※EP 法螺吹き男と一千夜 1

文字数 3,876文字

とある世界の大きな町に、ひとりの男が住んでいた。


非力でうだつの上がらない、しょうもない男だった。


褒める点があるとすれば、すらすらと読み書きができる程度に備わった教養くらいのもの。


臆病ゆえにその場限りの嘘をつき、かと思えば調子に乗りやすく、気が大きくなるとまた嘘をつく。町の嫌われ者だった。


そんな男にも特技と言えるものがひとつあった。


いかにもそれらしい架空の物語を即興で作り上げることだ。


男はそれを近所の子供達によく話して聞かせていた。


猫を虎に変える不思議な護摩(ごま)の煙の話。

生まれて7日で山を動かした怪力の(わらべ)の話。

湖底(こてい)にある幻の(みやこ)と、その場所を知っている虹色の(なまず)の話。


無邪気な子供たちは彼の法螺話(ほらばなし)を面白がったが、真っ当な大人たちは幼子に悪影響だとして男もろとも煙たがった。


そしてある日、とうとう事件が起こった。

実際にこの法螺が都を混乱に陥れたのだ。


金色の鳳凰(ほうおう)の話だ。

美しく輝く鳥が偶然に落とした羽を拾った老爺(ろうや)は億万長者になるが、鳥を痛めつけて無理やり羽をむしった意地悪老爺(いじわるじじい)は不幸になる……男がそんな話をしたその日、近くの山で、金色に輝く鳥が本当に目撃されたのだ。


その鳥があまりにも美しかったので、子供たちはおろか、普段は男の法螺など信じない大人たちも「あれがもしかすると」と思った。そして最終的に、羽の一枚も落ちてはいないかと住民達が探し始める大騒ぎになった。


結局その鳥は、黄金のキンケイ……町の領主が外つ国から取り寄せた珍しい飼い鳥であることが判明し、事態は1日で収束した。


しかし男は領主の邸宅に呼び出された。

事件の翌日のことだった。


呼び出された理由は、やはり昨日の騒動の件だった。領主の言うことには、あのキンケイは賢く自分によく懐いている。今までだって逃げたことなど一度もない。何者かが故意に逃がそうとした、もしくは攫おうとしたとしか考えられない…というのだ。


「おまえであろう」と、なかば決めつけるように領主は言った。


男は否定した。事実まったく身に覚えのないことだった。だが聞く耳を持ってはもらえなかった。


「おまえについては悪い話しか聞かない。無垢な子供にたちの悪い法螺話を聞かせ、からかって遊んでばかりいるとな」


「実際におまえの話を間に受けて火に触ろうとしたり、ひとり湖に向かい遭難しかけた子供もいるという。悪質極まりない」


「加えて我が家が大切なキンケイを盗もうだなどと、性根が腐っているとしか言えぬ」


待ってください。それは何かの間違いです。男の弁明を待たず、領主は無情に告げた。


長良継平(ながらつぐひら)。領主の権限において、おまえに死罪を言い渡す」



なんでーーー!!??


あまりの横暴に、男は唖然とした。


意味がわからなかった。

わからなかったが、わからないまま猛烈な勢いで考えをめぐらせ始めた。


このまま黙っていては本当に殺される。

領内において領主の決定は絶対だ。ましてや家族も友のひとりもいない町の厄介者をひとり始末するだけとくれば、異を唱える声などあがるはずもない。


何か言え。言うのだ。なんでもいい。この場で己の命を救えるのは己の舌先だけだ。


「領主殿」

「……なんだ」

「私は嘘など申したことはありません」


溜息と失笑が湧いた。周囲の使用人たちが肩をすくめる中、領主は表情を変えずに男を見た。


「子供らに話して聞かせているのは、私が見た夢の内容です。私はこれらの夢を啓示であると考えています」


変化(へんげ)の煙も、怪力童子(かいりきどうじ)も、虹の(なまず)も、確かに(うつつ)で見たことはありません。けれどどこかにあると信じています。これを嘘だというならば、これらのものがどこにも“ない”ことを証明してもらわねば筋が通りますまい」

「不敬だぞ貴様、乞食(こじき)の分際で」


たまらず太刀(たち)を抜く使用人を片手で制し、領主は言った。


「夢か。おまえはこういった夢を多く見てきたのか」

「はい。数え切れぬほど」

「では聞きたい。あらゆる病をたちどころに直す薬……そんな万能の薬にまつわる夢を見たことはないか?」


流れが変わった。

好機(こうき)だ。


ほくそ笑みたい衝動を隠して、何故領主がこんなことを聞いてきたのかを考える。


この領主には嫡男(ちゃくなん)がひとりいた。

名を確か和爾(わに)という。

胸の病気で、まだ十にも満たないくらいの歳だがどうにも先は長くないらしいという。有名な話だった。


不運なことに次の子にも恵まれず、領主はこの息子をなんとか回復させる方法を探しているらしい。そういえばキンケイの卵にも、長寿の利益があるとされている。わざわざ飼っているのもそのためなのかもしれない。


