手髪

文字数 2,045文字

収まらぬ鼓動が

ドアを勢いよく開ける

只今!

お帰りなさい

旦那様

いつもの様に

和人が出迎えてくれる

…なにか

良い事でも?

まだ召使えて一月足らずだが

評判通り気の利く子で

話し相手を欲する俺の衝動をつぶさに感じ取る

おう!

実はな__

今日に幾度となく口にした言葉

それでも軽くなる事はなく

喉に絡むので一旦唾を呑み

潤して発す

ん…


妊娠した

旦那様が⁈

おちょくるな

妊娠させる専門ではあるが

俺自身は妊娠できないしする気もない


ただ…

普通に孕ませたのは今回が初めてだ


多分


なので今日という日は特別


記念日にするならなんと名付け__

そろそろと思いまして

ツッコム用意をしてました

お前のその無駄に計算高いボケ

たまに怖い

……無駄だとしても

僕はこの日がくる事を

考えない日はありませんでした

ずっと…

待っていましたから

何事かと問いかける前に

和人は俺を置いて部屋の奥へと去っていった

待っていた…この日…?

妻が身篭(みごも)った事と関係が?
まさか……ッ!

嫌な予感がした


和人は我が家の家政夫である

名と役職の通り歴とした男だ

中性的な面立ちに反して

ぶら下げる逸物は凶暴だ

おいおい嘘だろ和人

彼氏持ちだろ?

女に興味なかったろ?

だから妻に手を出したりはしないだろう


などと安易な考えで側に置いた訳じゃない


アレは番犬だ

外的から妻を護る類いでなく

妻の欲情を発散させる犬である


俺の妻…

アリスの尻は軽い


それは承知の上で結婚した

避妊すれば俺以外の相手と寝てもいい

俺が認めた男ならその子を産んでもいい

但しそれ以外の出産は認知しない

破れば離婚し親権を剥奪する


そして俺自身は

妻だけを愛す


互いに合意の上で交わされた誓い

弁護士を通じて契約書も作った

国内法が糞だから海外で籍を入れた


アリスの股はホットでも

頭はクールだ

…あれは

他人の血を腹に混ぜるリスクを理解できない女じゃねえ

だとすると


疑わしきは……

アリスに和人を紹介したときは

女と勘違いして誓約書叩きつけて怒鳴り散らしたっけ

その美しい唇が裂けてしまったら勿体無くて

咄嗟に和人のスカートめくり上げたけど

今度は中のオベリスクに釘付けで

開いた口が塞がらなかったよな

雇用契約時に

殺精剤の服用を義務付けていれば…


和人…

貴様の男根舐めてたゼ

俺程でないにしろ

小柄な根元からは身の丈に合わない逸物


一方俺の息子は

サイズこそ和人を上回るものの

身長比は平凡

ギャップか?

アリスお前はギャップ萌えだったのか?

アリスの理性を狂わせたにしろ

和人が女に目覚めたにしろ

原因は和人にある

バター犬ではあんまりだと

アリスの性欲解消に飼っていたというのに

こんな事になろうとは

尻慣らしに丁度良いと当てがわせていたディルドに孕ませられるなど誰に予想できよう

そろそろアリスの秘所を使わせてやるのもやぶさかではないと思っていた矢先になんたる仕打ちか

おお和人よ

お前の名は調和の和の人と書いての和人だろ?

薄気味悪い笑顔を絶やさぬお前に

こんな混沌とした事態を引き起こさせたのはいったい何か⁈

旦那様
何だ!

僕がアリス様に挿れたのは

上と後ろの口だけに御座います

ご安心を

前の口は使ってないという

あ!


そうなんだ♪

そうならもっと早く言えと

声に漏れてらしたので

つい聞き入ってました

よくある癖だった

旦那様


これを……

戻ってきた和人は

両手を胸に何かを抱えていた

大きさは

10.5型のタブレット端末ほど

丁重に紙包みされたそれを受け取る






軽い




絵画……


じゃないな

紙の上から感じる

板に張られたゴムのような弾力

どうぞ……


ぉぅ

ピリビリと

和人の静かな急かしに

俺は外紙を破く

……なんだ


これは

手紙です

和人が手紙というそれに

紙の見栄えはない


この手の皮製品にはあまりお目にかかったことはないが


消去法で断定できる


つまるところ

皮から人為的な規則性に習って生えている体毛は__

これは……


髪か

 

生えている

そういうには語弊がある


正しくは縫い付けられている


文字として


直線のみで構成された文字は幾重にも束なり

白く柔らかな光沢の上に黒艶を浮かべている

部位は……

少なくとも手ではない

皺一つない白地が


腹か背を想起させる

何が手紙だ

二音しか合っていない

言葉遊びはその辺に

どこでコレを?

旦那様と僕が


よく知る人から

 

窓際へ行き

ガラス越しの陽を手髪に晒す


生白い肌の反射に

目が細まる

アリス様が身篭った時


渡してほしいと…

肌地をバックライトにした髪文字は

黒かった文字を別の色に透かせ

ブラインドにされた俺の睫毛に

栗色の輝きを滲ませた

小林…
だったモノ(・・)です
和人の物的表現が

小林の現状を暗示する

 

手髪を見つめていると

否応無くアイツの姿が脳裏を過ぎる


添えた親指が

懐かしむように

縫われた文字を撫でた

皮肉なもんだ

死後の方が健康的に見える

肉から剥がれる前は

もっと病的に生白かったモヤシ肌


細くてメラニン不足な頭髪は

強い光の下で黒を保てない


排ガスの多い道を数分歩いただけで救急車で運ばれる虚弱体質の癖に

どこにでもシャシャリ出ていく快活な奴


思い起こせば

キャンキャンと

喧騒がしてきそうだ


そんな小林(かれ)の事は一先ず思考の隅に置いといて


髪字の流れを辿るとしよう






『拝啓。



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登場人物紹介

斎藤(男:アセクシャル)


新婚ホヤホヤ

順風満々な生活を送っている

心残りがあるとすれば

妻を娶るのと時同じくして消息不明となった小林という男(ゲイ)の事

和人  (男:ゲイ)


斎藤家の家政夫

小林の後任として身の回りのお世話をする

主人を旦那様と慕い

性欲の対象としてもみている


しかし

婦人と性行を許されているのに

主人からはまるで相手にされないのが不満

小林  (男:ゲイ)


斎藤大好き

斎藤が結婚してから行方不明

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