第一章 交錯する想い 過去編 赤と白

文字数 15,358文字

 市場のある活気は人の声が穏やかな地中海の波を沖に押し上げてしまいそうなほど賑やかなものだった。潮をふんだんに含んだ冷たい風が吹くと人の熱気をいっときだけ冷ましてくれた。市場といってもテントを貼り木箱の上に商品を並べたりした粗末なものが多かった。だけど、食べ物は新鮮な魚貝類や果物や野菜などが並んでいた。イヴァンはもし、今が中世のヨーロッパならここは素晴らしい市場だわと道の両脇に並んでいる露店を見ながら言ったのを覚えている。私の故郷……………と思われるクロアチアでは第三次世界大戦が終結を迎えた後に瓦礫と死体の山だけが積み上がったらしい。オスマン・トルコが東側と結託し旧EUに侵攻してきた時にオスマン・トルコに征服された数ある国の中の一つらしい。そして、世界大戦が終結になった後もこの国は更なる戦いの舞台になった。私はその動乱の最中で内乱が終わる二週間前、瀬川 太陽(たひ)に会うまで一人で生きていた。それが私の人生の転機でイヴァンとの出逢いでもあった。それは戦うことしか知らなかった戦災孤児の私が生きる意味を考えるきっかけになる。たひの経営していたPMCの駐屯地に二週間イヴァンと過ごした後に私は内乱が終結したクロアチアでイヴァンとたひと市場を行った。私にとってはそこで見かけた全ての光景が嘘のようにしか思えなかった。多くの人とすれ違うのに人が歩くたびに金楽器のように鳴っていた銃の金属音が聞こえない。どの人からも硝煙の臭いがしないし服に黒く煤けた赤い血がこびりついていない。金切る悲鳴も聞こえなければ発砲音がカラスの鳴き声のようにいつもなっていない。薬莢が落ちる音が巨大な泥の塊のような曇天の空に響くこともない。灰色がいつも混じり合う薄汚れた世界はなく。晴天の青い光が空気を澄まして視界を明るくさせている。この口は叫ぶ為だけのものと思っていた。なのに、人と人が声を出して何かを言っている。不思議とその声に耳を傾けてしまう。この手は銃を持つためのものだと思っていた。なのに、誰も銃を持っていなかった。代わりに人が人と手を繋いでいる。両手いっぱいに食べ物を持っている。いつもなら隙だらけの彼を殺しその日の食料を得ている。だが、何故だが、そんなことをしたい気になれなかった。
 知らなかった。あの雲の裏側にはこんな世界があったなんて。風の匂いがこんなにも胸を落ち着かせるなんて。この空の下では人がこんなにも違うように見えるなんて。
「ここの景色は随分変わってしまったな」
たひは港市場に目を奪われていた私の顔を一瞥すると街の真ん中に指を指した。私は突然話しかけてきた彼女から少し離れた。そして、無意識のうちにイヴァンの袖を掴んでいた。
「見えるか?」
言葉の意味は理解できなかったが指の先に目を向ける彼女の憂いた顔が戦場で私を殺そうとした者と到底同じ顔には見えなかった。たひが指をさす方に私はたひが不審な動きをしないか何度も確認を取りながら少しずつ顔を指の先に向けた。
「街の中心に細長い建物があるだろ?」刃こぼれした剣のようにレンガがかけている塔のような建物が見えた。先端を壊された塔の内側が露呈し階段と思われるものが見えた。
「あれは鐘楼だった。この港町について空を見上げた先にそれは街を見守るように立っていた」海鳥が上を通ると影が彼女の顔に一瞬だけ重なった。絶えず吹いていた風が私たちの髪を揺らすのをやめた。あれだけ市場を賑わしていた人の声もしなくなった。彼女が息を吸う。それは耳の中に妙に残った。彼女の長い睫毛が凪に触れると惜しむように瞬きをした。そして、彼女は蒼海の空に佇む鐘楼に「私は戦前に一度だけここにきたことがある。鐘楼から見える街はとても綺麗な街だったよ。」と友人を思いやるように言った。再び風が髪を揺らし始めると港から音楽が聞こえた。彼女が歩き始める。イヴァンも並んで歩き始めた。袖を持っていた私はつられて歩いた。その時に不意に吸った息のせいで口の中が塩辛くなった。私は初めて潮風が少しだけ辛いものだと初めて知った。




