第1話

文字数 1,387文字

 私は産業医の仕事もしている。先日、産業医の研修会に参加した。テーマは「化学物質の自律的管理に向けた課題」だった。聞いただけで眠くなりそうだったが、予想に反して面白かった。
 化学物質の管理は、労働安全衛生法によって定められている。法律で決められているのだ。しかし、労働安全衛生行政における日本と欧米の立ち位置には大きな違いがある。
 日本の労働安全衛生法では、国が実施義務を課す内容「仕様基準」を具体的に事細かに規定している。個人や事業者は如何に国が定めた基準を守るかに重点を置く。
 これに対して欧米では、法規制内容は簡素化され、行政は目標を明示し事業者に目標「成果基準」の達成を求める。成果を達成するまでの手段は事業主の裁量に任される。事業主には結果責任があり、成果が出せない場合には立ち入り検査や摘発制度がある。
 聴いて成る程と思った。この考え方の違いは、日本と欧米の何かにつけての違いの根底をなすように思った。
 高校野球で10対0で負けているチームの選手が、9回裏、最終回の攻撃で内野ゴロに打ち取られて1塁にヘッド・スライディングをする。若者の最後まで懸命の姿は心を打つ。「試合には負けたが、最後までよく頑張ったの~。」「んだんだ。」(←日本的)
 一方で、オリンピックの陸上男子100m競走の予選で、断トツの1位の選手がゴール直前で明らかに力を抜いて、全力で走る2位以下の選手に余裕を見せつける場面を多々見掛ける。私は例え予選であっても全力でゴールを駆け抜けるべきだと思う。別に予選で世界新記録を出してもよいのだ。きっと1次予選の目的は第1位で予選を通過することなので、結果さえ出せば力を抜こうが文句はないのだろう。(←欧米的?)
 全てではないが、結果主義は医療の世界にも当てはまる。昔は、「爺ちゃんは助からなかったが、先生はやれるだけのことは全部してくれた。残念だが仕方がないのう」的な場面があった。今は様相が違うように思う。「医療側が最善を尽くそうが(もちろん全ての場面で最善を尽くすのは当然だが…)そうでなかろうが、結果が悪ければダメ」的な感がある。インフォームド・コンセント(Informed Consent : 十分な説明と納得した同意)が求められる背景でもある。

 さて写真は2015年12月25日、地元の焼鳥屋兼 Bar で頼んだ野菜スティックである。

 実は私は人参(にんじん)スティックが大好きだ。しっかりとした歯ごたえと、人参臭い甘味がいい。胡瓜(きゅうり)やセロリなどほかの野菜スティックと一緒に綺麗に盛り付けられ色彩のバランスも良く、食欲をそそられる。最後の盛り付けまでマスターの細心の工夫と配慮を感じる。
 料理や芸術など味覚、視覚、聴覚などの五感に訴える領域の世界では、作品が完成するまでの過程も重要な気がする。どうせ腹に入ればいい(結果)のだから野菜スティックなどにせずにミキサーにかけて野菜ジュースにすればいい。いや野菜に含まれるビタミンが摂れればいいのだから、サプリメントで十分補給できる、的な発想は合理的過ぎて味気ない。繊細で緻密な過程の積み重ね(経過)があって初めていい作品など(結果)に結びつくのだろう。

 「いい結果が出るのは、それなりの経過があるからだ」(←結論)。
 産業医の研修会を聴講しながら私は考え、上記の結論を得た。
 
 んだんだ。
(2023年4月)
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