ならば。


「……申し訳ございません。そのような夢は」

「そうか」

「しかし私、実はその昔寺暮らしをしていました。その時世話になった和尚より習った厄病(やくびょう)払いの経を存じております」

「まじないの類はもういい。散々試した」

「いいえこの経はおそらく領主様も聞いたことのない特別のもの。渡来(とらい)の仙人より密かに伝えられたと聞いています。私は熱病で生死の(さかい)彷徨(さまよ)いましたが、この経のおかげで一命をとりとめました」


んなわけないだろ。

ぺらぺらと喋りながら、心の中で毒づく。自虐であり自棄(じき)でもあった。もうどうにでもなれ。


しかし長い沈黙の後、領主は予想外の言葉を吐いたのだった。


「わかった。どうせ減るものでもない。我が息子に向けて、その経とやらを読んでみよ」



そうして男はそのまま寝室へ通された。


罪人らしく手枷足枷をつけ、2人の監視役に睨まれながら男は(たたみ)に膝をつく。


がらんとした広い部屋。

その中央に敷かれた布団に、子供が横たわっていた。


 


子供は緩慢(かんまん)にこちらを見ると、気怠そうに身を起こした。


監視役達は手枷の縄を柱に固く結びつけると「妙な気を起こすなよ」「何かあったら叫んでください」などと言って部屋を出ていった。経を唱える場に他の誰も居合わせてはならない、という男の言葉に従ったのだ。さて、これで邪魔者は消えた。


「だれ?」

「初めまして、和邇(わに)様。長良継平(ながらつぐひら)と申します」

「どうして縛られているの?」

「あー、これはいやー、どうにも信用されていませんようで」

「何をしにきたの」

和邇(わに)様の健康を願う、おまじないをしに」

「ああ。父上がまた……もういいのに」


事情を察したように、子供は小さく息を吐いた。


「わかったよ。早く終わらせて帰って」

「おや、大変ありがたいお経なのですが、退屈ですか」

「飽きた。どうせ意味なんてないもの」

「そうですか。――だったら、おまじないはやめにしましょう」


よくよく見まわしてみれば、広く立派ではあるが、薄暗くて埃っぽい、空気の淀んだ部屋だった。その住人に似つかわしくどろんと濁った少年の目を見つめ、男は笑った。想定していたのだ。これを。


「帰るの?」

「帰りませんとも」

「じゃあ何をするの」

和邇(わに)様が楽しいお話を」

「話?」

「ええ。こんなお話はどうでしょう。悪い鬼をこらしめた英雄のお話です。昔むかし。ここではないどこかの世界……」





 

昔むかし。ここではないどこかの世界。


山奥でひっそりと暮らす老夫婦がおりました。


老夫婦は子宝に恵まれずにいましたが、それでも毎日慎ましく働き、幸せに暮らしておりました。


ある日、おばあさんが山へ(すもも)をとりに出かけた時のことでした。


どこからともなく、おぎゃあ、おぎゃあという声が聞こえてきたのです。


おばあさんは一本の(すもも)の木の根元で、赤ん坊が泣いているのを見つけました。


これは大変。こんなところにいてはお腹がすいて死んでしまう。


おばあさんは赤ん坊を優しく抱き上げて、家に連れて帰りました。


おじいさんは赤ん坊を見てとても喜びました。きっと私たち夫婦を憐れんで、神様か仏様が授けてくれた子に違いない。


ふたりはその赤子に「李命(りめい)」と名付け、大切に育てました。


李命(りめい)は力自慢の利発な少年でした。


木こり、まき割り、農作業……何をやらせても得意。特に武芸の才に恵まれ、自分よりずっと大きな熊や猪をこん棒一つでやっつけてしまうほどでした。


そんな李命(りめい)の噂を聞きつけて、街から使いがやってきました。


使いは幼い李命(りめい)に頭を下げて頼みます。


李命(りめい)殿。どうかあなたの力をお借りしたい。近頃、隣の山に悪い妖怪が姿を現して皆が困っている。どうか退治してはくれませんか」と。




「これにはおじいさんとおばあさんも困ってしまいました。なにせ妖怪です。李命(りめい)は今まで熊や猪はたくさん追い払ってきました。先の戦いでは山の支配者として恐れられた巨熊(きょぐま)葬爪(そうそう)のグリズリー・アオカブト」に打ち勝ち、見事、(すもも)の林を守りました。でも妖怪というものを見たことはまだありません。そしてこの悪い妖怪。これがまた厄介なやつでして」


「どんな妖怪なの?」


「それがなんと、」


「おい!いつまで経を読んでるんだ!」


扉の向こうから、監視役の()れた声が飛んできた。


気づけば随分と時間が経っていたようだ。言葉の続きを待つ少年に、男は少しだけ意地悪な笑みを向けた。


今宵(こよい)はここまでのようですね」

「……もうこないの?」


わずかに期待が滲んだ眼差し。男は思惑通りと微笑んだ。


和爾(わに)様が望むのであれば、続きはまた明日の夜に」

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