音楽に飲み込まれる【誰か】

文字数 1,419文字

音楽が大好きだった。

自分を強くしてくれるような気がしていた。
自分の代わりに想いを叫んでくれる誰かがいて、見えない何かから私を守ってくれる誰かがいた。

音楽が大好きだった。

私が音楽を聞いている間は、この音楽は私だけのものだった。


ある時、私の音楽に呪いがかかった。



高校を卒業してからも会う約束が途切れなかったこの3人には本当に感謝してる。

3人の家から自転車で通える距離にあるこのカラオケボックスは、もう全ての部屋で歌ったことがあるんじゃないかと思わせた。

自分の歌はまあまあ聞けるくらいには上手いと自負していた。故にカラオケが好きだったわけではないが、普段の生活じゃ気づけない友人の一面を見れる場所であり、時間を忘れて音楽に没頭できる場所だったのだ。

ある時、3人のうちの1人が、当時大好きだった曲を歌った。
大好きな彼女の綺麗な声で歌われるその歌は、優しく、私の背中を撫でた。
その曲は、私の気持ちを代弁しているとは言わないが、何も否定しない、さりとて優しいだけではなく、強い歌い手の意志が篭っていた。

私はこの曲が大好きだった。
彼女が歌うこの曲も。

好きだった。



「そんなに言わんでも」
彼は笑った。

サビの歌詞に向かって投げかけられた軽い言葉だった。彼の言ったことは何も間違ってはいなかった。同じ言葉を繰り返し繰り返し唱するその歌詞は、初めて聴く人を羞恥的な気持ちにさせる可能性だってあると理解していた。

頭では理解していた。

ただただ悲しかった。

その一瞬で私の音楽に呪いがかかった。

私が今まで助けられていたこの曲は、他人からはそんなにも滑稽に見えたのか。

この曲を愛していた私の気持ちは、これまでの想いは、こうも簡単に壊れてしまうものなのかと、自分に落胆もした。

これから私がこの曲を聞く度に、いや、聞こうとする度に、今の思いを掘り返されなければいけないのか。

心は空っぽになった。
表情筋が力ないものになっていくのを感じた。


彼の言葉が知らない誰かのつぶやきならどれほど良かっただろうか。


数年なんて短い間かもしれない。それでもその間、沢山話して、沢山想いを共有した。
同じ一瞬を隣で生きてきた彼の言葉は、想像していた以上に重たく私に伸し掛り、消えない刻印となってしまった。


呪いだった。


大好きな音楽にかけられた呪いは、元々存在していた音楽への愛を軽々に超えてしまうほど、強いものになってしまっていた。


もちろん、辛いと思った。

しかし、それに伴って自分では把握しきれないなにか別の感情を感じた。
その呪いは、私の人生に確実に足跡を残した。
良い足跡では無い。私を押し付けて圧迫する足跡だ。
私はその足跡に、間違いなく魅了されていた。

分からなかった。何がそんなにこの呪いを魅力的なものに見せているのか。

今も、よく分からない。

ただひとつ分かることは、この呪いは、私の大好きな音楽を自分のものにしてくれるということだ。

知らない誰かが必死に歌っていたあの音楽は、確実に私の心を震わせた。
しかし、それは私のものではなかった。

呪いは、私のものだった。
私の人生が直接触れている。

この呪いは、音楽を私のものだと錯覚させてくれた。
いい呪いも悪い呪いもあった。
大好きだった音楽を聞けなくなることもあった。

でもそれも、愛されるべき私の人生の一部だった。


私の大好きな音楽は、誰かのものだったかもしれない。

でも、音楽にかけられた呪いだけは、もう誰かのものではなかった。


私はもう一歩だけ、強くなれた気がした。
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