第1話 術 後

文字数 3,438文字

 桜田陽菜は札幌明生大学病院を半年の闘病生活ののち今日退院した。病名は「先天性心疾患」。名前の通りに心臓の病気だし、先天性とは生まれながらに抱え込んでいる、との意。完治する見込みはほぼない。
 発病した小学生の頃より23歳まで、毎年のように心筋炎、心不全、弁膜症を繰り返す。そのたび入退院した。たぶん学校よりも病院に居た日数の方が長い。数えたことはないけども。医師からは心臓移植が唯一の治療法と告げられていた。

 レシピエント―
 臓器移植を希望する人たちをそう呼ぶ。分かり易く「臓器移植希望者」でよいとも思うのだが、臓器提供者をドナーと呼ぶのが一般的だから、提供される方も英語でと考えたのだろうか。
 心臓移植の順番は、「社団法人日本臓器移植ネットワーク」が管理している。幾ら登録順番が先だから、待っている時間が長いからといって、優先して移植を受けられるものではない。ドナーとレシピエントのマッチング指数を医科学的に計算して決定してゆく。一般的に心臓移植だけに限って陳べれば、レシピエント1000名で、待機時間は約三年と言われている。
 数字にすれば簡単だが、弱った臓器に年単位の負担は克服できない。桜田陽菜は二度と自分の脚で赤い札幌のテレビ塔に上り、大通公園を歩けるとは思ってもいなかった。それは家族も主治医もたぶんそう考えていただろう。

 彼女の心臓はあとひと月もつかどうか――
 ところが最後に「運命の神様」が悪戯をされた。ドナーが舞い降りて来たのだ。性別が一緒で、年齢も近く、血液型その他の医学的数値がすべてマッチしていた。
 「社団法人日本臓器移植ネットワーク」の最終確認が行われ、緊急手術が実施された。四時間に亘る手術は無事成功し、半年のリハビリ生活ののち退院の運びとなった。
 札幌明生大学病院では初の臓器移植手術とあって、玄関先には移植チームの面々と、花束を持った看護師さんが見送りに来てくれた。その物々しさに行き交う人もしばし足を止める。母はスマホを向けている。なにやら恥ずかしい。

 ドクッ、ドクッ……

 心臓に意識を向ければ聞こえて来る音色。しかも、私には新しい心臓が鳴り響いている。この感覚は経験した人でなければ分からないだろう。
 私は母の言うことも聞かずに、独りでしばらく街を歩きたかった。心配する母をよそに、勝手にタントの助手席ドアを閉めてしまった。
「大丈夫だよ。夕方には地下鉄で帰るよ」
 わたしは夢に見た「テレビ搭(父)さん」に徒歩で向かった。脚元は雪国ならではのスノーシュー。ちらほらと粉雪が舞っていた。道路脇には堆く雪山が出来てはいるものの、舗道にはまったく雪はなかった。
 スマホには心配する母からのLINEが入る。

 ―ちゃんとマスクをしてね。コロナ、インフルは怖い、、

 ガッツポーズのワンちゃんのアイコンを返した。
 程なくテレビ搭の脚元に着き、真っ赤な鉄塔を背景に始めての自撮りをする。ピースサインを忘れずに。そのあとは、行きつけだった近くのお洒落なカフェに。最初の一歩はこのくらいにしておこう。母の心配も分かるし、大切な他人(ひと)様の心臓なのだ。粗末にしてよいはずもない。

 陽菜は半年ぶりのカフェの雰囲気を、舞い落ちる雪を背景に満喫していた。店内の匂い、人々の会話、コーヒーの香り、どれもすでに諦めていたものばかり。わたしの人生にはもはや刻まれないものだった。
 私はただぼおっとマグカップを両手に持ち座り続けた。
 ドクッ、ドクッ……
 心臓は規則的なリズムを奏でていた。このリズムを支配しているのは自律神経。脳からの「本能」との名の指令を受けて鳴り続ける。自分ではコントロール出来ない生体活動のひとつ。


「でさあ、カレぴのやつ、二股かけてんだよね。頭に来る」
「えっ、相手は誰だか分かるの?」

 隣の女子大生ふたりのたわいのない会話。

 うん⁉

 ふと、私ではない、もう一人のわたしが興味を寄せたのだった。今までの陽菜だったら他人の会話は耳に入って来なかっただろう。陽菜はこの時始めて、この心臓の持ち主に関心が沸いた。それまでは、陽菜にとって新しい心臓とは、神仏、預言者、救世主に等しいものだった。詮索するのもおこがましい神聖なもの。
 だけど実際にはそんなはずはなかろう。ひとりのドナーから提供されたただの心臓。しかも同年輩の女子なので、その手の話し(恋愛のもつれ)には自然と関心が向いてもおかしくはなかった。
 そういえば、自分が注文した飲料にも驚かされた。いつもの陽菜だったら注文品は、低脂肪乳製のホットラテだったが、今日はなんとエスプレッソだった…。

