四

文字数 605文字

 駅に着くと、持っていた少数の小銭(こぜに)切符(キップ)を買って乗降場(じょうこうじょう)*に行った。(しか)し、急に変な気持ちになってきた。周りが(みな)怖く思えた。()れでも気にせず列車を待った。列車が来た時にはもう、少し(おび)えて震え始めた。()うして宗太は列車に乗った。
 列車は満員だった。乗ると直ぐ、宗太は列車に居る(すべ)ての人への恐怖心が募ってきた。永久(とこしえ)と考えている内に五分、十分、十五分と()って、(つい)には自分が怖くなった。顔も名前も知らぬ人を怖くなる自分が恐ろしくなった。何時(いつ)もなら人を酷評する宗太だが、今回(ばかり)は周りが恐ろしい。此の、しんとした空気の中で、宗太だけが敵な気がしてならない。何だか気味が悪い。周りの人が(みな)此方(こちら)を見ている様な気がする。宗太は窓へ目を()った。街が見えた。十字路を歩いている胡麻(ごま)の様な人々が見えた。其の途端(とたん)、歩いている胡麻人間達も、恐ろしい形相で此方を(にら)んでいた。宗太は、唯々(ただただ)怯え(なが)ら、其れも周りの人々に勘付(かんづ)かれない様必死に(こら)え乍ら玄色(くろいろ)()り革を(かた)く握って、(うつむ)いて立っていた。でも、段々と一駅、二駅と越えて()く内に、其の憂虞(ゆうぐ)*が薄れていった。
 もう五駅程越えただろうか。()れ程の怖さが、(まった)く失くなっていた。窓へ目を遣っても、胡麻人間達を眺めても、何も感じない。高楼(こうろう)*が威厳()(たたず)むだけである。扉が開いて、大勢の人が列車を出た。宗太は空いた席に座って、誰でも好いから評してやろうと思ったが、(いざ)やると又怖くなるから、椅子に座るだけにした。
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登場人物紹介

大島宗太

主人公で批評家。酷評しか言わない。


浜野庄次郎

宗太の大学での後輩。酷評を言う宗太を何故か慕っている。


佐竹宗栄

宗太の友人。大学入学後すぐに出家した。


大島誠一

宗太の兄。職につかず怠けている宗太を嫌う。


大島周造

宗太の父。宗太に留学を勧める。名主。


浜野玄太郎

浜野の父。


佐竹文造

宗栄の父。周造の親友。


大島舞

宗太の姉。誠一と同じく宗太を嫌う。


大島初

誠一の妻。宗太の嫂。宗太とよく気が合う。


大島永輔

周造の兄で宗太の伯父。

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