第2話 地図と実際の道は、やや違うことがある

文字数 3,326文字

……
フットパース(本にはこう書いてあった気がする。違うかもしれない)はこんな感じだった。
(この道を行けば、天使のお城に着くはず……)
素直に行けば、何の問題もない。
(……岩がごろごろ)

なんとなく、歩きたくないと思ってしまった。

似たような場所をもうずっと歩いていた。


だからちょっと海岸の方へ行き、海を観た。
(海だ~)

ようやく海と出会えた。

しかもなんかいい感じで気持ちが上がった。


冬の海は嫌いではない。

寒くて泳げないかもしれないけれど、人がほとんどいないのがいい。それもまったくいないわけではなくて、パラパラとハイキングの格好をした人がフットパースに向かっていた。


そして海にはあまり人がいなかった。

(まったく人がいなかったら怖いけど、これくらいの人数ってちょうどいいよね)
観光に来ている身で勝手な言い分である。

でも、ちゃんとした道を行けば人がいるのがわかっている場所で、見渡す限り1人だと世界をひとり占めできるような気持ちになれて、それがこの上なく好きなのだ。


まったく1人ではない安心感がありつつのひとり占め感。

(海だっ 海だっ 嬉しいな、嬉しいな)
石ではない砂浜。

久しぶりに見る砂浜だった。

(やっぱり海はどの国でも同じなんだ。この海は日本につながっている)
どことなく地元の海とも似ている気がして、親近感のようなものを感じた。英国にはすでに二週間ほど滞在していて、そろそろ故郷が恋しくなっていた。
う~み、う~み

るるるんるん

波がジャブジャブしているのが嬉しくて海岸を歩いた。

穏やかな波だった。

(もう少し荒波でもいいな~)
せっかく海に来たんだから、ドドド~ンという波も観たい気分ではあった。1カ月の予定の観光旅行。家族や友人とも離れて異国の地に来て、現地の方々との温かな交流もあったけれど、言葉の通じないストレスなどを感じてもいた。

だから、ストレス発散になる何かを期待していて、それが満たされたような状態になっていた。


フットパースは少しずつ離れていたのは知っていたけれど、それでも海岸を歩いていたいと思ってしまった。そして地図を確認した。

(フットパースと海岸は並行してるから、このまま進んでも大丈夫そう)
本に付いていたおおまかな地図を見て、そう判断してしまった。
(やっぱり海はいいな)
2月の海。夏の海とは違い光が優しい。遮るものがなくて明るいのに暑くない。むしろちょうどよい温度。波も穏やかで、冷たい潮風が頬をなで、それが心地よかった。
(このまま砂浜を歩こうっ)
石ではない、スニーカーの下から感じる慣れ親しんだ砂浜を楽しみつつ、海岸を歩くことにした。
(うっれしいな、たっのしいなっ)
少しずつ岩が増えていたことには気づいていた。

岩が増えるということは、砂浜が減るということにも気づいていた。

(そろそろフットパースに行こうかな?)
まだ見える位置に、道らしき物があった。
(階段、みたいな物はないのか?)
日本のウチの近所の海には、海岸から道路に出るための階段があることは当たり前だった。だからいずれ、そういう階段が出てくるものと信じて疑っていなかった。
(階段ナシだとムリっぽい)

岩だらけでゴツゴツで、登れそうな雰囲気ではなかった。

本の地図を見て、自分がいるであろう場所とフットパースの位置。それがほぼ重なっている。

(ということは、あれがフットパースだよね?)
上に向かって登っている感じのなだらかな丘のような地形だった。

その上の部分にフットパースがあることは予想ができた。


ただし、そこへ行くための階段はなかった。

階段などなかった。

(いままで階段みたいなものは見てないから、戻るとしたらスタート地点になる)
石の案内図があった場所からけっこう歩いていた。
(戻るのやだな)
そんなことを思いながら歩いていた。