 「で、ここに私を呼んだ理由はなに」歩いて少し経つとイヴァンは市場の商品を所在なさそうに見ていた。「すぐに終わると聞いていたけど」
彼女は白衣を着たままだった。たひは顔を少し下げると私の黒ずんだ服を見た。たひが凝視するものだから私は思わずイヴァンの袖を強く握ってしまった。たひはそれを見ると顔を上げて側の露店を見た。
「いつからそんな懐かれたんだ?」
「………………………。懐かれた記憶なんてないわ」
「そいつが赤毛だと初めて知った。私とあった時は油や血のせいで黒にしか見えなかったからな」
イヴァンはため息をつく。そして、手を白衣のボケットの中に入れた。
「臭かったからシャワーを浴びさせただけ。私のところは研究所兼医務室を兼ねているから衛生的に良くないものを放置するわけにはいかないの。だいたい——————」
たひは陳列されていた光に照らされた煌びやかな珊瑚朱色のリンゴを手に取り私を一瞥した。
「あなた、聞いているの?」
イヴァンがりんごを見つめているたひの顔を凄んで見た。りんごには流れ星が過ぎた後に残る淡い銀色の線のような髪を持つイヴァンと彼女の袖を持ちりんごを訝しげに見つめる私が写る。たひは店主に硬貨を渡すと私にりんごを差し出した。私はその手が何を意味しているかわからなかった。たひは空いている手で私の手を掴もうとした。私はその突然の動きに竦んでしまって体をイヴァンに寄せた。
「私がいると気がおけないらしい」
「あなたなにを言っているの?」
勘が鋭いイヴァンはその後の言葉を突っぱねるように言った。
「—————————————————」
「だいたい、面倒を見たそうなお人好しが他にいるでしょ?」
たひの沈黙はここ最近の面倒ごとを押し付けてくるイヴァンの怒りを焚きつけさせた。簡単な理由しか教えられずに幼かった私を勝手に押し付けて世話をしろと言ったり、市場を歩かしたりとイヴァンは振り回される現状に怒りを覚えていた。研究する時間が大幅に削られていると思うだけで気が気ではいられなかったと思う。イヴァンは冷ややかな視線でたひの目を見た。
「契約内容にこんなことは書かれてないわ」
たひは携帯を触る「あなたはここ以外で自由に研究できないだろ?」たひは携帯をしまいイヴァンにりんご投げた。「それに、私のところ以外で検体が充実している施設はこの世界中でそうない」イヴァンは飛んできたりんごを咄嗟に掴んだ。
「あなたね!」
イヴァンがのどを熱くし言ったがたひは忽然と姿を消していた。たひのいた場所には中年の男が怒鳴られたと勘違いして身構えていた。イヴァンの携帯が鳴り始めた。携帯を見たイヴァンは舌打ちをして投げ捨てた。中年の男は飛んできた携帯に驚き尻餅をついた。
「あげるわ」
イヴァンはりんごを私の目の前に差し出した。私はそれを黙って見つめた。生まれて初めてルビーのように輝くまん丸い赤い球体を見た。今まで見てきたどの赤とも違って鉄臭くなかった。ほんのりと甘い匂いを吹きかけて私の興味をそそったが私はそれを見るだけで手に取ろうとはしなかった。彼女は私の袖を持った手にりんごをノックするように当てた。私は初めて自分が袖を持ってくことに気がついてすぐに離した。そして、私の手のひらより少しだけ小さい赤い球体が空いた手に入ってきた。私が反射して掴むと彼女はすぐにそれを手放した。私はどうしてイヴァンがそうしたのかわけがわからず先に歩いていく彼女の後ろ姿とそれを交互に何度も見た。人の口は叫ぶためのものではないこと。人の手は人を殺すために使わないこと。普通の生活では銃を持たないこと。硝煙が臭わない潮風があること。空があんなにも眩しいと世界が美しく彩られること。そして、赤い球体が食べられることも、それがりんごだということも、人からものを貰うことも何もかもわたしはこれっぽっちも知らなかった。






