五 視察 その二

文字数 2,983文字

 相田秘書に案内されて、メンズファブリック第一営業部の後藤俊一課長とMarimuraの後藤俊介メンズ事業部長が待つ、一階応接室に入った。後藤課長は、タエとケイにソファーを勧めた。二人はソファーに座った。

「さて、どこから案内しましょうか?
 と言っても、オープンできるのは限られています」
 後藤課長はタエとケイを見ている。

「さっき常田社長に話したんだ。
 部外者がデザイン企画を見るのは問題がある。Marimuraでも同じだ。
 在庫管理と商品サンプルを見せて欲しい。
 素材の色彩デザインでは無く、糸使いによる素材変化、風合いの変化を知りたい。
 色彩デザインは後づけできるからね」とタエ。
「でしたら、この下の商品管理倉庫に案内しましょう。案内します。行きましょう」
 後藤課長はソファーを立った。


 応接室を出て、受付の横のエレベーターホールへ歩いた。
「この下なら、階段で行こう」
 ケイがそう言うと、後藤課長はエレベーターホールの先の階段へ案内して、階段を下りた。通路を歩いて、セキュリティーゲートを通り、『商品管理センター、商品管理倉庫オペレーティングルーム』と表示されたガラス張りの部屋を示した。

「ここが商品管理倉庫です」
 そこは、通路から倉庫を見通せるガラス張りの部屋で、コンソールの前に十人のオペレーターが座っていた。コンソールのモニターには、倉庫内の在庫とその種類とその位置が表示されている。

 後藤課長は商品管理倉庫について説明した。
「三洋テキスタイルの一階は一般ビルの二階の高さに相当します。
 一階の下は商品管理と配送を兼ねた商品管理センターです。全てコンピューター管理されて、配送車からの商品入庫と配送車への商品出庫は全て自動化されていて、いっさい人が介在しません。これは、商品管理倉庫に害虫を持ちこまないためです。
 商品入庫は、空気管理された予備室で、商品の防虫と殺菌がなされ、それから指定の商品棚に商品が保管されます。全て自動化されています」

「生地素材の出し入れを自動で行って、エアーロックで消毒される。
 これなら、生地が虫に食われること無いね」とケイ。

「殺菌と防虫を兼ねて倉庫内は窒素で満たされています。消毒もします」と後藤課長。
「それなら、商品在庫を安全に管理できるね。
 後藤部長はこの事を知ってたか?」とタエ。
「いいえ。今回が初めてです。この管理を見て安心しましたよ。さすがですね」
 後藤メンズ事業部長は管理システムに納得している。

「Marimuraの在庫を見ましょうか」
 後藤課長はオペレーターに、Marimuraメンズ事業部の商品在庫を示すように指示した。

 オペレーターがMarimuraの商品コードをコンソールに入力すると、オペレーティングルームのガラス越しに、商品管理倉庫内を移動するカメラロボットが見えた。
 モニターにMarimuraメンズ事業部と表示された商品棚とその棚の透明な扉の前に示された商品サンプルが映っている。
「この棚は商品を納めたカプセルです。カプセル内は窒素が満たされて標準状態に保たれ、商品の性質が一定に保たれます・・・」
 繊維関係の標準状態は、室温20±2℃、65±2%RH(相対湿度)である。

「すばらしい管理だね。そしたら、着色前の生地素材のサンプルを見せて欲しい」とタエ。
 生地素材の色彩デザインでは無く、糸使いに寄る素材変化、風合いの変化を知りたい。色彩デザインは後づけできるから・・・・。

「商品サンプルは一階の応接にもありますが、ここの商品管理室でより詳しく見れます」
 後藤課長がそう言うと、タエとケイはオペレーターたちに、
「オペレーターの皆さん。見学に時間をさいていただき、ありがとうございました」
 仕事中に見学させてもらった礼を述べて御辞儀した。

 オペレーターたちは、後藤課長が丁寧に対応しているタエとケイが、オペレーターたちに低姿勢な態度なのに驚いた。それまでの二人を見てきた後藤課長も後藤メンズ事業部長も、タエとケイの態度に驚いていた。


 商品管理倉庫のオペレーションルームを出た。
 通路を進んでセキュリティーゲートを通り、『商品管理センター、商品サンプル管理室、商品サンプル閲覧室、商品試験室』と表示がある部屋に入った。そこは三つの区画を見通せるガラス張りの、商品サンプル管理オペレーティングルームだった。

「ここでは、あらゆる商品サンプルが保管してあり、それらが規格どおりか否か厳重に試験しています」
 後藤課長は小型の商品管理倉庫のような商品サンプル管理区画と、商品試験区画を示した。二つ区画の間に商品サンプル閲覧室がある。

「さあ、サンプルを見ましょう」
 後藤課長はオペレーティングルームに隣接した商品サンプル閲覧室のセキュリティーゲートを開いて中に入った。

 商品サンプル閲覧室は、織物素材の博物館のように、商品サンプルが陳列してあった。陳列されたサンプルの横に風合い確認サンプルがあって、じかに手で触れられるようになっていた。

「どうぞ触って風合いを確かめてください。お望みの物があればサンプルを用意します」
 後藤課長はタエに微笑んだ。

「まだサンプルは要らないよ。風合いは充分にわかった・・・。
 婦人物の目付けが紳士物の三分の一程度なのは、なぜだ?」
 タエは後藤課長を見た。生地素材メーカーならそれくらいは知ってるだろう・・・。

「風合いを上げて量感を上げ、軽量化して、着用者が疲れないように・・・」と後藤課長。
「その分、耐摩耗性や引っ張り強度が低下する。
 まあ、婦人物をファッションとして売らんがためには、その方がいいって事だな。
 その事も視野に入れて生地素材を造ってるんだろう?
 違うか?」
 ケイが後藤課長を睨んだ。そのまま視線をそらさない。

「まあ、アパレルメーカーからの要望で生地素材を作っていますから・・・」
「生地素材の企画は、取引先の主旨次第と言うことか・・・」とケイ。
 三洋テキスタイル主導で生地素材の開発をしているわけではないと言うのか。伝統的な生地素材は従来の企画で生産しているが、新しい物は自主開発していないのだろうか?
 もしそうなら、新しいデザイン企画で取り引きする素材を、この企業に望めるだろうか?

「しかしながら、アパレルメーカーとの協同で、新素材を開発しているのは確かです」
 そこまで話して、後藤課長が言い淀んだ。
「そうか・・・。その言葉、今日の見学で一番の収穫だ!
 我社で新企画を打ちだした時は、協力してくれ!」とケイ。

「はい。喜んで・・・」
「その言葉、しっかり記録したよ・・・」
 タエは上着のポケットを指さして、会話を録音していたかのような素振りに驚いている後藤課長に言った。
「いろいろありがとう。勉強になったよ」

「では、応接へ戻りましょう」
 後藤課長はタエとケイと後藤メンズ事業部長を連れて『商品サンプル閲覧室』を出た。

「後藤課長はどこに住んでる?」とケイ。
「千住です」と後藤課長。
「家族は」
「協議中です・・・」
「立ち入った事を聞いてすまなかった」
 ケイはそう言って謝罪した。タエは傍で聞いていて、なんの事なのか気づかずにいた。

 一行は『商品管理センター、商品サンプル管理室、商品サンプル閲覧室、商品試験室』のオペレーティングルームを通って、通路と階段を戻り、一階応接室に戻った。
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