第13話 前世はどうだったかしら

文字数 4,487文字

 マリアは、前世のことを思い出そうとしていた。“あの時は、どうだったかしら?”あの時とは、もちろん前世のことだ。
 ある日、テレサを半ば幽閉していた館の兵士が、ボロボロの状態でマグダレナ公爵の館に駆けつけて来た。魔王を連れたテレサが反乱を起こした、というのである、彼の報告は。マグダレナ公爵は、自らは国王に報告に上がり、腹心の者に自分の手持ちの兵士を連れて行かせ、テレサの反乱の鎮圧を命じた。公爵の報告を受けた国王は、近衛騎士団に鎮圧を命じた。そして、その直後元大賢者が、勇者が聖女の側に加わっていることが判明、そして、近衛騎士団をはじめとする近衛軍からの離反者が続出し、たちまち防戦する側に追い込まれた。地方巡視中だったミカエルは急ぎ兵を率いて来援したが、衆寡敵せず、何とか国王夫妻などを守り、王都から撤退するしかなかった。その撤退する中にマリアはいたが、彼女が出来たことは、彼が来るまでの間、震えながら王太子宮で家臣達をまとめて、じっと彼の帰還を待つことだけだった。
“王都は陥落したわ、あの時も。大賢者も勇者も、裏切りも…。いや、でも今回は、テレサの半分が、こちらにいる、私とミカエルの力も、あの時なかったし、この女魔王と勇者は、いたっけ?いなかったっけ?記憶にないわ…。あの時、他の勇者というと…、いたはずよね…どうだったかしら?思い出せないよ~!そもそも前世では、テレサの反乱は一年近く前だったわ、たしか。そうなると、この二人と、こういう形では会えなかったわね。この辺も、混乱状態だったし、そもそも私達はこの辺にはいなかったわ。総崩れになっていて、何とかミカエルが兵をまとめて、こことは反対の南方に後退、体制固めをして抵抗しようとしたわね。魔軍も、隣国も侵攻、その他の周辺諸国も同調、オーガも、エルフも、ここぞとばかり反乱を起こして…。ああ、勇者達も加わっていたわ…確か二人、男と女、女の勇者は1人だけだし、男というのは、教会認定の奴だったわよね…。絶対絶命、それで…一旦押し返した?でも、裏切りがあって大敗だった?それでも、何とか皆をまとめて抵抗…でも、やっぱり拠点の城で裏切りがあって、落ち延びる途中でミカエルが私を庇って戦死して、捕まった私は…。そもそも裏切った奴らは誰だったかしら?”
「偽物の聖女、そう言っていいのか分からないが、同情するな、よくある話だが。」
 女魔王ラジュエラはジト目で、マリアを見たが、直ぐに、
「我とて、そう言えることではないがな。国のため、部族のためと言って、我の場合は確かにそうだったが、惨いことをしたからな、やむを得ずだが。」
 しんみりとつぶやくように言った。
 魔界も、人間達や亜人と同様、完全に統一されているわけではなかった。特に、現在は統一にはほど遠い状態だった。魔王が割拠して覇を争っていた。女魔王ラジュエラの国は、彼女が魔王の地位を継ぐ以前から弱小勢力だった。魔王ラグエルとの抗争では押され気味、そのうえ、人間達の侵攻で国力を消耗するといった状況だった。
「このままではじり貧だ。何とかならんかと…。」
と苦悩する毎日が続く中で、勇者メタトロンに彼女は、出会ったのである。ラグエルとその軍に大敗して、部下ともはぐれて、一人で逃げて、追っ手に捕捉され、戦っている時だった。彼が加勢して助かった。それから色々とやり取りがあったが、二人は理解し合い、魔族と人間の提携を模索することを決めたのである。
「ミカエル様とマリア様なら、魔族との和平、提携を考えていただけると思ったのです。聖女様への態度、自らを鞭打ちにした態度からも…。」
 勇者メタトランとミカエルは面識があった。魔族との和解の可能性も話し合ったこともあった。実際、この提案を真剣に受け取っている。
“ラジュエラとメタトランが理解しあう前に、戦っている時に、ミカエルは、それどころじゃなくなっていたわけか。てか、この二人できているわね、絶対。あ!こっそり手なんか握りあって。”マリアは、ラジュエラとメタトロンの様子を目ざとく感じた。“まあ、似合いの組み合わせにも見えるかも?とにかく、魔族の一部と勇者が一人加わってくれれば、それだけ勝ち目が増えるからいいんだけれど。”
「魔王ラグエルは、このままラジュエラ殿の勢力を一掃しようとするでしょうな。」
「多分な。お互い、危うい状態だな。」
「かと言って、お互い合力する余力はないというのが現状ですな。将来の永続的な提携、和平と当面は互いに不戦協定、可能な限り協力し合い、近いうちに互いの敵を共通の敵として、ともにあたることを約束しあうことしか出来ないですね。」
「それしかないだろうな。」
「しかし、魔王にとっても、我が国にとっても、一息付けるし、余力が生ずるのではないか?」
「そうだな。それは、我らにとっては大きいことは確かだな。」
 ラジュエラは、大きく首を縦に振った。見つめ合う二人の姿に、信頼しあう関係を感じたミカエルは、当面の協定の概要について、二人と話し合いを始めた。
“メタトロンは、あの時なにしてたの?ラジュエラと理解とやらを深めあってたのよね、きっと。”二人が裸で組んずほぐれつしている姿を思い浮かべて、呆れたマリアだったが、“だから、テレサを助けなかった、鞭打たれなかった私達を信じることは出来なかったのね、魔王のために、この勇者は。”ここまでくると、微笑ましさを感じた。とにかく、二人がすぐに自分達に合力出来なくても、侵攻する魔軍の兵力を、多少とも減らせることは大きい、それだけ負けない可能性が高まるとマリアも計算していた。
 それでも気になった。
「お二人は、何時結ばれたのですか?」
 すると魔王が真っ赤になって、もじもしし始めたのにはさすがに驚き、呆れ、面白かった。勇者も、それは同様だった。
「一年前は互いに敵として憎み合っていた…かな?」
「半年前かな?お互いの気持ちに気がついて…。」
 それ以上は、二人とも下を向いて言葉が出なかった。“半年前か…。私は、もう、生き地獄に堕とされていた…死んでいたかしら?”