 イヴァンは群衆の合間の縫い目に沿って歩いていく。人酔いをしてしまい体調は芳しくない。体に溜まる熱が体調の悪さを実感させて気分をさらに悪くさせる。鈍い眼球を動かし人が空いている道を探すが身長の低さが災いして人の壁しか見えない。先の見ない道先に強い気怠さを覚えて顔を下に落とした。人の流れていく足並みに仕方なく揃えて歩いていくと突然、人がいないところに押し出された。
「お嬢さん、顔が真っ青だけど気分が悪いの?」
女の声が聞こえた。イヴァンは「平気よ」と言おうとしたが喉は思う通りに動かず口から息が出るだけだった。
「お母さん、この人気分がわるいの?」
落としている視線のそばで小さな影が女の手を引っ張り言った。女は子供の頭を撫でると心配ないと穏やかにいった。
「お嬢さん、あそこにベンチがあるから座りましょう」
女は我が子を宥めるように優しく言った。イヴァンを子供だと勘違いしていた。イヴァンはそのことに気がついていたが訂正をするほどの元気もなかった。暖かな手がイヴァンの手を引いてイヴァンの重い足取りに合わせてベンチに誘う。落とした視界に噴水の影が見える。上がった水が水面に落ちる音も聞こえる。小さな水の粒子の粒が肌に触れて暖かくなった体を冷やす。イヴァンはベンチに座り手すりに肘をかけ一息ついた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
薄い赤毛の女の子がしゃがみこんでイヴァンの顔を見上げた。
 ——————また、赤毛なの。
女の子から顔を背けると横に座っていた女と顔を合わせてしまった。女は突然顔を上げてきたイヴァンに驚いたがイヴァンの顔色が良くなっていることに気づきよかったと柔らかな表情で言った。女の髪は一見すると茶髪のようだったが太陽の光でそう見えるだけで娘と同じ色だった。水しぶきが手に触れる。イヴァンは「ありがとう」と間を空けていった。女は「気にしなくていいわよ」と嬉しそうにいった。女は子供に自分の横に座るように促す。そして、子供は首を横に振りながら母親の元に行った。イヴァンは顔をベンチと同じ方向に向けたが視界の隅の彼女らをうつしていた。娘が薄い赤毛を揺らして大げさに手足を動かして母親になにかを訴えている。慈しみに満ちた目で我が子を見ている母親は長細い赤毛を小さく揺らして微笑んでいる。子供のあの髪を見るとイヴァンはあれもこんな風に髪を動かすのだろうかと思った。口元が思わず緩んだ。話に折り合いがついたのか娘が一人で群衆の中に走りに行った。娘は母親の方に振り向くとつま先立ちをして無邪気な顔で手をいっぱいに広げて振る。そしてすぐに走って群衆の中に消えていった。イヴァンはその無邪気な子供の顔を見るとまた目をそらした。水が水面を打つ音がシャワーの水がタイルを打ちつけるに聞こえる。
 あれはこんな顔をしたことがあったのだろうか。あれはヘヤーシャンプーをしている時に顔を深く沈ませて体を震わせていた。声にもならない声がタイルを打つ水の音に隠れて聞こえた。あれの髪に塗り固まった染みついた血や死臭はシャンプーの泡を重苦しい黒色に変え油のように手にしつこく残る物質に変容させた。それにシャワーを当てれば美しい珊瑚朱色の髪が姿を現した。だがほとんどの黒い泡はあれにしがみつき、離れようとはしなかった。私が水の勢いを強くしてそれらを洗い流そうとすると水の裏に息を潜めていた音は呼応して大きくなった。綺麗な珊瑚朱色の髪が本来の輝きを取り戻しても私はずっと水を勢いよく流し続けた。小さな体が腰を曲げてうずくまっているからとても寒そうに見えた。だから私は風邪を引かれたら面倒になるから水をかけ続けた。シャワーの水が目に入っているせいであれは何度も手で瞳を拭いていた。私はまだ赤い髪に残っているであろう黒い泡を取るためにずっと髪をとかすように触っていた。悽愴の雨は降り続き排水口に溜まった黒い泡は残り続けた。
 噴水が止まり突風が吹き抜けていく。水面に広がる薄い波紋が静かに消えていき静観が広がった。乾いた目に瞬きをする。目の表面に残る岩のような塩が転がり目を痛ました。港で立ち止まり港市場を見ていたあれの顔はどんな風だっただろうか。横から少しだけ見えた顔は多分…………瞬きをしていなかった。

