3−1:陰キャな僕の白昼夢

文字数 1,937文字

 僕の名前は弥田 明日人(みた・あすと)。個人配達業を営んでいる。多忙な毎日の中、配達の合間に寄る峠の回転饅頭屋が日々の楽しみだ。個人なのでイレギュラーな対応が多い。ときどき車中泊をすることもあるため、軽バンの荷台には寝袋と食料、携帯型湯沸器や携帯型発電機などをコンパクトにまとめて、専用ボックス棚内に収納している。
 性格的に会社組織での多様多数なコミュニケーションには、とても対応しきれない。兄の友達の繋がりで、今の仕事を紹介してもらった。シンプルな仕事で助かっている。とはいえ、配達物には細心の注意が必要なため気は使う。が、組織内で気疲れするよりは遥かにマシだ。

 今日も南部にある地域への配達を無事に済ませ、完了報告をメール。今は峠の回転饅頭屋の駐車場で休憩している。
 今日は直帰だ。独身の一人暮らしだから、のんびり帰ればいい。たまに母親に生存報告をするくらいで、とくに仲のいい友達もいない。最小限の人間関係が僕にとっては快適だ。地方ではあまり理解されないけど。
 回転饅頭屋の店員との世間話を少し頑張って、ジュースとたこ焼きを手に車に戻る。饅頭屋だが、たこ焼きやソフトクリームもあるタイプのお店だ。

 たこ焼きを食べ終わると、メーラーのチェックをする。よかった。イレギュラーの依頼はない。不明ボックスにメールが2件。最近続いている文字化けメールだ。押さないように注意していたが、つい連打してしまった。ゲーム好きの悪い癖が出た。やばい、最悪スマホがクラッシュするかも。しかし、そのやばさは僕の予想を遥かに超える、まさに異次元のものだった。
 視界のすべてが光に包まれた一瞬の後、スマホを手にしたまま、僕は見知らぬ場所にいた。

 少しの既視感はある場所だった。たぶん、大好きなゲームに出てくる宇宙基地に似ていたからだ。見えるだけで数十機の飛行機械が所狭しと並んでいるのが、下に見える。ここがハンガー(格納庫)にかかる橋だとわかる。
「白昼夢ってやつか。大丈夫かな。気づかないうちに、疲れが溜まってたのかも」
軽くため息をついて、改めて周りを見回す。
「それにしても、すごいな」
飛行機械の形や大きさの違いは、自動車の車種と似ているみたいだ。カスタムされている物やパーソナル・マークが付いている物もある。
「おかえりなさい、アスト」
背後から、タブレットを手にした黒髪ロングヘアの美人に声をかけられた。驚いて、少し後退る。こんなに親しい感じで接してくる女性の知り合いは、僕にはいない。距離感が難しい。
「あ、あの、はじめまして」
「…そう…そうなのね」
黒髪ロングの美人は一瞬寂しそうな顔をして、すぐに明るい顔に戻した。
「はじめまして、私はイシェラ・ニゼル。
この鑑のオペレーターをしています。
よろしくお願いしますね」
「は、はあ。僕は弥田 明日人です。
よ、よろしく、どうも」
緊張して、おかしな感じになる。
「…でも直接、艦内に来るなんて…
珍しいな。因子の影響かしら…」
オペレーターさんはボソボソと独り言を呟き出したが、ポカンとしている僕に気づき、慌てて
「あ、ごめんなさい。こっちの話です。
せっかく来たんですから、艦内見学でも
どうですか? 案内しますから」
と提案してきた。
 オペレーターさんの押しに負けたのと、不確かな心理状態を整理したかったのとで、付いていくことにした。

 館内と聞き間違っていた僕は、窓から見える景色に驚く。ここは宇宙空間だ。艦内だと気づき、胸が踊ってしまった。そういえば、さっき見た機体たちには武器のような物が付いていた。ここは宇宙戦艦だ。
 なんて、僕好みの夢なんだ。そうだ、これは夢。それならば楽しまないと。
 僕はワクワクしながら、案内に従った。

 この宇宙戦艦の名は『トリュフィーネ』。高級食材みたいな名前とは裏腹に、歴戦を生き抜いてきた実績ある軍艦だそうだ。『ヤマツ』という国家の宇宙軍に所属していて、現在は領宙侵犯に対する哨戒任務を終え、基地への帰途とのことだ。
 オペレーターさんのタブレットから通信音が鳴る。
「イシェラ、いつまで油を売っている
つもりだ。用が済んだら、ブリッジに
戻りなさい」
穏やかだが威厳のある女性の声に、オペレーターさんの背筋が伸びる。アタフタしながら、タブレットを持ち替えて
「あ、艦長、申し訳ありません。
急遽、お客様のご案内をしてました」
画面に向かってペコペコしながら、通信相手に報告する。
「お客様…そう…」
艦長さんも小さく独り言を呟き、少しの間の後
「ご苦労。では、その方もブリッジまで
お連れして」
「え?」
艦長さんも押しが強い。
「って、ことなので、
よろしくお願いします」
「はぁ…」
僕はとうとうブリッジまで行くことになってしまった。いきなり出世。では、ないよな。
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登場人物紹介

ティキ:AIコパイロット。主人公・明日人(アスト)のパートナー。自機の操縦を担当する。リンケージ・タイプ。

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