第13話 指定校推薦って何だ

文字数 2,552文字

 田中の(ひそ)かに漂う自信が、(わず)かながらも俺の心に波紋を投じていた。一学期の俺の成績がクラスで二位だったことを踏まえると、田中が一位を獲得していた可能性も否定はできず、俺の胸中は複雑であった。
 そんな思いを抱えたまま、家に帰ると遂にテスト結果が届いていた。封を切り、まずは点数を確認する。「三教科合計百九十五点まずまずと言えるかもしれない。」と思った瞬間、偏差値を目にした俺の心は凍りついた。そこには三十七というまるで体温のような数字が表示されていたのだ。そして、結果を見て初めて一教科が百五十点満点であったことを知った。俺の成績は、四百五十点満点中で百九十五点という惨憺(さんたん)たるものであった。
 翌朝、船橋駅で田中を見かけると、田中の落胆を背負った姿勢が何も言わずともその内心を物語っていた。
「おはよう。田中!」俺の声に、田中は憔悴(しょうすい)しきった声で応えた。
「中村~!届いたかテストの結果。俺、かなりまずいよ。どうしよう……」
 田中には申し訳ないが、俺の心は一瞬にして軽くなった。俺だけではない、みんなも同じような結果に直面していたのだ。グループSNSを通じて、大川先生に相談することにした。大川先生は、B組の担任でバドミントン部の顧問でもあった。理科準備室の扉を開けると、大川は準備室の模様替えをしており、ロッカーを(かつ)いだ所だった。
「お~、渡辺、山本、そして田中村。どうした、珍しいな。ちょっと待ってろ、今片付け終わるからな。バドミントン部で何かあったのか? おい、まさか、集団退部じゃないよな~?」
「違いますよ! それに、もう田中村は(すた)れていますからね! 実は、ちょっと、先生に相談がありまして…… 先日、四人で我聞塾の公開テストを受けたのですが、ちょっと結果が(かんば)しくなくて……」
「どれどれ、見せてみろ。」
 しばらく大川は、四人の成績を見ていた。何を言われるのだろうか、もしかしたら大学進学は早急に諦めた方がよいと言われるのかもしれないと焦り始めたその時、
「まあ、一年生のこの時期、この結果はあまり気にするな。」
 大川の意外な言葉に救われたが、先生は徐々に真剣な面持ちに変わり、俺達に向けたアドバイスが始まった。
「あのなぁ、私立の中高一貫校とかは君たちが高校受験している時期、いやそれより前には既に高校の勉強に入っているのだよ。それにな、お前たちは高校受験では平均値近辺にいたと思うけどな、うちの学校でも大学進学率は約五十パーセントだ。つまり、大学受験をする層からするとお前たちはこの試験の通り、低い位置にいるのは紛れもない事実だ。ただな、誤解しないで欲しいのは、あくまでも今はスタート地点に立っているかいないかくらいのところなのだよ。だから、この時期の結果は、あまり気にしなくてもよいということだ。あくまでも「あまり」だからな。」
 なぁんだ、まあ、偏差値は母集団によって異なると聞いたことがあるし、まあ、気にしなくてもよいということなら、部活に戻るかと思っていたところ、大川の顔が険しくなっていくのが見えた。
「ただ、この結果…… もし、大学受験を考えているなら、今のうちに四人にはちゃんと伝えておいた方がよいことがある。まあ、今から各々の成績を黒板に書くが、さっきの通りに今の成績は気にするな。いいな。」
「はい。」
正直、みんなの前で成績を公表されるのは嫌ではあるが、相談に行った手前、誰もが断りにくくなってしまった。すると、黒板に書かれた四人の成績は以下の通りであった。
名前   国語    数学  英語   合計
中村 悠太 65点 65点 65点 195点
田中 康平 60点 60点 60点 180点
山本 比呂 100点 15点 60点 175点
渡辺 昂介 20点 110点 50点 180点
「このように、表にするとわかる通り、そんなに大きな差はない。中村が三教科合計では最も点数が高い……ただ……中村には大変言いにくいが、大学受験というのはバランス型よりも山本や渡辺の様に得意科目が明確な方が有利に動くことがあるのだ。例えば、山本は数学を除けば四人の中で一番良い点だし、渡辺は国語を除けば一番となる。大学受験は、文系・理系で受験科目が異なるから、実は二人の方が大学受験向きと言えるのだ。」
 大学受験について、今までちゃんと調べたこともない俺は、まるでハンマーで頭をたたかれたような感覚だった。一瞬でも自分の成績がこの四人の中で一番良かったことに自慢気な顔を見せてしまっていたことが情けなくて(たま)らない。
「ただ、中村と田中。あっここでも田中村か…… ハハハ…… まあ、それは置いておいてだ、私立でも経済学部などはこの三教科での受験もできるし、学校の評定や生活態度、課外活動によっては、指定校推薦という一般受験の道を通らない方法もあるからな。」
 指定校推薦か……そんな制度があることすら知らなかった。大体、俺はこの学校を“中央”と言う校名と偏差値が五十で、交通の便が良いというだけで選んでいたからな。
「まあ、山本と渡辺は得意教科、あと英語な。英語は、文系だろうと理系だろうと必須科目だからな。英語に関しては女子バド顧問の太田先生に相談するとよい。田中と中村は疲れているだろうけど、毎日学校の復習はちゃんとして、とにかく、忘れている所だけをよく見ておきなさい。そして、週末には必ず五教科の教科書を開く癖をつけるとよい。もし、ペンを使うならば、まずは重要な所に黄色で塗っておいて、その後自分が覚えている所は青で上塗りし、なかなか覚えられないことは赤で塗って、信号のように青、黄、赤と整理しておくとテスト前の勉強時にも役立つと思うぞ。まあ、俺にはバドミントンを指導するは無理だ、あくまでも責任教師という立場なだけだからな。こうやって、勉強のことなら少しはアドバイスができるから、たまには理科準備室にも顔を出せよ!」
 指定校推薦制度かぁ……まあ、毎年同数の枠があるわけではないと言っていたが、まずは、大川に言われた通り、学校に遅刻することなくちゃんと来て、今まで通り部活も楽しもう。そして、少なくともクラスで二番は死守なければならない。
 改めて言うまでもないが、俺達四人に次の公開模試の無料チケットは同封されていなかった。
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