第4話
文字数 1,635文字
ナリアキが変なことを言うからその夜は変な夢を見た。
夢はたいてい見た瞬間に忘れてしまうもので、この夢もそんな夢の一つだったけれど、朝起きてマンハッタンの高層階に住む国際的トレーダー祖父のために朝食をつくろうと熱々のフライパンに卵を割ったとき、ふと思い出した。
だいたいはこんな夢だ──
真っ青な空が眩しい午後、私は公園のベンチに座っていた。
知らないようで知っている公園、そこは私が知る団地の児童公園に似ているけども、ブランコの鎖は切れてなくて、滑り台もジャングルジムも錆び一つなくて、どれも新品のようだった。そしてなにより、公園にはその遊具で遊ぶ沢山の子供と、それを見守る沢山の大人達がいた。気温は今のように高くないようで、空に輝く太陽の光に喜びを感じながら、誰もが心から楽しんでいた。
子供が蹴ったゴムボールが私の所に転がってきた。私はそのゴムボールを拾って子供に投げ返した。子供は手元に戻ってきたボールを不思議そうな顔で眺め、私がいるベンチをさらに不思議そうな顔で見ていた。
最初から知っていた。
ここにいる人達に私の姿は見えていない。透明人間になったわけではないのに、見えていない。
その中で一人の少女だけが私の存在に気づく。
少女は私の前に立って、驚いた顔をしている。
少女は私と同年代で、私の知らない学校の、たぶん隣町の学校の制服を着ている。胸にまで伸ばしたストレートの黒髪が綺麗な、手足の長い、スタイルのいい少女だった。
「どこから来たの?」
彼女は聞くけど、私はうまく声を出すことが出来ないことに、そこで初めて気づく。彼女は私が口をパクパクさせるのを見て、クスリと笑う。
「ここ座っていい?」
肯くことは出来る。
「本当は知ってるの」
彼女が私の顔をのぞきこむ。彼女は私の何を知っているというのだろう。私は笑われたこともあって、少し腹をたてていた。
「あなたあそこから来たんでしょ?」
彼女が空を指差すと、一瞬にして青空は夜空に変わっている。私はそれを特に不思議だとも思わずに、彼女が示した小さな光をジッと見る。
「あの星でしょ?」
プラネタリウムのような夜空の無数の星、その中の一つを彼女は確信を持ってはっきり指差す。彼女は私があの星からやってきたと思っているようだ。私のどこが宇宙人に見えるのだろう。この髪の色だろうか。でもこんなブリーチしただけの髪の色なんて珍しくもない。
私は誤解を解こうと口を開き、やっと声が出せるようになったと思ったら、そこから出るのは私の知らない言葉で、彼女は首を傾げるばかりだ。それならと、地面に文字で書いて伝えようとしても、頭に浮かぶ言葉と私が書こうとしている文字がどうしても結びつかない。
私は溜息を吐き、顔を上げる。夜になったからなのか、公園にあれだけいた親子の姿はもうそこにない。私と彼女だけが残されている。彼女まで私を見捨てて去ってしまったら、私はこの星に一人ぼっちだ。
私は困り、泣きそうになっている。何年も何年も泣いてこなかったのに彼女の前で泣きそうになってしまっている。彼女もそんな私を見て困った顔をしている。
私が涙を流したとき、彼女が私の唇にキスをした。
私はそれを拒むことなく受け入れていた。自分でも驚くほど自然なこととして受け入れていた。
しばらく私達はそのままじっとしていて、唇を離した時には全てが分かってしまっていた。彼女も私に舌を出す。
意地悪な彼女。彼女こそが、あの星から落ちてきたのだ。
彼女が立ち上がり、私に手を差し出す。私は彼女の手を握ろうとして、その手がつかめない。何度つかもうとしても、どうしてもつかめない。そうしているうちに彼女が空からやってきた大きな光の球の中に取り込まれていく、私は必死に闇の中から手を伸ばし彼女に追いすがろうとするのだけど、その手は光に触れた瞬間に炎を上げ、炎は私を飲み込み、私は青い炎を上げて地面に落ちる蛾で、地面で灰になるより先に大きな靴底に踏みつぶされた──
