第2話

文字数 1,357文字

 それからしばらくたって、書類が一枚も残らず集められ元の位置に収まった。室内がきれいに片付くと、ウィンスタンはトーレンスのために自ら貯蔵室に行き、上等なブランデーを一本選んで持って来た。執事に熱めの紅茶を持ってこさせる。
「礼を言う。思ったより早く片付いた」
 紅茶が入ったティーカップにブランデーを数滴注いで、トーレンスに勧めた。
「しかし驚いたな。この書類の束の半分が借用書だったとは」
 彼はカップを受けとると、椅子の背にもたれ長い足を組んだ。
「先代もなかなかやるね。温厚でお人が好すぎる方だったが」
 トーレンスは、サー・エクトールの人好きする顔を思い浮かべた。

「だ、か、ら、だ」
 ウィンスタンは紅茶をひと口飲むと、わざと音を立ててカップを置いた。
「だから困ってるんだ。あとに残された者の気も知らないで、あんのクソ親父!」
 小さな声でブツブツ言う。
(はは、クソ親父ね)
 トーレンスは苦笑いした。
「それにしても、いったいなんの借金なんだ? 女か?」
 失礼だと思ったが、純粋な好奇心からたずねてみると。
「寄付だ」
 ウィンスタンは、あっさり答えた。
「寄付!? いったい、なんの?」
 意外な答えが返ってきたので、トーレンスは驚いた。
「教会の鐘を新しく作るとか、めぐまれない者たちに温かい食事を与えるとか、とにかくいろいろなんだ。来るもの拒まずというより、断れないっていったほうが正しいな」
「へえ、寄付でねえ。それは、また奇特な」
「おかげで領地のほとんどが抵当に入っている。この屋敷以外なにも残ってないんだ。おれは貴族とは名ばかりの、貧乏人さ」
 ウィンスタンは顔をしかめた。
「秘書は当然それを知っていた。だから逃げ出したのさ。沈没しかけた船から、真っ先にとんずらするネズミみたいにね!」

(は~ん、それでか……)
 トーレンスは納得した。ウィンスタンの前では何も知らない振りを装っていたが、実はある手紙が彼の元に届いていて、事情を知っていたのだ。
 その手紙の差出人は、ウィンスタンの妹テレサだった。ろくに食事もとらないで一日中仕事部屋に閉じこもっている兄を心配するあまり、彼女はトーレンスに助けを求めてきた。
 先代の引継ぎがあって忙しいだろうと、エクトール家の訪問をしばらく控えていた彼は、その手紙を読んで、いても立ってもいられなくなった。その足で急いでウィンスタンを訪ねた。
 そうしたら案の定、今にもぶっ倒れそうになっているではないか!
 ウィンスタンの目は窪んでいて、あまり睡眠をとれていないことを物語っていたし、やつれて青白い顔をしていた。エクトール家の大黒柱としての自覚と責任感だけが、彼を仕事へと駆り立てているようだった。
 はやく何か手を打たなければ、エクトール家はまたしても当主を失いかねない。

 トーレンスは親友の窮地を救うべく、ある提案をした。
「なあ、ウィン。新しい秘書を紹介してやろうか?」
「何言ってるんだ、トーレンス! 今事情を説明したばかりだろう? 雇う余裕がどこにある?」
「いや、給金なら要らない。おれが雇うんだからな」
 トーレンスは不敵に微笑んだ。
「そうだ、お前に文句なんか言わせないぞ。おれがお前の秘書を雇うんだ!」
 ティーカップにブランデーをたっぷり継ぎ足して、トーレンスは一気にそれを飲み干した。

つづく
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