 「瞬きをしなかったのでしょ?」女はそう言うとポケットテッシュをイヴァンに差し出した。「その気持ちわかるわ」と感慨深かそうに女が言った。イヴァンは湿った視界からテッシュを取る。それを瞳のしたに添え数回瞬きをして塩水を外に出した。湿ったテッシュをポケットの中に入れてテッシュを女に返そうとした。市場に賑わう人たちを嬉しそうにも悲しそうにも女は見ていた。
「ここの街の特徴は中世の街並みを残した迷路のように入り組んだ狭い路だった。本当に綺麗な街で観光客がよく来ていたの。街の中心にたっていた鐘楼から見る夕日の光を浴びた赤い屋根が軒を連ねる光景が私と姉は大好きで何度も見に行った」女は過去の光景を思い出しながら静かに噛み締めるように穏やかに言った。––––––––女が口を閉じる。肌に刺さるような沈黙が続く。小さな姉妹が市場の中を駆け回る声が遠くから聞こえる。女は瞬きを一度した湿った目で重苦しく口を開けた。「戦争が始まると全てが一変してしまった。戦争は父を戦場に呼び、姉と私をたった一つの砲弾で引き裂いた。第三次世界大戦が終わりを迎えても在留し続けたトルコ軍との戦いが始まっただけだった。度重なる戦争にこの街は荒廃していき最後には瓦礫が積もるごとに人々の怨恨が心の根の奥まで伸びて心を暗くした」女は綺麗に微笑み憂いた目でイヴァンの目を見た。止まっていた噴水が水面を強く打ちつける音が聞こえると生温かい黒い泡が重力に逆らい手にしがみつくように残っている気がした。
「ここの噴水はね。戦前にはなかったものなの」
女はイヴァンから自身に近いにおいを感じていた。どのように戦争に巻き込まれたのかはわからない。だが、彼女もまた遠からずに被害者でもあり加害者でもあると感じていた。
「戦争は人を変えた。誰もが人を殺して誰もが人を裏切る。誰もが人を憎み、誰もが絶望する」女は立ち上がると噴水の水を見つめた。イヴァンが女を見る。女は自分の手の甲についた水滴を見つめていた。女はイヴァンの手を見てイヴァンの顔をみる。その目はなにかを見透かしているようだ。水が水面を弾く音がより一層うるさい。濁流が止めどなく流れている気がしてその方向を見たが噴水しかなかった。女は手の甲についた水滴を汚れを取るように伸ばす。「残された遺恨が罪が消えることは多分………………ありえないわ」
耳障りな大きな音をたてる水や鉛のように重く手から離れない泡がイヴァンの神経を逆撫でる。今まで感じたことのなかった逆流しそうな胃液の動きやそれを懸命に抑える喉の動き、暑くも寒くもないのに頬から一粒の汗がこぼれ落ちる。水面にうつる太陽の光が女の髪を紅く照らしだした。
また、あかいろ。なんで、あかい色はこんなにも私を惑わすのだろうか。
「人を殺すことは後に意味を残さないのに人を殺したことは罪を残す。それが間接的にも直接的なものであっても。それに気づくまで私は何度も過ちを繰り返しました」
「ママ!」
子供が噴水を見ていた女の元に駆け寄り手を掴んだ。女の皮の厚い手が柔らかな小さな手を包み込んだ。子供は母親の顔を見るとキョトンとした顔で見る。そして、子供は何かに気づいた顔をすると頰を膨らませた。
「もう、ママはひさしぶりに会ってからいつもそんな顔をする」
「大丈夫よ」
「ママの馬鹿」
いじらしく娘がそっぽを向いて言った。女は娘の心境を知ってか知らずかあの嬉しそうな微笑みを見せた。「あっ」と娘がなにかを思い出した声を上げ母親の方を向いた。娘は微笑んでいた母親の顔を見るとまたプイッとそっぽ向いてイヴァンに駆け寄った。娘はイヴァンを見て屈託なく笑いかけた。イヴァンはどうしたらいいのか分からず顔を背けた。
「これ、あげる」
女の娘はイヴァンの手を掴みそれを渡そうとしたがイヴァンは手をポケットの中に入れた。
「あなたの手が汚れるわ」イヴァンは娘と顔を合わさないようにうつ伏せる。「………あなたたちには充分によくしてもらった。それは受け取れない」一列になって空の海を泳いでいる海鳥の影が彼女らに重なる。娘が首を横に振ると薄い赤茶色の髪の一部が影からはみ出た。娘はイヴァンの手をポケットから取り出した。「やっぱり、おもったとおりのきれいな手」彼女はイヴァンの顔を見ると得意げな顔をして「海鳥の影がなくなったらわかるから」と自信に満ち足りた顔で言った。イヴァンはすぐに引き戻そうと思ったが小さな手の温もりに気が取られた。気がつけばうるさかった水面を打ちつける水の音が聞こえなくなっていた。落ちていた影がなくなりイヴァンの手は太陽の光に晒されて白い肌が露わになった。手を見ていたイヴァンが顔を上げる。水面に映る銀色の太陽を宿した煌びやかな瞳と合う。
「ほら、やっぱり妖精みたいなきれいな手」
と母親と同じ紅を靡かせ笑顔で言った。
噴水が高らかに上がると細かな水の粒が虹色に光った。戦場を知らない本来の子供の顔があの女に笑顔を取り戻させたことを理解した。それと同時にイヴァンはあれを避けていたのは単に子供嫌いや人嫌いという理由だけではないと思った。もしかしたら、自分は都合の悪いなにかを避けるためにあれを避けていたのではないのか。あの黒い泡は————。
「妖精さんまでそんな顔しちゃだめ」彼女は潮風で冷えたりんごをイヴァンの頰に添えるように当てた。「わたし、子供だからって誤魔化されることが多いけどわかるの。だって、こんなにキラキラな太陽の光が私たちを照らしているのに暗い影ができるもの」スカートにしわを作り小さく呟く。「お母さんに元気になってほしいけどなにをしたらいいかわからない。妖精さんにも元気になってほしいの」と言ってイヴァンの手に手を重ねてりんごを握らせた。「わたしにはこんなことしかできないけどいつか妖精さんから影がなくなるといいね」歯を見せて無邪気に笑う「お母さんにはさっきの話は秘密にしてね」と言った。女の子は母親の元に短い足を何度も交互に出してスカートをわんぱくに動かして早々にかけて行った。母親と手を繋ぎ前に向いて数歩歩くと右足を軸にしてくるりと反転する。つま先立ちしてイヴァンに大きく手を振った。そして、前に向いて歩き始めると顔を斜めうえに上げて歩いて行った。同じように子供と手を繋ぐ親子が多く歩いている賑やかな港市場の中にあっというまに消えて行った。






