セリフ詳細
「オオ君はその以前袁術 の席上において、橘をふところに入れたという陸郎であるな。まず安坐してわが論を聞け。むかし周の文王は、天下の三分の二を領しながらも、なお殷 に仕えていたので、孔子も周の徳を至徳だとたたえられた。これあくまで君を冒さず、臣は臣たるの道である。――後、殷の紂王 、悪虐のかぎりを尽し、ついに武王立って、これを伐つも、なお伯夷 、叔斉 は馬をひかえて諫めておる。見ずや、曹操のごときは、累代の君家に、何の勲 だになく、しかも常に帝を害し奉らん機会ばかりうかがっていることを。家門高ければ高きほど、その罪は深大ではないか。見ずやなおわが君家劉予州を。大漢四百年、その間の治乱には、必然、多くの門葉ご支族も、僻地に流寓し、あえなく農田に血液をかくし給うこと、何の歴史の恥であろう。時来って草莽 のうちより現われ、泥土去って珠金の質を世に挙げられ給うこと、また当然の帰趨 のみ。――さるを履を綯 えばとて賤しみ、蓆を織りたればとて蔑 むなど、そんな眼をもって、世を観、人生を観、よくも一国の政事 に参じられたものではある。民にとって天変地異よりも怖ろしいものは、盲目な為政者だという。けだし尊公などもその組ではないか」
青空文庫より、吉川英治、三国志をチャットノベル化
幾分、内容文章を変えています。