「STYLE HB」 深夜の倉庫街

文字数 3,332文字

シーン16、カット2。よーい……ドン!

オレンジ色の光に包まれた港の倉庫に、映像監督兼カメラマンでもある大地の声が鳴り響く。



辺りにひと気も無く、今現場にいるのは気心知れた三人だけだからだろうか、普段の撮影よりも声に張りがあるように聞こえた。 


そうやって生きてくのがあなたのスタイルなのかもしれないけどさ。


それならそれでかまやしないけどさ。


けど付いてく方の身にもたまにはなってよ!


誰も寄せ付けない生き方なんてしないで!!

女優の海は最後の台詞を絶叫した。



カメラを覗き込んでいた大地と、その横で出番を待っている空の眉が同時にピクンと上がった。



カット!
なに、どっか駄目なの?

うーん、駄目とは言わんけどよ、そうヒステリックな女じゃ無いんだよ、このヒロコって役は。


そこがな・・・。

こういう場面になったら想いをぶつけるわよ。

女なら誰だって。

それはお前の思い込みだ。

世の中には色んな女がいるだろう。

ヒロコは海じゃないんだから、最後の台詞はもう少し抑え目に、できれば非難するんじゃなくてお願いするように言って。

・・・わかった。


じゃもう一回。

大地と海の会話の間、空は無言で台本を読んで、時々頭を掻いている。



そんな空の様子を見ながら、海はもう一度役に入り込んでいった。 



大地もカメラを覗き込み、テイク2に入る。

はい、回った。

シーン16、カット2、テイク2



・・・スタート!

そうやって生きてくのがあなたのスタイルなのかもしれないけどさ、それならそれでかまやしないけどさ・・・。

けど付いてく方の身にもたまにはなってよ!・・・誰も寄せ付けない生き方なんて、しないで・・・。

港の方にどこからか船が着いたのだろう。



ボーっと汽笛の音がタイミング良く鳴り響いた。 

OK!

カーット!!

時間はそろそろ0時を回ろうとしていた。



貨物置場らしいこの場所にも、時折波の音が静かに響いてくる。

自主制作の映像を撮りに来た、大地と海と空の三人。

ともに歳の頃は 20歳 前後。 

大地は身長165cm。


大人びた雰囲気ながら頑固さのにじみ出る容姿をしている。



監督でありカメラを回し、一緒に音取りとタイムキーパーを兼ねている。


そのためワンカット毎にずいぶんと時間がかかる。


色々なものをチェックしてカットが繋がるようにと、やることが多いからだ。




たった今演技を終えてカメラ前から二人の元へと歩いてくる海は、身長160cmと自分では言っている。


が、大地と並ぶとほぼかわらない背丈で、ヒールもそれほど高くないパンプスを愛用している。




目立つ特徴は目だろうか。


目鼻立ちがハッキリしているというわけではないが、目に宿る意志の強さは大地も空もたじろぐ程で、まさに今その目が、先ほどの演技に対して不満を物語っていた。 




戻ってきた海に預かっていたコートをかけてやる空は、身長170cm。


やわらかな雰囲気を漂わせながらも、海の不満げな目を見て片眉を上げて笑っていた。



大地がせっせとコンテやタイムシートに書き込んでいるのを横目に見ながら、さりげなく海に話しかける。



 


納得いかない?
うーん、そっちじゃなくてちょっと不完全燃焼ぎみかなぁ。
演技に?
たぶん、そうじゃないみたい。
空はわかったようなわからないような顔をして、頭を掻く。


それを見て海が突っ込むように言った。 

空、次のシーンで髪型変わっちゃうわよ。


繋がらなくなったらもう一回撮り直すわけにいかないんだから、頭掻かない。


もう、シャンプーちゃんとしてるの?


シャンプーは毎日欠かさないけどな。


俺ほら、ちょっとでもプレッシャーがかかると頭痒くなるって言ってるだろ。

それ聞き飽きてる。一回頭髪チェック行ってこい。
大丈夫。うちの家系に禿げは少ないから。
そういう意味じゃないでしょう!

言われて笑い、また頭を掻く空。


海はしょうがないなという顔をしながら、笑顔が戻っている。 


それを待っていたかのように、大地が次のシーンを指示し始めた。 


おし、次は二人で手を繋いで走り出すシーンから撮るぞ。
どのシーンだっけ?

てめえで書いた脚本ぐらい頭にいれとけ!


シーン19の1から3まで、つないで撮って後で編集いれる!

へいへい。
いくぞ、



よーい・・・ドン!

準備無しでいきなりカメラが回りだし、空は役のシンになり、それに負けじと海はヒロコになる。 





シンが何かに気付いたように波止場の先を見つめて言った。 

ヒロコ、来い!

