「STYLE HB」 深夜の倉庫街
文字数 3,332文字
オレンジ色の光に包まれた港の倉庫に、映像監督兼カメラマンでもある大地の声が鳴り響く。
辺りにひと気も無く、今現場にいるのは気心知れた三人だけだからだろうか、普段の撮影よりも声に張りがあるように聞こえた。
女優の海は最後の台詞を絶叫した。
カメラを覗き込んでいた大地と、その横で出番を待っている空の眉が同時にピクンと上がった。
大地と海の会話の間、空は無言で台本を読んで、時々頭を掻いている。
そんな空の様子を見ながら、海はもう一度役に入り込んでいった。
港の方にどこからか船が着いたのだろう。
ボーっと汽笛の音がタイミング良く鳴り響いた。
時間はそろそろ0時を回ろうとしていた。
貨物置場らしいこの場所にも、時折波の音が静かに響いてくる。
ともに歳の頃は 20歳 前後。
大地は身長165cm。
大人びた雰囲気ながら頑固さのにじみ出る容姿をしている。
監督でありカメラを回し、一緒に音取りとタイムキーパーを兼ねている。
そのためワンカット毎にずいぶんと時間がかかる。
色々なものをチェックしてカットが繋がるようにと、やることが多いからだ。
たった今演技を終えてカメラ前から二人の元へと歩いてくる海は、身長160cmと自分では言っている。
が、大地と並ぶとほぼかわらない背丈で、ヒールもそれほど高くないパンプスを愛用している。
目立つ特徴は目だろうか。
目鼻立ちがハッキリしているというわけではないが、目に宿る意志の強さは大地も空もたじろぐ程で、まさに今その目が、先ほどの演技に対して不満を物語っていた。
戻ってきた海に預かっていたコートをかけてやる空は、身長170cm。
やわらかな雰囲気を漂わせながらも、海の不満げな目を見て片眉を上げて笑っていた。
大地がせっせとコンテやタイムシートに書き込んでいるのを横目に見ながら、さりげなく海に話しかける。
それを見て海が突っ込むように言った。
言われて笑い、また頭を掻く空。
海はしょうがないなという顔をしながら、笑顔が戻っている。
それを待っていたかのように、大地が次のシーンを指示し始めた。
シンが何かに気付いたように波止場の先を見つめて言った。
強引にヒロコの手を掴み走り出すシン。
何のことだかわからないまま引張られてゆくヒロコは不安に怯えながら聞いた。
左手でカメラを操作しながら、右手の収音マイクはしっかりと二人を狙っていた。
ヒロコは肩で息をしながら、シンを見つめている……。
大地監督はカメラを持ちながらニ三歩下がり二人が映る位置まで移動していく。
右手でレンズの調整をして二人の動きをとらえつづけている。
シンがヒロコに背を向けて歩き出す。
崩れるようにしゃがみこむヒロコの背中が、涙と息切れで上下してゆく。
シンが完全に光から切れ、シルエットになった瞬間に、ヒロコが残った力を振り絞るように駆け寄っていった。
抱き合うシルエットをカメラが捉えつつ、張りつめた緊張感がその場を支配していった。
ヒロコの影が動く。
不意にヒロコの頭の上に、影絵のキツネが現れた。
キツネは辺りをキョロキョロと見回している。
うさぎもキツネと同じようにキョロキョロと辺りを見回して、困ったような仕草をする。
やがてキツネはうさぎを見つけ、おもむろに噛み付いた。
うさぎはばたばたと手足を動かし、最後にパタリと息耐えた。
大地はそんな二人のやりとりを聞いているのか聞いていないのか、せっせと絵コンテのチェックに余念が無い。
それっきり言うと、大地はさっさと荷物のあるほうへと向かって歩いていってしまった。
夏の夜、柔らかなオレンジの光に包まれた倉庫街。
今年は冷夏なのか少し肌寒いなと感じながら、海は前をゆく二人の背中にぼんやりと自分の夢を思い描いていた。