  ペロは今まで見たことがない物珍しものを見つめていた。しばらくするとそれまでそれにうつっていた銀色の髪がうつってないことに気がついた。すぐに周りを見渡したが自分と顔の距離が遠い見知らぬ大人しかいなかった。すれ違う大人や子供と少し目が合うだけでペロは身が狩られる恐怖を感じた。いつ自分に銃口が向けられるかわからない。ペロは薄汚れた服の中に手を伸ばすと自分がいつも携帯していた銃が取り上げられていたことを思い出した。
「お嬢さん。迷子か?」
肩に銃を下げた軍服を着た男が膝を曲げてペロに話しかけた。ペロは嗅ぎ慣れた火薬の臭いに気づき後ろから近づいた軍人にすぐに振り返り肩に下げた銃を見た。
「大丈夫だ。怖がらなくていい」
男はそう言うと緊張しているペロを落ちつかせるため肩に手を置こうとした。だが、ペロはその手をすぐに弾いた。手を弾いた音は砲弾のような大きな音を立て多くの通行人が立ち止まりペロたちの様子を見た。不特定多数の目に収まりきらないほどの抑圧する上からの視線はペロに死を感じさせた。彼女の人生は人と戦う人生しか知らなかった。自分が最も警戒して危険だと断定した大人という生き物の群れの中にいるという事実は彼女に戦慄を覚えさせた。密かに聞こえる大人たちの話を理解しているわけではなかったが死を目前に感じた彼女の耳は音を過剰に拾い恐怖を駆り立てた。男の後ろから金属音を鳴らしながら近く人影が見えると男が振り返った。その一瞬の隙にペロは乱れる息を止めて恐怖ですくみそうな体を動かし男を手で押し倒した。そして、生きた心地がしない群衆を抜けるために走り出した。自分の歩幅を体が忘れて何度も足がもつれこけかけたが足を止めることなく人の音が遠のくまでひたすら走った。港市場から離れて行き着いた先は細かな石の粒やレンガの破片や瓦礫が地面を埋め尽くす場所だった。つま先が石にぶつかり不意をつかれた声を出しこけた。咄嗟に手を前に出したが落ちていた薬莢に手を滑らした。肘が破損した細かい石の破片の上を擦って細かい引っ掻き傷ができた。傷口に入り込んだ砂利は血と共に流れおちて瓦礫の裂け目に沿って流れた。痛みの声をあげることはなかったが痛くないわけではなかった。同年代の女の子なら、男の子でも声を上げて泣いていただろう。ペロは膝を地面につけて起き上がると片手で薬莢を手に取っては投げることを繰り返した。血がついた薬莢は中身を無くした家だった物の中にある木のタンスや写真を飾った小さな額にあたっては軽やかな音を響かせた。
—————————カラン————カラ——————カ————ン
金具と金具がぶつかる音がなった。聞き覚えのある音の元にペロは足場の悪い道を慣れた足取りで走って行った。薄いベニヤ板に足を踏みいれると縦に綺麗に裂けて足が抜けなくなった。ペロは無理矢理足を出そうとしたが引っ張っても足を掴むベニヤ板が足を圧迫させるだけであった。それが分かるとペロはすぐに片方の足でベニヤ板を踏み潰すことにした。埃は背の小さいペロの顔まで上がりペロは目を閉じて服の袖を鼻に当てた。挟まっていた足に圧迫感がなくなると足を少し動かし異常がないか確認をした。その最中、カチッと決まりのいい音がなった。ラジオがたまたま起動した。だが、ペロは気にしなかった。足が動くことが分かると埃を手で振り払いながらまた走っていった。砂嵐が切れては繋がり断続的に音を拾い続け始めた。
 ————-ザザ——ッパ放送局です。現在、紛争が終えて二週間ばかりのクロアチアに来ています。ここは戦前では中世の街並みを残していました。町の中心に見える半壊の塔のようなものは教会の鐘楼だったものです。町を見守るように見下ろしていた鐘楼は見る影もない無残な状態です。
音の元に着くと数匹の蝿が飛んでいた。彼らが落とす影の下には瓦礫の隙間から腕だけが伸びていた。光を一切通さない分厚い瓦礫は常闇を作り肩からその先を見えなくしていた。変色した腕から小川のように下に流れていった血の痕は乾燥して赤黒くなっていた。そしてその先にはグリップを赤く染められた銃があった。紅色の薬莢が鈍く光を反射させペロの眼光を掠めると薬莢の近くにあるそれに気づいた。聞き慣れた音の元には嗅ぎ慣れたにおいがあった。ペロは銃を手に取ると弾薬を確認しようとした。その時、ペロは自分が手に持ち続けていたそれに気づいた。そして、なんとなく太陽の光に照らされた銀色に光るそれを見た。
————————に続きクロアチアの各所でデリー平和批准条約及び休戦協定条約に違反し駐屯したトルコ軍が起こした内乱——クロアチア争乱と言われる内乱が起こりましたがオスマン・トルコは否定しております。一説にはトルコ軍ではなく「操血者」と呼ばれる世界大戦で登用されたとされる意思を持つ生物兵器が集まり起こしたものとされております。ですが、それらは憶測の域を出ません。そもそも、「操血者」と呼ばれる兵器が存在したという証拠は証言に止まるばかりで一種の都市伝説のような扱いになっております。
「こんなところでそんな話をするもんじゃない。戦争は終わったんだ。それだけでいいじゃないか」
 ————では、あなたはどう考えているのですか?戦争で犠牲になった人たちのために事実を伝えることが大切だと考えませんか?それが私の————-
「それはそれでいいと思うが。私たちの殆どがそう望んでるとは限らない。ましてはそのことを私たちに求めるのは間違っている。この市場を見てみろ。戦争があったと思うか?海鳥が穏やかな地中海の水面を滑り、港の漁師たちは船にいっぱいの魚を港に持って帰る。そして、それは爽快な空の下にある音楽が流れる市場に運ばれる。今もこうしてる間に笑顔で沢山の人が通り過ぎてる。そろそろ、噴水の近くで音楽を奏でる奴らも来る。みんなそこで孤独や罪悪感や人を恨むことを忘れて歌に酔いどれる。気持ちのいいものだ。もちろん、私も行くつもりだ。来るならついて来なさい」

