1-8:海軍との戦い(1)
文字数 4,166文字
只ならぬ音声を聞きつけて、ユケイも窓に張りついていた。
こちらの船をとり囲むように奇妙な船が並走している。
警報音を響かせて、この船の存在を海中に知らしめているかのようだ。
視界を横切るいくつもの影。
人間を乗せた小型の飛竜がやたらと周囲を飛んでいる。奴らは一体どこから来たのか。ユケイは窓から身を乗りだし、風のゆく先を眺めてぞくり。山のような三隻の船が
トミーもトイレで驚いているだろうか。
ユケイはリズを収納庫に隠し、両手を握って微笑んだ。
「……オレの仕事。リズはここで待ってて。心配いらないよ、必ず戻ってくるからね」
廊下から迫る足音に、ユケイは慌てて戸を閉めた。
それと同時に扉が開かれシバの怒号が部屋に響いた。
「皆殺しだ! 一人残らずブッ殺して来い!!」
「……分かった。シバが言うなら」
四肢の錘が解錠されて、ユケイはごくりと生唾をのんだ。
「……ぇで ぃ……だめ……だ ょ……ぃっ ちゃ……だ め……」
収納庫に響く、あまりに小さな擦れ声。
弱々しい手が戸を押し開けるも、既にユケイはいなかった。
先程までの静けさから一変。船内が混乱に包まれている。
トミーはいまだ地下三階であたふたしていた。大人しく降伏して牢屋へ逆戻りか、隠れて脱走の機会を窺うか。
そこへ船長がユケイを連れて階段を下りてきた。
ユケイはトミーに目もくれず、非常口を塞いでいる金属棒を外して扉をこじ開けていた。
トミーが呆然としていると、波に揺られるボートを指して船長が言った。
「まだそこにいたのか。丁度いい、これでユケイを近くの船まで乗せて行け。降ろした後は逃げるなり好きにしな」
「本当ですかぁ!?」
つい本音がでてしまった。気まずくなってユケイを見ると、その横顔は一点を見詰めて待てをくらっている猛獣そのものだった。獲物のことしか考えていない。こちらの声など聞こえていないのだ。
無知で純粋な少年だったり、残酷な殺戮の化け物だったり。本当のユケイはどちらなのだろうと思ったが、もうどうでもいい。
ボートの鎖を解き、エンジンをかけ、外へと繋がる非常口の前へ。安全ゲートが解放されて一瞬の眩しさの後、快晴の大海原が眼前いっぱいに広がった。まさかこんな形で脱出が叶うとは。化け物を降ろしたら逃げるに決まっている。
持たされた白布を振りながら、トミーはゆっくりとボートを前進させた。
『繰り返します。全員、武器を捨てて両手を床につけなさい!』
巨大な黒船を後にして、全ての状況が見えてきた。
黒船を囲う潜水艦。それらが一斉に潜ったのち、三隻の軍艦が接近して黒船の両サイドと後方をとらえた。渡し通路が掛けられて、軍人が流れ込んでゆく。上空では飛竜隊が巡回しており、警戒深く交信を行っていた。
船体に描かれている紋章は、人と竜の腕が交わり一つの炎を掲げる様子。火の国・ブレノスの国章である。
海賊船ひとつ相手に随分大がかりな気もしたが、船が元々ネヴァサのものだったのを思い出して納得した。
海賊達が連行されてゆくのが見え、トミーはざまぁとほくそ笑んだ。
『そこのボート、止まりなさい!』
「う、撃たないで~! 私達は被害者なんですぅぅ~!」
警告を受けながらも、トミーは白布を振りつつ接近を止めなかった。
最寄りの軍艦に横づけすると、甲板から銃口が向けられた。
トミーは両手を上げ、必死になって訴えた。
「私とこの子は拉致されていたんですぅ~! 今すぐ助けてくださぁぁい!」
すると軍人は銃口を逸らし、後方の仲間に合図を送った。
「二名保護する! 縄梯子を用意してくれ!」
甲板から降ろされた縄梯子。
―― その瞬間、ユケイの赤眼が見開いた。
赤い化け物は縄梯子に飛びつくなり、凄まじい勢いで軍艦に乗り込んだ。同時に軍人の生首が降り、トミーはエンジンを全開にして大急ぎで走りだした。
二体の飛竜が追いかけてきたが、炎上している軍艦を見るや慌てて引き返していった。トミーは勝利の雄叫びをあげ、渦中を背にして波をきる。
さらばだ哀れな化け物よ。
そうやって一生利用され、戦い続けているがいい。
ユケイの戦いぶりや騒がしい船内には目もくれず、シバは二階の窓から双眼鏡を覗き、逃げた小男を睨んでいた。ユケイが誰かに懐いたなんて。どうでもいいのに腹が立つ。
シバは小笑いし、愛用のライフルを構えた。
船の揺れ、風の流れ、動きを追って銃口を微動させる。
全神経を研ぎ澄まし、シバの瞳が狙いを定めた。
海面を
小男の頭が弾け飛び、ボートは転覆してしまった。
「ウヒョーやるねぇ! 相変わらず射撃の腕は一流だなぁ!」
背後から初期メンバーのひとりであるカロムがケラケラと笑う。
「さぁて……オレは大人しく降伏させてもらうぜ。不本意ながらネヴァサの一員として重い罪を背負うんだろうが、このままお前につき合うよりはマシだろうさ」