 ⁉

 心臓を貰っただけで別の人格になっちゃうの?
 わたしは、今までの心臓の持ち主にとって替わられちゃうの?
 待て待て、落ち着いて、わたし……。

 でも、よく分からない。心臓は人体の中で、最も大切な臓器のひとつ。なにしろ心が付く。この場合の心とは胸付近の感受性を顕す。ただ、物事を思考する脳との関係性は未知だ。ひょっとしたら、このふたつは連動するのかもしれない。
 そうだ、そう言えば、久しぶりの我が家での食事にも、刺身の盛り合わせを母親に要望した。もちろん、今夜何が食べたい、と切り出されたものだが、普通だったら、濃厚バジルソース味のジェノベーゼと即答していたことだろう。
「あれ、あんた魚好きではなかったよね。これはびっくり。まぁ、お父さんは酒のつまみに歓ぶでしょうけどね(笑)」
 母の可笑しそうな顔付きも想い出された。わたしは、それからは夢中でスマホで「心臓移植」関連を調べ出した。もちろん、移植手術で人格が変わるなんて、記述がアップされているわけではなかった。
 地下鉄で家に帰った頃にはすっかり夜の帳が降りていた。とは言っても北国の夜はすぐにやって来る。まだ、夕方だった。私は、身体の現況を案ずる母の質問攻めからようやく解放されて、自室に辿り着いた。
 この頃には、人格が乗っ取られた説からは脱却していた。だって、子供の時からの記憶は鮮明に残っているし、こうして我が家にも帰宅出来ている。もし、乗っ取られたならば、彼女の記憶だけになっていてもおかしくはない。けれど彼女の人生の記憶は一切存在しない。
 今の処は、嗜好に関してのみ、ドナーの意向が反映されているに過ぎない。聞き耳、エスプレッソ、刺身がドナーの嗜好品かどうか知る由もない。ただ、長い闘病の果てに嗜好が替わっただけかもしれないし。

 翌朝、陽菜はようやくヘンテコな夢から解放された。
 海辺のそう大きくない街だった。ただ、海水浴客用の簡易施設「海の家」が大きなビーチに建ち並んでいた。大空にはカモメやトンビが舞っていた。私は自転車に乗ってどこかに出勤するようだった。でも、なかなかに辿り着けない。
 浜辺には人間でなく、イルカやアシカ、オットセイ、アザラシ、ペンギンが群れを成していた。私は自転車に乗ったまま、彼等たちに、いちいち挨拶して廻るのだった。夢だから何でもござれ。日本語が通じているし。彼らには、愛想ナシも居れば、ヤケに親し気なのもいた。

 朝食をとりながら、母に夢の話しをすると笑われた。子供時分によく連れて行かれた、小樽水族館の玄関口に居た、ドデカい赤いタコの像が私のお気に入りだったことを付け加えた。札幌近郊のビーチと言えば、石狩浜と銭函浜(小樽近く)に行くしかなかった。
 二つとも北国の短い夏にほんのひと月ほど賑わう。海の家もあったりなかったり。それに砂の色が茶褐色をしている。夢で見た白い広大なビーチとはあまりにかけ離れている。一体どこの浜辺なんだろうか?
 こうして、エスプレッソ、聞き耳、刺身、三つの嗜好品に、白いビーチと海獣たちが加わることとなった。

「朝のクスリを忘れずにね。お母さんも今日から仕事に戻ろうと考えてるの。
 あなたはどうする?」
 仕事とは作業療法士のこと。札幌駅近くの市立病院に勤務していた。
「まだ何も考えてないよ。ノープランでやんす」
「それは当たり前。しばらくは養生しなくてはダメですよ。
 そうじゃなくて、今日の予定のことよ。出掛けるのを止めたりはしない。けれど、マスクは外さないこと。感染症は最大の敵ですよ。あとは手洗いと三度のクスリは忘れずにね!」
 ※クスリとは免疫抑制薬のこと。一般的に移植後は、自分の免疫担当細胞や抗体が、頂いた臓器を異物とみなして攻撃して痛めてしまうのです。この結果を総称して「拒絶反応」と言います。
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