  今日の演奏は最高になる。ビリージョエルのピアノマンだからな。

 ペロは美しく光るそれを見つめると太陽の光がそれを美しくしているのだろうと思った。そして、興味のむくままに太陽の光を直視した。目が乾燥しまん丸い瞳孔の縁が焼かれる痛みが視界を点滅させた。耐えきれない痛みに顔をうつ伏せて影を作り何度も瞬きをした。やがて、視界が戻り痛みが無くなると銃を額の上に乗せ日傘のように使い目元に影を作り周りを見渡した。視界を遮るものはなくすぐに目的のものを見つけて走っていった。銃創が残る赤い屋根には新しい赤いペンキが塗られていた。大地が隆起を繰り返してできたような道の登り降りを繰り返した。腐敗して崩れ落ちた食べ物が割れた皿の上でハエたちに食べられていた。誰かの綴りかけのノートの上には小さな赤い足跡がつく。半壊した塔の陰に入ると更に速度を上げた。バイオテックシステムを利用したヘカトンケイルという重量戦車の巨大な四足の前足が二足重なって道を遮っていた。それに刺さっていた瓦礫の破片を足の踏み台にして飛び越えるとヘントケイルの本体から出た人口血が水たまりを作っていた。そこからの道のりは鉄くずの塊だらけだった。錆びた鉄の塊に成り果てた戦車は石油くさいただのがらくただった。辛うじて原型が保たれているものには手向けの花のように不発弾が転がっていた。鬱らに立つ鐘楼の影の根元近くに行くと教会があった。鐘楼に直接入って行きたかったが外廊下の前にヘカトンケイル級戦車がまた横たわり道を塞いでいた。
 だが、ペロは隣接している教会から鐘楼に入るための短い外廊下があることを知っていた。キリストの受難物語を二十八場面にして刻んだ樫の木の扉を開こうとしたがビクともしなかった。ペロは銃を振り重さと僅かに揺れ動く振動で弾薬が一つでもあるか確認した。そして、弾を放った。積み重なった遺恨の影に広がる銃声は乱雑に音を反響させた。新たな銃創が作られた扉を蹴り中に入った。おぼろげな暗闇の先に人が立っていた。ペロは銃口を向けた。そして、視界が慣れるまで凝視した。奇跡的に砲弾が直撃しなかった教会は節々に亀裂がはしっている程度だった。ドーム型の天井には細かい穴があり光が漏れ出していた。左側には瓦礫に砕かれ頭と体が離れた磔刑に処されたイエスの銅像があった。
「どこのならずものか知らないがその扉は芸術的な価値があるものでな、壊してもらっては困る」
亀裂から漏れ出る淡い光が陰影を濃くさせていた。眼鏡をかけ髭を生やした人相の悪い男と聖櫃が影の中から朧気ながらに見えた。ペロは標準を頭に定めた。淡い光が埃を輝かせてしまうほどの暗がりの教会の景色に慣れていった。男の位置では影の中に隠れているペロの姿がはっきりとは見えなかった。しかし、自分の腰くらいの高さから光を反射させる銃に気づくと男は眉間に皺を寄せた。ペロが歩くと教会内で厚みのない薄い足音が響いた。太陽の光が教会を真っ直ぐに見下ろしたせいなのか男の後ろにある節々で黄金が剥がれ落ちている聖櫃は荘厳な雰囲気を出した。光を背にした男は自分の背中から体温が高くなるのを感じていた。光が一段と強くなり男と少女の間に円状の光ができる。銃が光の中に入り徐々に少女が見え始めた。男とペロは一つの銃を隔てて互いに鋭く光る眼を見た。男は視界の隅で銃を添えていた手にりんごがあることに気がついた。
 りんご?————気にはなるが—————今は。
男はペロを再び鋭い目つきで見ると静かな憤りを言葉のうちに秘めさせた。
「それは子供の持つものではない。目的は分かっているからそれを私に渡しなさい」
「——————————————————」
教会内には男の声だけが無意味に何もなさず埃とともに緩やかに落ちていった。表情も口も動かさずに標準を通してしか自分を見ない少女に男はやるせない気持ちになった。男の影が動く。男が歪んだ光の円に入りかけると少女は半歩後ろに下がり道具を正しく構える音を響かせた。光の床を踏み始めようとした男の足はその音を聞くとすぐに止まった。ブレのない固定された手やそれを小さな体で支えるために地に足を密着させた体の構え。その精錬された動き。そして、はっきりとした他意のない殺意に固唾を飲んだ。
 ————亡霊だな。
男は後ろに振り返る。そして聖櫃の近くに置かれた片翼の天使と顔と両翼を失った天使を見ながらペロと真反対にあるそれに歩み始めた。
「大人の戦争は終わったが君の戦争は終わらなかったのか。大人たちが自ら陶酔しそれに巻き込まれた者たちに戦うことを強要した歪んだ世界で頼るものも祈るものも知らない子供は絶望の中で生きていくと思っていた。なぜなら、戦うことはそれ以上に辛く悲しいことだからだ」男は聖櫃に被った埃を人差し指で撫でた。「神は私たちを導いてはくれない。溜まり溜まった死体の山を土に埋めていく日々の中でそれを感じ得ずにはいられない」
突然、銃声が響くとひび割れた教会は体を軋ませ天井から小さな欠けた石を落とした。そして、鐘楼に続くドアが大きな音をたて開く音が聞こえた。男はそれを聞くと裏口に歩いて行った。


