十四

文字数 1,712文字

 職員室には一台テレビがある。勿論、災害などの緊急時の情報を得るための名目ではあるが、昼の時間にはニュース番組を流していた。この日、トウコは持参した弁当を食べながら、周りの職員たちと一緒に昼のニュースを見ていた。その日の話題は「少子化」であり、トウコも生徒数の減少を肌で感じていた。現に年々入学してくる生徒の数が減っている。数年前に比べてクラスが一クラス少なくなっていた。自分を含め三十代、四十代の同僚たちにも未婚や子供のいない人が増えた。生徒の中にも一人っ子の割合が増え、兄弟姉妹がいても、昔のように五人、六人兄弟というのは稀だった。トウコの同級生を見渡しても独身が結構いる。トウコが住んでいる東北の田舎でもそうなのだから、都会ではもっと深刻な事態なのかもしれない。隣の席で中華の出前を食べながらニュースを見ていたイシズカと思わず目が合った。互いに独身だからということもあるが、前に一度食事をして以来、何かと意識してしまう。
「キタムラ先生のお弁当は、ご自身で作られるんですか?」
「ええ、本当にたいしたものじゃないんです。前の日の晩御飯の残り物とか、冷凍食品を温めたり、朝ちょっと早起きして御飯を詰めるだけの簡単なものばかりなんです」
「いやいや、私なんか毎日出前ばかりで、ほら、いつの間にかこんなに太ってしまって」
 イシズカが腹の辺りに手をあてる。トウコがクスッとした。
「少子化、大きな社会問題になりそうですね」
「そうですね。私ら比較的安定した教員仲間でも、独身が増えているようですし。最初は私だけがモテないのかと心配になりましたがそうでもなさそうで」
「私たちの世代って、団塊ジュニアとか言われて就職難だったじゃないですか。イシズカ先生はそんなことなかったかもしれませんけど、私の同級生なんかも思ったようには就職できていないようでした。勿論、皆が皆そうだったわけではなくて、良い企業に入った人もいましたけど、その当時の学生たちの中に蔓延していた空気を思い出すと、この先萎んで行く風船の中で生きているような息苦しさがありましたもの」
「そうでしたね。我々の時はとにかく安定した公務員になろうって心の中で思ってました。でも皆が皆、公務員になれるわけじゃないですし、それなりにどこかに落ち着いたわけですけど、バブルが崩壊してからは失業した者もいます。そいつらはいい歳してニートみたいな生活をしてますよ。親の年金を当てにして。職を失ったのは仕方がないとしても、今の日本じゃ一度底辺まで落ちたら這い上がれない。そういうシステムですから。私は公務員になって本当に良かったと思っています。だから私はこれからの子供たちにも安定した人生を送らせたい。そういう進路指導をしています」
「今の子たちって本当はどう思っているんでしょうか? 将来、結婚しない一生独身を望む人が増えていると聞きますけど」
「私らの世代の場合、経済的に結婚が難しくても、同じ価値感の相手が見つかればいつか結婚したいという人が大半だったように思います。けれど、最近の子は一人っ子で育ってきて、他人との共同生活よりも、自分の人生を生きるのに必死というか、そういう価値感が世の中にもあると思うんです。将来自分の親の面倒も見なければなりませんし」
「確かに価値感が多様化して、結婚して家庭を築いて子孫を残すことだけが人生ではなくなりつつあるものね。そういう意味では古い価値感に基づいて結婚を強要する私の母の年代は、現代の多様化に取り残されつつあるあるのかもしれないわね。今の若者は、なんていうフレーズはそれこそ、だから年寄は、と言われるのと同様に陳腐なものになってしまう。だけど、それが決して悪いとか良いとか、そういうジャッジメントではなくて、それすらも認め合うことが多様化時代を生き抜く私たちの行き着く先なのかもしれませんね」
 イシズカが瞬きした。トウコが顔を紅らめた。
「すみません。私ったら、少し熱くなってしまって」
「キタムラ先生、そんなことありませんよ。皆、言いたくても言葉にできないだけです。先生がこんなに熱く語るのを見るの初めてです。先生は素晴らしい」
「そんな、恥ずかしいわ」
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