第14話 迷探偵

文字数 2,137文字

 ついこの間まで「暑い、暑い」と言って練習していたのがウソのように、壁に張り付く冷気が、練習に励む俺達の息を白く染め上げる。動かなければ凍りつくような寒さの中、俺はふと田中のことを考えていた。この八か月で俺なりに田中について分かってきたことがある。それは、田中はひょっとしたら貧乏なのではないかということだ。そもそも田中と初めて話した時、「野球部はお金がかかるから、断念する。」と言っていたし、それ以外にもバトミントン部入部の際も費用のことを異様に気にしていた。 そして、それよりなによりも、練習試合の帰り道に俺達が自動販売機で飲み物を買おうとしても、あいつは事前に情報検索して道沿いのスーパーの特売品を確認し、その日に安く売っている飲み物を購入するのであった。
更に、この間、小川から女子バドミントン部との合同クリスマスパーティーの誘いを受けた時も、あいつときたら、
「えっ、クリスマスパーティーでプレゼント交換? 小学生じゃないのだし、お金の無駄じゃねぇ。それに俺、仏教徒だし。」と小川に聞こえる声で反応した。このため、小川から超お怒りの長文メッセージをもらったのだ。
 練習後、俺はトイレに向かう途中で山ちゃんとすれ違った。山ちゃんは田中の小学生時代の知り合いだ。俺は山ちゃんを呼び止め、田中のことについて俺の推理を語ってみた。山ちゃんは田中の家に行ったことがないと言い、予想外の提案をしてきた。
「今日、帰りに田中を尾行してみないか!」
 子供の頃の冒険心が(よみが)り、俺はその提案に妙に興奮した。
「じゃあ、今日は俺、山ちゃんに面白い本を紹介してもらうということで、南行徳で降りることにするよ。そしたら、田中の後を追ってみよう!」
 俺達は、いつも通りに六人で最寄り駅まで行き、そして、いつもの四人で船橋駅を経由して、まずナベが西船橋で降りた。普段は、西船橋で東西線に乗り換えて南行徳で田中と山ちゃんが降りるのだが、今日は俺も一緒に降りることとした。
「あれ、中村、何で南行徳に降りるの?」と言われたところで、予定通りに
「前に山ちゃんに面白い本があるというから紹介してもらおうと思って、な、山ちゃん」
「あぁ、田中はどうする?」
「うん。俺はいいや、読みたい本があれば図書館に行けばいいし。じゃ、また明日な。」
 田中が駅から少し離れていくのを見て、
「山ちゃんが、“田中はどうする?”と言うから、もしついて来たらどうしようかと思ったよ。」
「大丈夫。まあ、想定通りの回答だったけど…… まあ、田中のケチぶりも徹底しているなぁ。この間、女子バドの大野先輩が理系から文系に変更するって聞いて、化学の参考書もらっていたからなぁ。あいつ、理系でもないくせに。」
 俺たちは、見失わない距離を保ちながら奴を尾行した。彼は何も疑っていない様子で、後ろを一切振り向くこともなく、次第に人気の少ない道へと進んでいった。
田中が入っていったのは「円覚寺」というお寺の敷地だった。夜のお寺は街灯もなく、寂寥(せきりょう)感を(ただよ)わせていた。もし山ちゃんと一緒でなければ、俺は間違いなく引き返していただろう。
「あいつ、本当にお寺の息子だったのか?」と俺がつぶやくと、山ちゃんが首を傾げた。
「でも、この前、俺の父親はサラリーマンと言っていたよな。」
 二学期初めの我聞塾の公開テストの前、田中は確かにそう言っていた。では、なぜお寺に入っていくのか。その疑問が心をよぎった瞬間、石碑の後ろから突然の叫び声が響いた。「わぁ!」
「ギャー!!」
「キャーッ!!」
「山ちゃん。キャーッはないよ。キャーッは。まあ、これも録画しておいたから、あとでバド部のSNSに送っておくかな。」と田中は勝ち誇った感じで、俺達の前に仁王立ちをしていた。
「なんだよ。気づいていたのかよ。」
「趣味悪いなぁ。人のことをつけるだなんて。大体、本を紹介してもらうなら船橋の方で降りるだろ。まぁ、それで何となく気を付けて歩いていたら、カーブミラー越しにお前ら2人が見えたから、ちょっと、遠回りさせてもらったというわけだ。」
「じゃあ、お前わざとお寺に入ったのかよ!」
「まあ、それもあるけどな。俺の両親共働きだから、ここの住職さんが学童代わりとして小学生の頃の俺を預かってくれていたのさ。だから、家の方に行くと、ほら、表通りに面しているから、そんなに怖くないだろ。それよりよぉ、なんでわざわざつけてきたのさ。小川に言われて、仏教徒かどうか確かめに来たのか?」
「正直に言うと…… 仏教徒とかもあるけど、お前やたらとケチるから、ちょっと心配になってきたのだよ。たまに、芸人とかで、高校生の頃から家に一人で住んでいたとかそういう話を聞くじゃん……」
 何か、苦し紛れの言い訳だった。まさか、貧乏かどうか確かめに来たなんて言えないし…… すると、田中は
「まあ、いいや、折角だから家に寄っていくか?ちょっと、親に聞いてみるわ……」
「おっ、大丈夫だっていうから、ちょっとコーヒーでも飲んでいくか?」
「コーヒーを飲んでいくか?」なんて、田中にしては、珍しい心遣いというか…… まあ、正直、ここで二人残されてもどうやって帰ったらいいかわからないので、俺と山ちゃんは田中の部屋で少し休んでいくこととした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み