 鐘楼の中に入ると鐘楼を突き刺すように真っ直ぐ落ちていく眩い光が中を幻想的に照らしていた。すぐに階段を駆け上がろうとしていたペロは思いもしない光の強さに驚き足を止めようとした。だが勢いがあまり光の層が重なる光の中心に入ってしまった。眩い光にやられすぐに瞳を閉じた。瞼の中で感じる光は暗がりの中とは思えないほど暖かかった。紅い髪の隙間を差し込み直接肌を暖める人の体温と同じ光は優しく撫でられていると錯覚してしまうほどに心地よかった。少女は惜しむように目を開け白い光に近づくために欠損がひどい茶色のペンキで塗りたくられたような錆だらけの螺旋階段を登って行った。階段が途切れるまで上りきると強い潮風が吹き上げてきた。壁も鐘も無くしてしまった今でもこの町で一番高い鐘楼は太陽の光を誰よりも近く浴びている。

 ——————噴水が見える少し離れた場所から椅子に座る人や立ち止まっている人を見かけます。ここにいる人たちは自ら持ち寄ったのでしょうか?お酒を片手に持っています。ここが———
「そんなことをしなくていい。ここに来たら、曲を聴きながら酒を持ちみんなで飲むだけだ。ほら、酒をやるよ。面白くない愚痴ぐらいなら話していい」
 —————わたしには———-
「ほら、始まるぞ。新人のウェイトレスさん」

 ペロは珊瑚朱色の球体を高く掲げ上げる。それは陽光を薄く細く伸ばし表面に銀色の一筋を映した。そして自分が求める美しい銀になることを期待して球体を回しながら見た。哀愁を漂わせるどこか懐かしいハーモニカが髪の毛を掠めると潮風によく馴染んだピアノの旋律が遅れてやってきた。ペロはその音に気づくと高く上げた腕を静かに下げた。肌にひりつく鋭い音ではなかった。ペロは音を出さないようにそっと太陽と潮風に晒される錆びれた階段に座った。そして、目を閉じた。耳に残る音の音色に初めて身を任せて体を揺らした。いつも胸に感じた心臓を宙に浮かしたような気持ち悪い潮風はそこにはなかった。



——-彼は言う。あの曲を弾いてくれないかい?
それでこの憂鬱な気分がどうにかなるかは分からない
だけど最高だったあの甘酸っぱい青春の記憶が蘇るんだ
俺がまだ流行りの服を身にまとっていた頃の曲さ
だから歌ってくれ、ピアノマン
今夜の俺達の為に
ここにいる皆がお前の紡ぐメロディに酔いしれたい気分なんだ



 音楽が溶け込み海の水面が黄昏の色に染まる。鐘楼の眼下にある消えることのない暗闇の影が一層濃くなりそれをまた幾重も重なった瓦礫がより一層濃くする。鐘楼だったものの上に座るペロの瞳には音楽を奏でる町の景色が見えた。噴水が高く上がり虹色の橋がかかった。ペロは思わず綺麗なその光に目を向けたがどことなく物足りない気がした。噴水が止まると水に隠れていたベンチが見るようになった。潮風に揺られて流星のように煌びやかに光る銀色の髪を一目見た。するとペロは髪の毛を束にして持ち鼻に近づけた。仄かなシャンプーの香りが頭に残る温もりを思い出せた。思わず唇が緩んだ。潮風の音色が作る道に従いペロは珊瑚朱色の球体が最も美しい映える場所へ向かって行った。

