手髪
文字数 2,045文字
収まらぬ鼓動が
ドアを勢いよく開ける
和人が出迎えてくれる
評判通り気の利く子で
話し相手を欲する俺の衝動をつぶさに感じ取る
今日に幾度となく口にした言葉
それでも軽くなる事はなく
喉に絡むので一旦唾を呑み
潤して発す
妊娠させる専門ではあるが
俺自身は妊娠できないしする気もない
ただ…
普通に孕ませたのは今回が初めてだ
多分
なので今日という日は特別
記念日にするならなんと名付け__
何事かと問いかける前に
和人は俺を置いて部屋の奥へと去っていった
嫌な予感がした
和人は我が家の家政夫である
名と役職の通り歴とした男だ
中性的な面立ちに反して
ぶら下げる逸物は凶暴だ
だから妻に手を出したりはしないだろう
などと安易な考えで側に置いた訳じゃない
アレは番犬だ
外的から妻を護る類いでなく
妻の欲情を発散させる犬である
俺の妻…
アリスの尻は軽い
それは承知の上で結婚した
避妊すれば俺以外の相手と寝てもいい
俺が認めた男ならその子を産んでもいい
但しそれ以外の出産は認知しない
破れば離婚し親権を剥奪する
そして俺自身は
妻だけを愛す
互いに合意の上で交わされた誓い
弁護士を通じて契約書も作った
国内法が糞だから海外で籍を入れた
アリスの股はホットでも
頭はクールだ
だとすると
疑わしきは……
その美しい唇が裂けてしまったら勿体無くて
咄嗟に和人のスカートめくり上げたけど
今度は中のオベリスクに釘付けで
開いた口が塞がらなかったよな
俺程でないにしろ
小柄な根元からは身の丈に合わない逸物
一方俺の息子は
サイズこそ和人を上回るものの
身長比は平凡
アリスの理性を狂わせたにしろ
和人が女に目覚めたにしろ
原因は和人にある
尻慣らしに丁度良いと当てがわせていたディルドに孕ませられるなど誰に予想できよう
そろそろアリスの秘所を使わせてやるのもやぶさかではないと思っていた矢先になんたる仕打ちか
前の口は使ってないという
戻ってきた和人は
両手を胸に何かを抱えていた
大きさは
10.5型のタブレット端末ほど
丁重に紙包みされたそれを受け取る
軽い
紙の上から感じる
板に張られたゴムのような弾力
和人の静かな急かしに
俺は外紙を破く
和人が手紙というそれに
紙の見栄えはない
この手の皮製品にはあまりお目にかかったことはないが
消去法で断定できる
つまるところ
皮から人為的な規則性に習って生えている体毛は__
生えている
そういうには語弊がある
正しくは縫い付けられている
文字として
直線のみで構成された文字は幾重にも束なり
白く柔らかな光沢の上に黒艶を浮かべている
皺一つない白地が
腹か背を想起させる
窓際へ行き
ガラス越しの陽を手髪に晒す
生白い肌の反射に
目が細まる
アリス様が身篭った時
渡してほしいと…
肌地をバックライトにした髪文字は
黒かった文字を別の色に透かせ
ブラインドにされた俺の睫毛に
栗色の輝きを滲ませた
小林の現状を暗示する
手髪を見つめていると
否応無くアイツの姿が脳裏を過ぎる
添えた親指が
懐かしむように
縫われた文字を撫でた
肉から剥がれる前は
もっと病的に生白かったモヤシ肌
細くてメラニン不足な頭髪は
強い光の下で黒を保てない
排ガスの多い道を数分歩いただけで救急車で運ばれる虚弱体質の癖に
どこにでもシャシャリ出ていく快活な奴
思い起こせば
キャンキャンと
喧騒がしてきそうだ
そんな
髪字の流れを辿るとしよう