その3 北条政子[ほうじょうまさこ]

文字数 1,918文字

【前説】
 北条政子さんは源頼朝さんの奥さんです。
 若い頼朝さんがまだぜんぜん世間的に抹殺されていて、伊豆に流刑になっていた時期に知り合って、周囲の反対を押し切って結婚したことで有名です。
 2012年の大河ドラマ『平清盛』では、女優の杏さんがはつらつとこの政子さんを演じておられました。そして頼朝さんが岡田将生さん! とっても爽やかでしゅっとしたカップルで大好きでした。この二人を主人公にした鎌倉幕府のドラマを見てみたいと思ったくらいです。
 でもたぶん、それはずいぶん斬新なキャスティングだったんですね。
 従来はこういうイメージだったのだと思います。↓

* * * * * * * * * *

 都でも(ひな)でも、十五、十六で嫁ぐのは、少しも早いとしていない風習なのに、かの女はまだ深窓の姫だった。――温暖な火の国、温泉(いでゆ)(さと)にいて、二十一にもなる政子が、熟れてみえるのは、傍眼(はため)のいやしい見方のせいではない。(かく)し香の匂いも紛らしえないものがある。体温をもった霧のように、それは僧院の冷たい部屋さえ暖めてしまう。こうしているまには、頼朝の官能へも忍び入ってやまないものであった。
(中略)
 かの女は、あいての()を溶かすような眸をした。
 それに耐えながら、頼朝は微笑をふくんだ。
(中略)
 椿のような唇が蜜をたたえ、男の挑みを、誘っていた。そのための痙攣にたえかねて、頼朝の(かいな)に支えられながら、体をねじ切るように、くねらせた。頼朝は、その眸に、眸をつよめ、したたかにこたえてやった。男がこたえるばあい、男の心のつかい方には、むごい報復と愛撫をひとつにすることさえできる。男には可能である。が、女はついに、単一な性火に燃えきってしまう。燃えおののき、燃えさけび、なお燃えようとして、離しもしない。
 (しとみ)には、まだ、あさぎ色の空が、明るく透いていた。けれど部屋の内は、暮れ澄んでくる。几帳の蔭から見えるみだれ裳の端が、死に絶えたひとの物みたいだった。
 夕寒げに、どこかのこずえで、(うそ)が啼いた。

* * * * * * * * * *

【感想】
 じつは、これを読んだ後、私は吐きそうになってしまいました。
 比喩ではなくて本当に吐き気がして、いそいで洗面所に行きました。
 吐きはしませんでしたが、うがいをしました。
 でも、気持ち悪さが直らなくて、その晩はすっかり食欲がなくなってしまいました。

 これを素敵だ官能的だ、と思える人には、本当に申し訳ないのですが、
 私のように「気持ち悪い」と思う人間もいるし、たぶん他にもいるのではないかということを、知っておいていただけたら、感謝します。

 不思議なのは、この作家先生は男の人なのに、どうして、
「女は自分を犯した男にやがて悶え焦がれるようになるものだ」
「女は燃えるときは燃えるだけで他に何も考えられなくなるものだ」
 と断定できるのかな、ということです。
 どういうデータをお取りになったのでしょうか。

 私の知るかぎり、男の人も、余裕があって頭のすみで別のことを考えられるときと、そんな余裕なんかないときがあるのだと思いますが、女の人もたぶん同じです。余裕なんかない!というときと、頭のすみでいろいろ考えているときがあります。
「ああわたしいま変顔(へんがお)だったらどうしよう?」とか、
「しまった明日って何時起きだった?」とか。
 人間だから、そんなに違わないんです。

「男は冷静さを失わないでいられる」などと書くのは、自慢しているつもりでいて、
 その程度の、「冷静さを失わないでいられる」程度のセックスしかしたことがない、と告白しちゃっていることになり。
 それってつまり、相手をちゃんとイカせてないんじゃないの?疑惑が浮上し。
 彼女は「燃えおののき、燃えさけ」んでいるように見えるけど、本当にそうなの?疑惑が浮上し。

 この疑惑の無限地獄から脱出する道は二つしかなくて、
 一つは、彼女が気持ちいいと言ってるのだから本当に気持ちいいのだろう、と信じあって幸せになる道で、
 もう一つは、上のようにそんな疑惑に気づきもせず、幸せなままでいる道です。
 第一の道のほうが、二人の相乗効果で幸せ物質オキシトシンが大量に出るそうです。

 上に引用した政子頼朝カップルのオキシトシン値はわかりませんが、

 政子さんが気持ち悪く描かれているので、そんな政子さんとえっちして得意になっている頼朝さんも、頭が悪そうに見えます。
 頼朝ファンとしてはとても残念です。

 もしも、杏さんと岡田将生さんがキャスティングされて、この台本で演じろと言われたら、
 お二人とも拒否していたのでは?
 と思います。


※吉川英治『新・平家物語』「火乃国の巻」より(新潮文庫第5巻,45-47ページ)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み