夢はたいてい見た瞬間に忘れてしまうもので、この夢もそんな夢の一つだったけれど、朝起きてマンハッタンの高層階に住む国際的トレーダー祖父のために朝食をつくろうと熱々のフライパンに卵を割ったとき、ふと思い出した。
だいたいはこんな夢だ──
真っ青な空が眩しい午後、私は公園のベンチに座っていた。
知らないようで知っている公園、そこは私が知る団地の児童公園に似ているけども、ブランコの鎖は切れてなくて、滑り台もジャングルジムも錆び一つなくて、どれも新品のようだった。そしてなにより、公園にはその遊具で遊ぶ沢山の子供と、それを見守る沢山の大人達がいた。気温は今のように高くないようで、空に輝く太陽の光に喜びを感じながら、誰もが心から楽しんでいた。
子供が蹴ったゴムボールが私の所に転がってきた。私はそのゴムボールを拾って子供に投げ返した。子供は手元に戻ってきたボールを不思議そうな顔で眺め、私がいるベンチをさらに不思議そうな顔で見ていた。
最初から知っていた。
ここにいる人達に私の姿は見えていない。透明人間になったわけではないのに、見えていない。
その中で一人の少女だけが私の存在に気づく。
少女は私の前に立って、驚いた顔をしている。
少女は私と同年代で、私の知らない学校の、たぶん隣町の学校の制服を着ている。胸にまで伸ばしたストレートの黒髪が綺麗な、手足の長い、スタイルのいい少女だった。
「どこから来たの?」
彼女は聞くけど、私はうまく声を出すことが出来ないことに、そこで初めて気づく。彼女は私が口をパクパクさせるのを見て、クスリと笑う。
「ここ座っていい?」
肯くことは出来る。
「本当は知ってるの」
彼女が私の顔をのぞきこむ。彼女は私の何を知っているというのだろう。私は笑われたこともあって、少し腹をたてていた。
「あなたあそこから来たんでしょ?」
彼女が空を指差すと、一瞬にして青空は夜空に変わっている。私はそれを特に不思議だとも思わずに、彼女が示した小さな光をジッと見る。
「あの星でしょ?」
プラネタリウムのような夜空の無数の星、その中の一つを彼女は確信を持ってはっきり指差す。彼女は私があの星からやってきたと思っているようだ。私のどこが宇宙人に見えるのだろう。この髪の色だろうか。でもこんなブリーチしただけの髪の色なんて珍しくもない。
私は誤解を解こうと口を開き、やっと声が出せるようになったと思ったら、そこから出るのは私の知らない言葉で、彼女は首を傾げるばかりだ。それならと、地面に文字で書いて伝えようとしても、頭に浮かぶ言葉と私が書こうとしている文字がどうしても結びつかない。
私は溜息を吐き、顔を上げる。夜になったからなのか、公園にあれだけいた親子の姿はもうそこにない。私と彼女だけが残されている。彼女まで私を見捨てて去ってしまったら、私はこの星に一人ぼっちだ。
私は困り、泣きそうになっている。何年も何年も泣いてこなかったのに彼女の前で泣きそうになってしまっている。彼女もそんな私を見て困った顔をしている。
私が涙を流したとき、彼女が私の唇にキスをした。
私はそれを拒むことなく受け入れていた。自分でも驚くほど自然なこととして受け入れていた。
しばらく私達はそのままじっとしていて、唇を離した時には全てが分かってしまっていた。彼女も私に舌を出す。
意地悪な彼女。彼女こそが、あの星から落ちてきたのだ。
彼女が立ち上がり、私に手を差し出す。私は彼女の手を握ろうとして、その手がつかめない。何度つかもうとしても、どうしてもつかめない。そうしているうちに彼女が空からやってきた大きな光の球の中に取り込まれていく、私は必死に闇の中から手を伸ばし彼女に追いすがろうとするのだけど、その手は光に触れた瞬間に炎を上げ、炎は私を飲み込み、私は青い炎を上げて地面に落ちる蛾で、地面で灰になるより先に大きな靴底に踏みつぶされた──