 教会の男がパンを持ち半壊した鐘楼の螺旋階段を登った。太陽が差し込む一際眩しいここから先の道は無くなってしまった。懐かしい潮風が吹き一本の紅の髪が眼前を流れる。そして、髪を靡かせる少女が半壊した鐘楼の闇の中に消えて行くのを見た。戦前によく鐘楼を訪れていた姉妹も赤い髪だった。妹は少し内気で初対面の自分にあった時は顔を俯けながらも失礼がないように挨拶をしてきたのを覚えている。そんな妹を持つ姉は対照的でそんなことをする妹に「顔を俯けないで。あなたは私に似て可愛い顔をしているんだから前を向いて堂々としていればいいの」と言う少女だった。事実、その姉妹は端正な顔立ちをしていた。特に姉はその自身を裏付けるように彼女の持つ珊瑚朱色の髪は光を内に秘めているような煌びやかな美しさがあった。久々に見る鐘楼からの景色は高さが中途半端であったが男の内から溢れる戦前の記憶に燻りかける。長らく忘れていたこの町に自分が住んでいる実感を与え充足感が溢れる。ここから見える景色は全てが下のそこに沈んでしまったと思っていたがそんなことはなかった。海があり風がある、音楽があり人がいる。
 悲観的になりすぎたかもしれない。
男は足元で鈍く光る一丁の拳銃の上に見知れた赤を見た。あの殺意を向けた薄汚れた服を着た彼女が拳銃を置いてどこかに行くなんて。鐘楼だったものが落とす影は夜のように暗く見るだけで体温が吸い取られそうな気がする。その中をものともせずひとりのただの少女が息を切らしながら陽の当たる市場に走っている。少女が太陽の光に当たる。気丈で気品があるりんごが少女の手元の内で光った。男は十字切りをしようとしたが手を止めていた。かつての赤髪の少女を思い出すと苦笑を浮かべた。
  彼女のこれらの出会いに祈りを捧げようかと思ったが彼女は神が嫌いだったな。

「私は祈るだけでは救われると思わない。どんなに辛くても私は私の力で切り開いてみせる。祈る暇や絶望をする暇なんて、運命が与えてくれないわ。だから、私のすることはいつだってきまっているの」

男は少女の言葉を思い出しながら清々しい暮色の空を見上げた。止まっていた心臓が動き出し躍動しているのを感じていた。煙草箱を拳銃の近くに投げ捨てた。

 せめてまた彼女がくる時までには—————-。








 水気を含んだ爽やかな風が耳たぶを冷やす。せせらぎの音が水面に波紋を作り商店街に閉じ込められた熱気を忘れさせる。噴水の水の影に重なりベンチがあった。そこには色白の人が気怠げに座っている。この町の雰囲気だけではなくこの町の形までもが似ているなんて。狐につままれた気分になるな。イヴァンではないとわかっていても既視感がある状況に目を配らせずにはいられなかった。ドームの屋根を通してでも肌に直に伝わる太陽の暑さに晒された肌は本来焼けるはずなのにその人の肌は真っ白だった。加えて、腕の筋肉もあまりなく枝のように見える。外に出ない生活をしているイヴァンを容易に連想させる。噴水広場を中心にして広がる通路の南側からついたペロは西側の通路におぼつかない足取りで歩く。
「あ、ごめんなさい」
少女がペロにぶつかりりんごが地面に落ちた。ペロは「あっ」と小さく声をあげるとすぐにりんごを拾った。
「ごめんなさい。大丈夫だった?」
ペロは膝を曲げて女の子の顔を見る。女の子は雛鳥のような可愛らしい唇を小さく動かして「うん」と答えた。ペロはよかったといい微笑み言ったが女の子の瞳は赤いりんごしてか映していなかった。
「りんごが好きなの?」
その声に反応して少女がペロの方に視線を寄せる。気恥ずかしそうに顔を桃色に染めて恥づかしそうに手を遊ばせて「うん」と小さな声で小さくうなずく。ペロはそれを聞くと嬉しくなった。ペロはりんごを女の子の顔の前に差し出す。少女の瞳がりんごの赤色に染まる。ペロがりんごの後ろから顔を出し「どうぞ」と言った。少女は遠慮がちに手を伸ばしてりんごを手に取る。そして、りんごと立ち上がったペロを重ねる。
「あ、りんごが傷ついていた?」
少女は覗き込むペロの顔に気づき首を横に振った。少女は肩にかけてある水筒をカタカタいわせ軽くお辞儀をする。そして後ろで待つ母親の元へと行った。母親はペロと視線を合わせて丁寧にお辞儀をする。母親は子供の手を握り歩いて行った。凄く平凡な商店街。学生が友人と食べ歩き、今日の晩御飯を考えながら食材を買う人、小さな影が大きな影とすれ違い、みんながみんなの日常を過ごしている。どんな人も笑っている。鼻から大きく息を吸い込み胸を膨らませて一気に吐き出す。心に溜まった吹き溜まりが少しだけ抜けていった。吹き抜けていく重ったるい湿気に満ちていた風が今では少しだけ涼しくも感じる。つま先を立たせ体を思いっきり伸ばし地に足をつけた。
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