二にょろ 俺と恭子、にょろとにょろ2

文字数 2,077文字

 去年の二月、母親が不倫相手を刺し殺した挙句に自殺した。
 今年の二月、父親が家を出て昔からの愛人と暮らし始めた。
 まあ、別にいいんだけどね。
 もともと父親とは何ら理解も共感もし合えていなかったし、高校を卒業するまでの学費や生活費なんかも負担してくれているし、大学にも行かせてもらえるみたいだし。
 まあ、別にいいんだけどね。

「おい、にょろ」
 サイコロを振る。
「ん~?」
「いつ成仏するんだ」
 自分のコマを三マス進める。
「ん~」
 止まったマスに印字されている指示文を読む……妻の妹と友人の妻の心がポッキリ折れたので戦略的撤退を強いられた……だと? 一マス戻る。
「ん~、じゃないだろ、ん~、じゃ!」
 再びサイコロを振って、にょろのコマを二マス進める。マスの指示文に目をやる——晩餐会に招待されました。調略カードを二枚引いてください——山札からカードを一枚取る。一人目の生け贄はご近所の奥様方を手玉に取る生臭坊主……聖職者なのに得られる陥穽チップは一枚だけか。うーん、微妙。弄ばれている奥様たちが農奴階級だからか?
「そう言われても~。あ、そこ~! そこのくぼみ~」
 白くて小さな突起がゲーム盤に八箇所穿たれているくぼみの一つを指し示す。
「そこのくぼみっと。なあ、まだ記憶が戻らないのか?」
 指定されたくぼみに聖なる白いチップを一枚落とす。再び山札からカードを取る。ふーむ、二人目の生け贄から得られる陥穽チップは三枚となるが……道ならぬ恋に懊悩する貞淑な貴婦人、ね。お気の毒さまです。
「そんなに成仏してほしいの~?」
「ナマンダブナマンダブ、エイメン」
「うう、ごくあくに~ん。あ、今度はここのくぼみ~」
 新進気鋭の博物学者に懸想するも、慎み深く秘めておられる伯爵夫人を社会的に抹殺すべく、非道卑劣なる罠を仕掛ける、にょろ。極悪人はオマエだ! 貴き青いチップを三枚つまむ。
「ここのくぼみに落としてっと……おっし! 連鎖で祓魔師カードが発動! オマイら! 死霊や骸も吹き溜まる幻想世界(ファンタジー・ヨーロッパ)に逝きたいかーっ!」
「おー~!」
「冥罰は怖くないかーっ!」
「おー~!」
「なーにー? 今日から夏休みだってのに、二人して朝からゲームー?」
 俺の部屋、というか、俺の家に勝手に上がりこんできたのはクラスメートの恭子。その肩のあたりには白くて長細くて、にょろにょろしたものが浮いている。恭子に憑いているユーレイの、にょろ(ツー)だ。にょろ2は頭に赤いリボンなんてシロモノがくっついている、ふざけたユーレイだ。恭子のヤツは、リボンちゃんー、なんて呼んでいるが、何がリボンちゃんだ、何が。にょろ2で充分だ!
「なんだよ、面白いんだぞ、この『スゴロク人生恋の電撃作戦! あばろんが丘の僧侶やお大尽もお化け屋敷の晩餐会でラブラブドキドキ協力プレイ型戦略級落ちものパズルゲーム』は!」
「ふーん、なんか激しくセンス疑うゲームだけど、っていうか、名前長すぎー」
 無理も無い。オマエのような偏差値の低い落ちこぼれに、このゲームの良さがわかるものか。フフフフフ。
「おはよ~、リボンちゃ——うう、いたいよ~、やめてよ~」
「……なんかぁ、アンタ見てっとぉ、ついつい刺したくなるのよねぇ」
 にょろ2はたまに包丁でにょろをプスプス刺している(よくあんなおまけみたいに飛び出した突起で包丁が持てるもんだ)のだが、かといって二匹とも特に仲が悪そうにも見えない。まったく、よくわからないヤツらだ。ま、ユーレイのやることだしな。
「き、きょうこちゃんも、おはよ~」
「おはよう、にょろちゃんー。血、出てるけど、大丈夫ー?」
「だ、だいじょーぶ~」
「よう、にょろ2もいたのか」
「恭子ぉ、またこの子がぁ、にょろツーって呼んでぇ、いじめるのぉ」
「照れてるだけよー、カワイイねー」
「それはキッパリまったく完璧に否定させていただこう」
 なんなんだ、この状況は。はあ。
「それよりどうしたんだよ、こんな朝早く。ってか、勝手に人ん家上がんな」
「ってか、玄関の鍵かかってなかったし。……んとねー、キミも私も明日から三日間の補習でしょー?」
「三日間通してなのはオマエだけで、俺は最終日のみだけどな。んで?」
「うー……でさー、その前にリボンちゃんが、遊園地へ遊びに行きたいって言うからさー」
「どうもぅ」
「わわ、行きたい行きたい~!」
「ついでに近くの動物園にも行こうと思ってさー」
「へえ。で?」
「さっさと仕度しなさいよー!」
「はあ? なんで俺まで? 今日は午後から予備校があるんだよ。行くんならオマエらだけで——」
「……えいー!」
「お、おい、ちょっと待て恭子……うわっ、引っぱるな!」
「ほら、行くわよー!」
「わーい、わーい~」
 うう、俺、ピンチ!
「とかぁ、なんとかぁ、言っちゃってさぁ」
 にょろ2(俺は決してリボンちゃんなどとは呼ばない。誰が呼ぶもんか)がニタリと笑ったかと思うと、持っている包丁を俺へと突きつけた。
「本当はぁ、行きたいんでしょ?」

 遊園地は人ごみがひどくて人気の乗り物は長蛇の列だった。
 動物園は臭くて臭くてサルが生意気だった。

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登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

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