強引にヒロコの手を掴み走り出すシン。



何のことだかわからないまま引張られてゆくヒロコは不安に怯えながら聞いた。

何?何かあるの?
いいから黙って来い!
大地はカメラの下にバランスを取るための錘を下げ、手持ち状態で二人を追ってゆく。

左手でカメラを操作しながら、右手の収音マイクはしっかりと二人を狙っていた。

倉庫を走り抜け、オレンジ色の光から少し外れた所まで走りきると、シンはヒロコから手を放した。
これっきりにするか?そうすればこんな思いはもうしなくてすむぞ。

ヒロコは肩で息をしながら、シンを見つめている……。 

大地監督はカメラをヒロコの表情へクローズアップする。マイクはシンへと向けられた。
決められないなら決めてやる。



これっきりでサヨナラだ。

その時、ヒロコの瞳から大粒の涙がこぼれた……。

大地監督はカメラを持ちながらニ三歩下がり二人が映る位置まで移動していく。



右手でレンズの調整をして二人の動きをとらえつづけている。

シンがヒロコに背を向けて歩き出す。

崩れるようにしゃがみこむヒロコの背中が、涙と息切れで上下してゆく。

やがて……



シンが完全に光から切れ、シルエットになった瞬間に、ヒロコが残った力を振り絞るように駆け寄っていった。


シルエットの中、横に並び向かい合った男女の姿が、大地監督の回すカメラのレンズに写る。
そのまま二つの影が重なった。

抱き合うシルエットをカメラが捉えつつ、張りつめた緊張感がその場を支配していった。 

そのまま少しして、



ヒロコの影が動く。 


シンの影も合わせて動いた。
ゆっくりと顔が近づいてゆき、唇が重なりあったかのように映る。

不意にヒロコの頭の上に、影絵のキツネが現れた。



キツネは辺りをキョロキョロと見回している。 

同じようにシンの頭の上には、影絵のうさぎが現れた。



うさぎもキツネと同じようにキョロキョロと辺りを見回して、困ったような仕草をする。

やがてキツネはうさぎを見つけ、おもむろに噛み付いた。



うさぎはばたばたと手足を動かし、最後にパタリと息耐えた。 


く、くくくくく・・・。
・・・おい、大地ぃ。
重なり合っているはずの唇から、我慢できずに空が声を出した。

俺の脚本、こんなの書いてないぞ・・・。

あははははは!OK、カットー!
その声にやっと影間から出てきた空と海は、二人して大地を睨みつけた。
どこまでやればいいのかわかんないじゃない。まったく・・・。
本当だよ。シンの役だとあのままあの先までいっちまうぞ。勘弁してくれよ。

だよね。来るかなって覚悟しかけたけど、作品としてどうかなって思って。


けど空、キスくらい芝居なんだから本当にしてよ……。

ご勘弁願います。ファースト・キスは運命の人とするって毎年祈願してるんで。
げ、あんたまだなの?キモー!
うっ・・・胸に刺さる言葉を・・・。

大地はそんな二人のやりとりを聞いているのか聞いていないのか、せっせと絵コンテのチェックに余念が無い。 


おいおい、弁解なしか……大地ぃ
ちょっと遊んだだけだ。ぎゃあぎゃあ言うな。

それっきり言うと、大地はさっさと荷物のあるほうへと向かって歩いていってしまった。 


あれ、さっき私が意見したことへの仕返しかな?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。気になるなら本人に聞いてみたら?
聞いたって答えっこ無いもの。

夏の夜、柔らかなオレンジの光に包まれた倉庫街。


今年は冷夏なのか少し肌寒いなと感じながら、海は前をゆく二人の背中にぼんやりと自分の夢を思い描いていた。

(表現したい!これまで溜め込んできたもの…… )
(そしてこれから経験する色々な出来事……)
(喜びとか悲しみとか、全部を演じてみたい!)
(頼りになるのかならないのか、まだまだ未知数の二人だけど、お荷物にならないように頑張っていこっと。)
そんなことを考えながら歩く海の笑顔は、希望に満ちていた。
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登場人物紹介

草薙 海

19歳


女優志望の女

コールセンターでスーパーバイザーをして生活費を稼いでいる。

負けず嫌いで気が強い。博多出身

三船 空

21歳

シナリオライター志望の男


フリーターと言っているが、いつどこで働いているのかは誰も知らない。

日和見なところが多く、大雑把。関東出身。

喜馬 大地

21歳

映画監督志望の男


生活費はどうしているのか謎多き男。

性格は頑固。関西出身。

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