十八にょろ スウィート・メモリーズ

文字数 2,871文字

 十二月二十日、土曜日。終業式。さあ、冬休み。
 補習を免れた恭子のたっての希望で、午後からボウリングに行くことになった。終業式に合わせてのボウリング対決が俺や恭子の家族にとっての風物詩だったからだろう。実態としては教員であるオフクロの慰労を兼ねた宴会の前座イベントなのだが、これにスポーツ万能の恭子がハマったというわけである。この街のランドマークでもあったボウリング場は数年前に壊されてマンションになったので、今回は京王線に乗って柴崎駅近くのスポーツセンターまで足を伸ばすことになった。ここは恭子に告白された花火大会の翌日に、満面の笑顔を浮かべた順子さんによって連れてこられたボウリング場なのだが、その時は俺と恭子、おじさん夫婦とで対決をして、最後は母娘の一騎打ちで勝負が決まったと記憶している。ちなみにオフクロは仕事が忙しくて不参加だったはずだ。このボウリング場が順子さんにとって初デートの想い出が詰まった場所だと知ったのは、翌月末に同じメンバーで水族館を訪れた時の話になるのだが、それはさておき。ボウリングなんてずいぶん久しぶりだが、高校生男子なりのスコアでゲームを終えることができた。とはいえ、母親譲りのずば抜けた運動神経を誇る恭子には手も足も出なかったのだが。ちなみに、にょろとにょろ2はというと、対決なんかそっちのけで(そもそもあんな体躯でまともにボウリングなんかできるはずもなかった)ここでも散々イタズラしやがったんだが、まあ、いつものことだ。慣れた。

「頼んだぞ、にょろ」
「頼まれたの~! 雪の結晶バッチリ貼ってみせるの~!」
 威勢の良い言葉を発したにょろが切り紙を抱えて天窓へと浮き上がっていく。
「そこだ、そこ……そう、ちょい右!」
「え~、右~?」
「オマエがさっきまでモビールを触っていた方だ! そこでまっすぐ!」
「まっすぐ~?」
「もうー、二人とも遊んでないで、早く飾りつけてよー!」
「俺の家、というか、俺の家のリビングダイニングキッチンに入ってきたのはクラスメートの恭子。その肩のあたりには白くて長細くて、にょろにょろしたものが浮いている。恭子に憑いているユーレイの、にょろ(ツー)だ」
「いまさら何を言ってるの、キミー?」
「にょろツー言うな、グサッといくわよ、グサッと!」
 十二月二十四日、水曜日。聖なる夜。クリスマス・イヴ。あ、いや、まだイヴニングじゃないけど。
 今日は朝からにょろと一緒に家の中を派手に飾りつけていた。お昼になったらクリスマスパーティーを開く予定なのだ。
「ねーねー、それより、ツリーは出してくれたー?」
「おう、そこにあるぞ」
 納戸から引っぱり出した箱を指差してみせる。埃を被ったそれはソファの上に放置されたままだった。
「さっさと組み立てなさいよー!」
「はあ? なんで俺が? 俺はこれから料理を用意するんだぞ。組み立てるならオマエらだけで——」
「……えいー!」
 と、まあ、そんなこんなで、クリスマスツリーの完成である。続いて簡単な調理へと移る。予熱したオーブンに冷凍ピザを入れる。焼き上がりを待つあいだにカット野菜や缶詰のコーンを使ってコールスローを作る。先ほど恭子が買ってきたチキンやポテトを大皿に盛りつける。ディスペンサーにジュースを満たしてから恭子の手作りロールケーキを切り分けていると、カウンターの向こうで歓声が上がるのが聞こえた。どうやら飾りつけも無事に終わったようだ。
「ふえー、お腹すいたー」
「ぼくもお腹空いたの~! でもでも、その前にプレゼント欲しいの~!」
「しょうがないわねぇ。さっさとプレゼント交換しちゃいましょうよぅ!」
「アンタはもらえる予定のワインを早く呑みたいだけだろーが」
「それじゃー、これ、すぐに履いてねー!」
 恭子から真新しいスニーカーを手渡される。靴の踵が磨り減っているのが気になっていたらしい。にょろには手編みの帽子を被せてやっている。毛糸が水色だからいいものの、これが緑色だったら大根待ったなしである。口から何かが噴き出そうになるのを辛うじて抑える。そんな俺を怪訝そうに見ているにょろ2はといえば、恭子から貰ったばかりのナチュラルチーズを口へと運んでいた。祖父母への贈答品の中から彼らの好みに合わないものを流用した一品だそうだ。リサイクルばんざーい。こちらもお返しにと、誕生石のブレスレットを恭子の右手首に装着する。利き腕ではないので邪魔にはならないだろう。安価な品だが、喜んでくれたみたいで一安心。いつの日か自分で稼げるようになったら、給料三ヶ月分的な誕生石も贈りたいところである。にょろへのプレゼントは、以前から欲しがっていた宇宙空母のプラモデルをチョイスした。未組み立ての中古品だが、購入するために十日分の食費を削ったのは誰にも言えない話である。肝心のにょろはというと、あまりの嬉しさからか、全身が上気して赤く染まっているのだが——帽子が緑色だったら人参だな。辛うじて抑える。にょろ2には白ワイン数本(床下の保管庫から拝借したのだが、元はと言えばオフクロの私物なわけだし、亡き妻へのお供えにもなるのだから、健康上の理由で飲めなかった親父も許してくれるだろう)と……まあ、その……恭子に選んでもらった赤色のベルベットリボンも贈ることに。子供用なのは内緒である。メリークリスマス。メリークリスマス。そのあとは料理をつまみながらパーティゲームで盛り上がったのだが、やがて日も暮れてきたので、夜は祖父母と一緒に過ごす恭子たちを駅まで送って、にょろと一緒に帰宅の途へと就いた。

「おーい、にょろ」
「ん~?」
「あんまり先を行くなよ。迷子になるぞ」
「もう~、ぼくをなんだと思ってるの~?」
「グズでのろまなユーレイ」
「うう、ひどいの~」
 にょろと俺、コイツと過ごす、この時間。いつのまにか、当たり前のようになってしまった、この時間。大好きだったおじさんへの慕わしい記憶によるものか。それとも、こうして紡いできた二人の関係がそう思わせるのか。出会ってから半年にも満たないのに、あふれんばかりの想い出が胸のうちを通り過ぎていく。今、コイツに成仏されたら。そう考えただけで自然と込み上げてくる、寂しさのような感情。にょろ。おじさん。にょろ。
 ふと我に帰って顔を上げる。前方を漂っていたはずの、にょろの姿が見えなくなっていた。あれ、いないのか? どこに行ったんだ? 漠然とした不安に襲われ、慌てて駆け出そうとしたその瞬間。
「ばあ~」
 逆さまに浮かび上がったにょろが目の前へと現れた。
「ふふ、びっくりした~?」
 そう言いながら、ふわふわとまた漂いだす。
「ねえねえ、心配した~?」
「……」
「ねえ~?」
「……うるさい」
 ああ、心配したさ。心の中で呟いて視線を地面に落とす。夕日を背にした俺の影法師だけが路上へと真っ直ぐに伸びていた。その暖かさも、感触も感じるのに。
「……行くぞ」
「うん~」
 にょろの影はどこにも無かった。家路に就くべく足を踏み出す。

 この世のものではないもの。汝、その名はユーレイ、幽霊。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み