第3話
文字数 1,543文字
「まだケイスケくんに怒ってるわけ?」
リカは黒枝豆を箸でつまみながら言った。
「怒ってないわよ。ただ、そんなに妹が大事なら妹と結婚すれいいのにって思うだけ」
「それを怒っているっていうのよ」
呆れたように、リカは笑った。
嫌なことがあるとリカとよく飲みに来る。小洒落たダイニングではなく、場末の居酒屋。そこがお決まりの場所だった。
「ケイスケくんとはどれくらい会ってないの?」
「もう数週間は会ってないかな」
私は大きくため息をついた。
「でもエツ子だって妹ほっぽって女と遊ぶような男は嫌でしょ」
一拍おいて、私は首を縦に振った。
「もうちょっと待ってあげなよ。結婚も視野に入れているんでしょ?」
「私はね。でも向こうがどう考えてるのかはわかんない」
「落ち着いたらそれとなく切り出してみなさいよ」
「結婚の話題を“それとなく”切り出せるような話術、私にはないわよ」
グラスに残ったビールを飲み干した。あれだけキンキンに冷えていたビールは、もうすっかりぬるくなっていて、変に喉に残った。
「ただいま」
「おかえりなさい。また飲んでたんですか?」
玄関のドアを開けると、リビングからとことことサダコが出迎えた。ベロベロの私にあきれた様子で苦笑を浮かべている。
「ちょっとだけね」
「さては結構酔っ払ってますか?」
「ばれたか、飲みすぎちゃった」
私は勢いよくリビングのソファに倒れこんだ。
「やけ酒、ですね。嫌なことでもあったんですか」
やれやれと顔をしかめつつ、サダコはタオルケットをそっと私にかけた。
「男よ、男。若い乙女の悩みは男か仕事」
「彼氏いたんですか」
「一応います。これでもいい年した女なもんで」
「ふーん、どんな人なんですか?」
「えー、聞きたい?」
「はい」
「そうねえ、優しいのよ。優しすぎて嫌になっちゃたの」
「重たいってことですか?」
「違う違う、私以外にも優しいすぎるのよ。自分にだけ、優しくしてくればいいのにね」
「ふーん……」
サダコは上から私の顔を覗き込んだ。
「でも、そういうとこが好きになったんじゃないですか?」
「そうかもね」
私は目をそらして、そう答えた。
「エツ子さん、今日は飲みましょう」
「へえ?なんで?」
「彼氏さんの話、もっと聞かせて欲しいです」
「えーなんでよ、今飲んできたばっかりだしなあ……」
気づいたら、机の上に10本ほどビール缶が並んでいた。ほとんど記憶はない。サダコはニヤニヤとこっちをみている。
「何よ。気色悪い」
うつろうつろしながら、呂律の回らない口で話した。
「それ。見てください」
サダコが指差したのは、A4のルーズリーフだった。私の字で何かが書いてある。
「ちょっと何よこれ?」
私からケイスケへの思いがつらつらと書かれていた。とても大人の女が書いたとは思えない陳腐な内容で、彼のどこが好きだとか、素敵だとか、女子中学生書いたみたいな散文だ。まどろみの中でも羞恥心は消えていない。
「エツ子さんが書いたんですよ」
プッとサダコは笑った。
「はあ、最悪」
「でも、」
サダコは安心したような表情で続けた。
「ちゃんと好きじゃないですか。ケイスケさんのこと」
「うるさいわねえ。そりゃあ付き合ってるんだから当然よ」
会話は成立していたものの、私の瞼は重かった。今にも目をつぶってしまいそうで、寝ているのか起きているのかも曖昧だ。
あれ、私、サダコにケイスケの名前教えたっけ?
閉じかけた瞼の奥で、サダコは口の前で人差し指を立てていた。
「私は、エツ子さんのことならなんでもわかるんですよ……」
リカは黒枝豆を箸でつまみながら言った。
「怒ってないわよ。ただ、そんなに妹が大事なら妹と結婚すれいいのにって思うだけ」
「それを怒っているっていうのよ」
呆れたように、リカは笑った。
嫌なことがあるとリカとよく飲みに来る。小洒落たダイニングではなく、場末の居酒屋。そこがお決まりの場所だった。
「ケイスケくんとはどれくらい会ってないの?」
「もう数週間は会ってないかな」
私は大きくため息をついた。
「でもエツ子だって妹ほっぽって女と遊ぶような男は嫌でしょ」
一拍おいて、私は首を縦に振った。
「もうちょっと待ってあげなよ。結婚も視野に入れているんでしょ?」
「私はね。でも向こうがどう考えてるのかはわかんない」
「落ち着いたらそれとなく切り出してみなさいよ」
「結婚の話題を“それとなく”切り出せるような話術、私にはないわよ」
グラスに残ったビールを飲み干した。あれだけキンキンに冷えていたビールは、もうすっかりぬるくなっていて、変に喉に残った。
「ただいま」
「おかえりなさい。また飲んでたんですか?」
玄関のドアを開けると、リビングからとことことサダコが出迎えた。ベロベロの私にあきれた様子で苦笑を浮かべている。
「ちょっとだけね」
「さては結構酔っ払ってますか?」
「ばれたか、飲みすぎちゃった」
私は勢いよくリビングのソファに倒れこんだ。
「やけ酒、ですね。嫌なことでもあったんですか」
やれやれと顔をしかめつつ、サダコはタオルケットをそっと私にかけた。
「男よ、男。若い乙女の悩みは男か仕事」
「彼氏いたんですか」
「一応います。これでもいい年した女なもんで」
「ふーん、どんな人なんですか?」
「えー、聞きたい?」
「はい」
「そうねえ、優しいのよ。優しすぎて嫌になっちゃたの」
「重たいってことですか?」
「違う違う、私以外にも優しいすぎるのよ。自分にだけ、優しくしてくればいいのにね」
「ふーん……」
サダコは上から私の顔を覗き込んだ。
「でも、そういうとこが好きになったんじゃないですか?」
「そうかもね」
私は目をそらして、そう答えた。
「エツ子さん、今日は飲みましょう」
「へえ?なんで?」
「彼氏さんの話、もっと聞かせて欲しいです」
「えーなんでよ、今飲んできたばっかりだしなあ……」
気づいたら、机の上に10本ほどビール缶が並んでいた。ほとんど記憶はない。サダコはニヤニヤとこっちをみている。
「何よ。気色悪い」
うつろうつろしながら、呂律の回らない口で話した。
「それ。見てください」
サダコが指差したのは、A4のルーズリーフだった。私の字で何かが書いてある。
「ちょっと何よこれ?」
私からケイスケへの思いがつらつらと書かれていた。とても大人の女が書いたとは思えない陳腐な内容で、彼のどこが好きだとか、素敵だとか、女子中学生書いたみたいな散文だ。まどろみの中でも羞恥心は消えていない。
「エツ子さんが書いたんですよ」
プッとサダコは笑った。
「はあ、最悪」
「でも、」
サダコは安心したような表情で続けた。
「ちゃんと好きじゃないですか。ケイスケさんのこと」
「うるさいわねえ。そりゃあ付き合ってるんだから当然よ」
会話は成立していたものの、私の瞼は重かった。今にも目をつぶってしまいそうで、寝ているのか起きているのかも曖昧だ。
あれ、私、サダコにケイスケの名前教えたっけ?
閉じかけた瞼の奥で、サダコは口の前で人差し指を立てていた。
「私は、エツ子さんのことならなんでもわかるんですよ……」