三

文字数 870文字

 坂を下り終わると、駅が見えてきた。隣に(やしろ)がある。「諏訪(すわ)」と書かれている。()れで宗太(そうた)は、()の坂が諏訪という坂だと思い出した。すると、まぁ珍しいことに、禅僧(ぜんそう)が前から歩いてくるのが見えた。何故(なぜ)禅僧かが(わか)るのかと云うと、此の諏訪という社は禅宗*だからである。其れに、此の社を建てたのは宗太の父、周造(しゅうぞう)の友人である。其の友人は文造(ぶんぞう)と云う。息子は宗栄(そうえい)と云い、宗太の親友である。元の名は宗栄(むねひで)と云う。因みに父の名は文栄(ぶんえい)である。「宗」の字が同じなので、()ぐ仲良くなった。曾雌(そし)て、今前を歩いている禅僧が宗栄である。宗栄は、小・中・高では一緒だったのだが、大学は入学したものの、春を除いて殆ど来なくなった。後で父に聞くと、如何やら僧になる為の勉強中だったらしい。
「宗栄」
「大島君じゃないか。久しいね」
「暫くご無沙汰(ぶさた)で」
「何かあったのか、宗太。お前が散歩なんて」
「君も僕を舐め過ぎだ。先程(さきほど)僕の後輩と()れ違ったんだがね。完く同じことを云われたよ」
「ハハハハ。左様(そう)か」
宗栄は昔からの明るい笑顔だった。
「今日は如何(どう)かしたのか」
(なつ)かしみの帰郷さ」
何処(どこ)か行っていたのか」
「奈良にね。本場の寺で修行してきたのさ」
流石(さすが)だ」
()れで?君は何時(いつ)もの毒舌かい」
「覚えていたか」
「そりゃ左様さ。君みたいな人は印象に残るよ」
「其れなら好かった」
「此れから何処へ?」
「駅さ」
「人を見てくるのか」
「あゝ、左様さ。でも、一旦(いったん)諏訪に参るか?」
「君が云うなら左様しよう」
()(がと)う。君は?」
「僕は参って父に会ってから……寝るかな」
「ハハハハ。まぁ疲れているんだから。如何か左様してくれ」
「あゝ」
宗太は宗栄と一緒に社に参拝した。
「あゝ、左様だ。明日僕の家に来ると好い。丁度後輩も来るんだ」
「相判った」
「其れじゃ」
「頑張ってくれ(たま)え」
「何をさ」
「毒舌を期待していると云うことさ」
「左様か」
「明日聞かせてくれ。其の…後輩君と一緒に。其の子も知っているんだろう?」
「嗚呼。知っているとも」
「じゃ、宜しく頼むよ」
左様云って宗栄は社の奥へ歩いて行った。宗太は鳥居を(くぐ)って社を出た。出て走って駅へ向かった。
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登場人物紹介

大島宗太

主人公で批評家。酷評しか言わない。


浜野庄次郎

宗太の大学での後輩。酷評を言う宗太を何故か慕っている。


佐竹宗栄

宗太の友人。大学入学後すぐに出家した。


大島誠一

宗太の兄。職につかず怠けている宗太を嫌う。


大島周造

宗太の父。宗太に留学を勧める。名主。


浜野玄太郎

浜野の父。


佐竹文造

宗栄の父。周造の親友。


大島舞

宗太の姉。誠一と同じく宗太を嫌う。


大島初

誠一の妻。宗太の嫂。宗太とよく気が合う。


大島永輔

周造の兄で宗太の伯父。

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