シバは銃口の煙を吹き消し、去りゆく背中をフンと笑った。
銃弾をものともせず、猛進を続ける血の足跡。
ユケイは目に映るもの全てを二本の曲刀で切り散らしていった。
船には必ず数人の竜族が乗っていた。しかし人間より戦いの心得がなく、竜の姿に化けることもせず、すすんで人間の盾となり死んでゆく。
竜族達には鉄の首輪がかせられていた。何かの制約に捕われているようだが、むしろそれならありがたい。
一隻の軍艦を壊滅させたユケイは、次の船へと飛び移った。
慣れた戦いだが、今回は敵の数が多すぎる。
しかも相手の防具が充実しており、幾らか殺すのに手こずっている。無傷ながらも体力は削れ、曲刀の切れ味が鈍ってゆく。二隻目を制圧して次を睨むが、さらに二隻の増援が現れたのが見えた。ならばやるしかない。やるしかないのだ。
ユケイは悲鳴にも似た咆哮をあげ、シバに認められたい一心で、再び刃を鋭くした。
シバは余裕の笑みを浮かべ、船内を単身で逃げ回っていた。
ふと、次に迫る軍艦の動向がおかしい事に気付いた。船内を巡る足音もなにやら撤収モードだ。シバは足を止め、飛竜達がざわついている方角に望遠鏡を向けた。
水平線の向こうから二隻の大型船がやってくる。あちらも飛竜を従えて、掲げた旗にはネヴァサの紋章。
シバの余裕が一気に冷める。
「(こんな時に。クソが……!!)」
ユケイを呼び戻す必要がある。
近付いてくる足音を聞き、扉の陰に転がり込んだ。シバは手銃を充填しながら警戒深く廊下を覗いた。そして軍人らと似た動きで素早く移動してゆく。
目指すは三階の放送室。
『ユケイ! おおいユケイっ!! 今すぐ戻って来い! 戻るんだ!! 聞こえたら何か合図しろ!!』
ユケイは息を切らし、額から垂れてくる血を拭った。殺しても殺しても悪党は降参しないどころか、三隻目から次々と増援が流れ込んでくる。迫る二隻もすぐそこだ。
このキリがない状況で戻れの指示はありがたかった。
今の声を聞いてか、船が大きく動きだした。
シバの船に渡された通路が次々と海に落ちてゆく。飛び移るチャンスを逃したユケイは、焦りながらもその辺に転がっている銃を三発鳴らして合図とした。
そしていざ戻ろうとして狼狽えてしまった。トミーと乗ってきたボートが何処にも見当たらないのだ。ならば泳いで戻るしかないと甲板の柵から身を乗り出し、寸前で足がすくんでしまった。
水面に浮かぶ奇妙な
血の臭いで集まってきたのだ。ぞくりとするほど大きな口で落ちた死体を丸飲みにしている。もはや泳ぐにはそれなりの距離があり、ユケイは怖くて飛び込めなかった。
「無理だよシバ! 助けて! 迎えにきて!!」
ぐずっているうちにも離されてゆく一方だ。この船を挟むようにして増援の二隻が到着した。渡し通路が掛けられて、無限に敵が増えてゆく。
いつもと違う展開に、ユケイは怯みはじめていた。
甲板の先端に追い詰められ、大勢に取り囲まれてしまった。
盾で閉じられた囲いの中に、ひとりの竜族が追いやられてきた。若葉色の短い髪に、華奢な体をした青年。他の竜族と同じ服、同じ首輪を身につけて、なんの武器を持つでもなく、困ったように微笑んでいる。
一騎討ちでもしたいのだろうか。弱っちいくせに懲りない奴らだ。急所を狙った一閃が、空気を裂いてはっとする。確かにそこにいたはずが、その青年は背後にいた。
ユケイはがむしゃらに曲刀を振るった。これでもかと急激に攻めているのに、青年はなに食わぬ顔で全ての攻撃をかわしてしまうのだった。
こんなことは初めてだった。
「も~~~~じっとしててよ! 終わらないじゃんオレの仕事!!」
「もう終わりでいいじゃないか。落ち着いて話をしよう。美味しい水でも飲みながらさ」
一瞬心が弛んだが、ユケイは命乞いは聞かないと怒鳴った。
盾を構える悪党達は、戦意を向けるも襲ってこない。ならばそれらは後回し。ユケイは対峙している相手に集中した。
青年は溜め息をついて、無防備に両手をあげてみせる。
「なぁ、降参降参。もう皆キミには降参だからさ。そうだ名前、ユケイっていうんだ? オレはリオ。ユケイ、話をしようよ。キミを呼んでるのは誰なんだい?」
リオと名乗る青年は優しい口調でありながら、前髪から覗く眼孔は鋭かった。
「うっせーんだよさっから! 馴れ馴れしくすんな!! ブッ殺すぞ!!」
「そんなこと言わないでさぁー」
リオは視線を外さないまま靴を脱ぎ捨てた。白い素足の尖った爪が、しっかりと地を掴んでいる。
ユケイは甲板の端まで後ずさり、黒い刃を差し向けた。
「来るなッ!! それ以上近付いたら殺してやる! お前の内臓えぐりだして、ぶちまけてやるっ!!」
しかしユケイの心情は
リオは無害を装いながらも、ゆっくりと距離を詰めてくる。
(ログインが必要です)