白きモノ、汝の名は(中)

文字数 2,032文字

 ——七月四日、金曜日、期末考査三日目。七月五日、土曜日、図書館及び予備校。七月六日、日曜日、終日自宅。行動目標、二日目の物理以外は概ね良好。達成目標、は保留……答案返却は来週、十四日以降の見通し。
「反省点ねえ……」
 インスタント食品摂取過多気味、っと。課題点は苦手科目の克服で良し、として。予定は……八日に期末テスト終了、十一日まで自宅学習、その後は十八日終業式まで午前授業、午後はLHR(ロングホームルーム)で、各日のテーマは、何々……十四日が『やっと安心! ネットリテラシー講座』受講、十五日は校内一斉清掃、十六日、夏季休暇中の課題や生活態度に関する諸注意、十七日……『ロミオとジュリエット』四十周年記念鑑賞会……かなり昔の映画らしいけど、なんでまた夏休み直前に……。
「先生の趣味か?」
 先週の活動内容を記したレポート用紙に帰りのSHR(ショートホームルーム)で配られた日程表を書き写していく。我ながら無味乾燥然とした一週間だとは思う。特筆すべき点があるとしても期末テストぐらいなものだろう。したためた文書を三つ折りにして封筒に入れる。親父の名前と住所を宛名に記入する。帰りがけに郵便局へ寄って投函するつもりだ。本当なら自宅のパソコンで作成して電子メールで送りたいところだが、週に一度の提出を義務付けられている報告書は手書きで送るようにと親父から言い含められている。ならば自宅のFAX(ファックス)から送れば郵便料金などより安くつくのに、とも思うのだが、彼らが住んでいるマンションの電話機にFAX機能は付いていないとか、そんな理由で拒否されてしまった。湿らせた切手を貼りつける。腕時計を確認する。午前十一時十一分。七日、月曜日。七夕、か。静まり返った教室を見回してみる。あれだけ居たクラスメートもいつのまにかアイツだけになっていた。立ち上がってスクールバッグを肩に担ぐ。机に座って俯いているアイツ(恭子)に背を向ける。教室が灰色に染まった。
「は……?」
 思考が停止する。同じく停止した(グレイアウト)世界に夥しい数の白い線が縦横無尽に走った。閃光も走った。放射状に走った。目が眩み、左右へとひび割れる甲高い音が耳を貫いた。窓が震える。精神(こころ)も身体も震える。
「はじめまして~、はじめまして~」
 あり得ない現象だと言葉を失う。理解に苦しむ物体が黒板を背景に白く長細く、浮かび上がっていた。
「どうもぅ。よろしくねぇ」
 にょろにょろしたモノが一匹、いや二匹、ともかく宙に、にょろにょろ宙に、浮かび上がっていた。
「あのねあのね~、ぼくたちね~、無間(むげん)地獄からやって来て~」
 にょろにょろにょろにょろ。
「そのねそのね~、ぼくたちね~、生前の記憶が戻るまでは——」
 にょろにょろ、にょろろ。

 ……と、このようにして立て続けに発生した第一種、第二種、第三種及び、第四種をすっ飛ばしての(と願いたい)第五種接近遭遇から小一時間が経過していた。この時点での俺はと言うと、幸いにも何かを体内に埋め込まれることもなく、地獄からの「死」者、記憶喪失の幽霊、などと名乗りやがった未確認飛行物体(にょろにょろ)に対するインタビュー調査へと追われていた。追われてはいた、が……コイツら二匹が幽霊であるや否やを判断する術を一介の高校生である俺が、というよりも、ほぼ全ての人類が持ち合わせている筈もなく、そこは本人……本匹たちによる口述を仮初にでも受け入れるより他に無しじゃね? との結論へと至った訳で……ちなみに途中から恭子(アイツ)も臨時特別調査官などと称して参加してきたのだが、それにより二匹のうちオスらしき幽霊が俺に、メスらしき幽霊が恭子に取り憑いているといった事実が判明した件についても追記しておこう。さて、それはさておき、何でファーストエンカウンターが教室で発生したんだ、とか、何でたまたま居合わせただけの俺たちに取り憑いたんだ、とか、何でにょろにょろ一号機が俺に、二号機が恭子に取り憑いたんだ、どういう基準だ、ああん? つか、それより何より、生前の記憶が戻るまでは、成仏することが出来ないの~とか、何だよ、それ。ふざけるなぁぁぁぁぁー! ……といった疑問点などについてのやり取りも、非常に和やかな雰囲気のなか——

「……はあ? はあ?」
「どしたの~? 寒いの~? 霜が降りた朝なの~?」
「おまっ……オマエっ……おまっ、おま、え? 住む? 俺の家に? ……オマエがっ?」
「うん~」
「はあ? 有り得な、はあ?」
「だってだって~、憑いたら付いてくよ~、どこまでも~、なの~」
「おまっ、おまっ、おまっ……」
「おま~?」
「おまーっ!」
「恭子ぉ、私はぁ、女の子だしぃ、だからぁ、やっぱ恭子とぉ、一緒にぃ、暮らしたいわぁ」
「もちろんもちろん、大歓迎だよー!」
「ふ、ふざけるな! 何が悲しくて幽霊なんぞと暮らさなきゃなんねーんだよ! つーか、オマエが本当に幽霊なら、ウチがお化け屋敷になるってことじゃねーか!」
「おお~、お化け屋敷なら入場料が取れるの~、幽霊丸儲けなの~」

 ——微笑ましく執り行われたのであった。
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登場人物紹介

主人公「なるほど」

恭子「なるほどー」

にょろ「なるほど~」

にょろ2「なぁるほどぅ」

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