 東エデン帝国と和平ができれば、魔王ラジュエラは、多少でも、より多い兵力を対魔王ラグエルに向けられる、そうなれば、魔王ラグエルがこちらに侵攻する兵力を少しでも減らして、対ラジュエラに向けなければならなくなる。東エデン帝国からみれば、魔王ラグエルの軍の兵力が減れば、それだけ対峙する敵の脅威が減る、兵力差が縮まる、勝ち目が増える、単純計算ではあるが。
“お父様は、もうやっているかもしれないけど、周辺のゴール家領やゴール家に連なる連中に、私からも直接働きかけないといけないわね。出発前に一回くらいサロンを開いて、鼓舞しないといけないわね。あ、二人で招待されているのがあったわね、そこでやれば良いかしら?”
 結局、両方やった。各地に使者を急派したし、集められた有力者達の前でミカエルは状況を説明し、反乱軍の非を鳴らし、自分のもとに、集結、一致団結するよう説得した。取り敢えず、手持ちの兵力だけで駆けつける者や資金提供を申し出てきた者もいた。
「周辺諸国にも、使者を送ったが…。」
 国の弱みを伝えるのは躊躇したが、直ぐに分かることだし、彼らも常に情報を収集している、分からないはずはないか、と結論して使者を送っていた。援軍などは期待できないが、かえって外国兵が国内に入って来られると困るくらいだ、敵にならないようにしなければならない。
「私とミカエル様が鞭打ちまで受けて聖女様をお守りしたのに、偽物が現れて反乱など起こすとは…。聖女様と国を守るため、私も命を惜しみませんわ。」
 サロンの場でも至る所で、マリアは、かなり真実をねじ曲げにねじ曲げながら、涙を流さんばかりに言ってまわった。そうでなければ、責任が自分にまわってきてしまうからだ。強引に正当化しなければならないのだ。“バッドエンドは、絶対したくない!”
「私もついて行きますからね!」
 何度もミカエルに詰め寄った。ベッドの中でも、彼の耳元で囁いた。“また、震えて待っているのなんか嫌よ!”
 千人余りの将兵を率いるミカエルの傍らには、マリアの姿があった。
 出発してすぐに、先発隊からの伝令と出会った。
 王都は陥落。聖女テレサ、国王夫妻、第一王女、第二王子以下王国の主要な面々は、何とか無事に脱出、ミカエルの先遣隊はこれに合流、仮王都、ギルガメシュで共に防備を固めているとのことだった。この段階で、千人程度でも、援軍が到着した、兵力が増えたということは大きかった。
 王都から50㎞。目と鼻の先とは言えないが、近い距離だ。王都からの進軍も容易だ。三日もあれば十分な距離だ。かなり危険だ。
“だからと言って、あまり後退しては相手に勢いを与えるし、占領地を与えかねない。反撃の姿勢を示すためには、このくらいの場所がいいか…、反撃の姿勢を示すことで味方も集まる…。”
“え~と、前世では…脱出するのでやっとで…ほうほうの体で…戦力はミカエルの僅かな兵力だけだったわね。遠くに逃げざるを得なかった、何とか追っ手を撃退したがら。辺境を拠点にして…、でも裏切者が続出して、じり貧になって数か月で…。”
“後方を固めて、ここで踏みとどまって、反撃!”二人は、心の中で決断していた。
「とにかく、仮王都に入り、防備を固める。偽聖女側も予想しているだろうから、襲撃を受ける可能性もある。陣形を組んで、急ぐ。何時でも戦えるようにしておくように。」
 彼は、幹部達を集めて指示を出した。
「勇者が敵側にいるのが痛いですな。」
 幹部の一人が、発言した。誰もが頷いた。
「メタトロン殿が加わってもらえていれば、心強かったのですが。」
“そうはいかない。”というのは分かりきっていた。
「もう一人の勇者は、どうしているのでしょうか?」
 女勇者、アナ・フィエルである。彼女は、他の二人と異なり、高位の貴族、フィエル伯爵家の三女であり、そのこともあり認定は王家からなされている。南方でドラゴンと戦っていた。伯爵領のある地域だった。王国との関係は深く、騎士としての忠誠も捧げているが、自分の家に縛られた行動になりがちだった。もちろん、王国からの正式な命令があれば、それに素直に従う。既に王命で招集しているはずだとは思いつつ、ミカエルは父国王、弟妹達に彼女の招集、動向確認を助言していた。しかし、今のところ、情報はない。
“彼女は、前世ではどうだったかしら?”赤毛の、一見勇者とは思えない可愛い、少女のような娘を思い浮かべた。マリアと同い年だったが、あどけない印象を与えていた。“正義感の強い娘だったわね。”その顔が、あの時の自分の周囲には思い出せなかった。かなり事態は急だったから、馳せ参じられなかったのかもしれない。“正義感が強かったから、聖女に同情したかも?”あるいは、フィエル家が反王国側についたのかもしれない。両方だったかもしれない、とも思った。
 数日後、ミカエルと彼の軍は、仮王都ギルガメシュに入城した、市民達の歓呼の声の中。
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