと、来てほしいんだ」