第2話

文字数 1,194文字

「ビールって美味しいんですか?」

麦茶の入ったグラスを片手に、サダコは私に聞いた。視線の先には私の右手に握られたビール缶。

「逆に仕事の終わりのビールほど美味しいものってあるわけ?」

目の前の少女が、未成年であることを理解しつつ、柄にもなく先輩風を吹かせた。都内の6階、夜のベランダには、夏らしい、生ぬるい風がよく吹く。残念なことに目の前に広がるのは美しい夜景でも何でもない。車通りの少ない、ただの道路だ。

「一口くださいよ」

「あんた飲んだことないの?」

「まだ未成年なもんで。本当に美味しいんですか?怪しいもんです」

「ほれ」

私の差し出したビール缶を、サダコは嬉しそうに受け取った。

「いざ行かん……」

サダコは勢いよく、ぐっとビールを口に流し込んだ。

と同時に吐き出した。

「何これ?まずい……こんなのグビグビ飲んでるんですか?」

「大人の味ってやつよ」

私はサダコからビール缶を受け取り、残りのビールを飲み干した。

この狭い、普通のありふれたマンションのベランダで、ビールをすする。それが私の小さな幸せだった。

隣で麦茶をすするサダコに目をやる。

その時間に、こうしてベランダで一緒に過ごせる友人ができたのは、幸運だった。

白い肌に、肩まで伸びた綺麗な黒髪。長いまつ毛に、吸い込まれそうな大きな瞳。

おおよそと美少女と言っていいであろう彼女は1週間ほど前、突然現れた。

「エツ子さん!」

「え?何?」

サダコの声でふと我に帰った。

「チャイム鳴ってますよ。誰か来たみたいです」

「ああ、宅急便ね。ちょっと出てくるわ」

ベランダから部屋に入り、インターホンに出る。どうやら頼んでおいた荷物がきたようだ。

「こちらにサインお願いします」

ドアを開けて、荷物の受け取りサインをしていると、部屋からサダコが出て来た。

「何頼んだんですか?」

私が返事をすることはない。若い配達人に色眼鏡で見られるのが嫌だったからだ。

「あれ、このお兄さんちょっとかっこいい……」

配達人の頬につんつんと触れるサダコ。当たり前だが、配達人には彼女を見えている様子もないし、触られていることに気づいてもいない。

私は目でさっさと中に入るように訴えたが、サダコがいうことを聞く気配はなかった。

「あんたねえ、やめなさいっていったでしょ」

配達人が帰った後、サダコは私の注意に耳を貸す様子もなく、届いた荷物を開けたくてウズウズしている様子だ。

「いいじゃないですか、どうせ見えないんですから」

「何で私だけに見えるのかしらね」

「これも縁ですよ。麦茶おかわりください」

「自分で注ぎなさい」

食事をとることもできるし、物に触れることもできる。

でも他の誰にも見ることはできない。私だけが見える話せる。

サダコは迷子の幽霊だった。
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