戻るなど絶対に嫌だった。


いつでも来られる場所ではない。飛行機に何時間も乗って英国まで来て、さらにロンドンからバスで来ているのである。だから戻って時間のロスをするのは絶対に嫌だった。


機会(チャンス)はそうそうないのだ。

よいしょっと……
しばらく進んで、足場がかなり悪くなっていた。

そして気づくと、

……
 周りがゴツゴツの岩場になっていた。
(おかしいな……)
はじめは少しだけだった岩が、敷き詰められていた。


砂浜はなくなり、私は岩の上にいた。

岩の下では波がチャプチャプと音を立てている。


まるで、テトラポットの上を歩いているようだった。

※歩いたことはないけれど、歩いたらきっとこうなるんじゃないかという感じ。

(波があるから、海だよね?)
その上にいた。
(ヤバくね?)
 自分が立っている岩の下には海水……
(陸地じゃないとか?)
地図ではすぐ横にあるはずのフットパースはなく、横にあるのは崖だった。その崖の上にフットパースがあることは想像できた。
(予想に反した場所にはいないはず)
地図ではフットパースと自分がいるはずの海岸は並行していた。その並行は目的地まで続いている。しかし、自分がいるはずの海岸は、薄くなってほとんど幅がなくなっていた。


地図上では、フットパースは自分のすぐ横にあるはずだった。

しかし、実際はその間に10mくらいの高さの崖があった。


目測なので8mくらいかもしれないけれど。

(どうしよう……)
岩に飛び移ったりしがみついたりしながら進むようになっていた。

足場はかなり悪く、思ったように進めない。

(大したことないって思ってたけど、意外に体力を消耗する)
周囲に人の気配はまったくなかった。

人がいるような場所ではなかった。

(この先に階段があるとは思えない)
人がいないのだから、階段など必要ない。
(これ、このまま進んだら、相当ヤバいよね)
このまま岩だらけの状態がずっと続くとも限らない。下手をすると足場になる岩もなくなるかもしれない。横の崖にしがみついて、進むことも戻ることもできなくなるかもしれない。

(なんでもっと早く気づかなかったんだろう……)

ここは近所の海ではない。

異国の地の海。自分にとっての当たり前が当たり前ではなくなるのをこの2週間で知っていたはずだった。

(見慣れた海だけど、扱い方が違っている)
案内板も石だった。

日本人が大好きな至れり尽くせりな階段などなかった。

(自然を壊して階段作られるのもどうかと思うけど)
あくまで私個人の意見だ。

しかもその階段を探して歩いていた。

(戻るのやだな)
おかしいと思ってからもけっこう進んでしまい、しかも自分で時間制限を設けていた。知らない土地で暗くなってフラフラするのは極力避けていた。海外にいるのだから当然のことだ。国内だって旅先でそれはしない。
(お日様が出ているうちに、バスが通っている道まで行かなきゃ)
目的のお城の近くに、町まで行けるバスが出ているはずだった。
(あと、3時間以内に、人里に戻る)
自分でそう決めた。

たぶん、それくらいで陽が落ちて暗くなる。


見渡す限り、人はいない。

だって崖だもの。


この状態が耐えられるのは、明るい時だけ。

(でも、来た道を戻ったら、お城の近くのバスには乗れなくなる)

この期に及んでそんなことを考えていた。


バス停はスタート地点とゴール地点の2か所だけ。それぞれ路線が違っていて、フットパースには他の公共の乗り物はない。そもそも歩道なので車は走っていない。


案内板のあるスタート地点に戻るなら、来たのと同じ時間、わかっている道を歩くことになる。黙々と岩と砂浜を歩くだけ。スタート地点に戻ってから初めの目的だったフットパースを通って天使のお城に向かえば、城は観れるかもしれないが日は沈んでいると思われる。そしてゴール地点から出ている最終バスには間に合わず、町へ戻れず途方に暮れるかもしれない。


もしも戻るを選択すれば、スタート地点まで戻って乗ってきたバスに乗る。

天使のお城は諦めることになる……

……

しかし、もうひとつ、バスに乗る方法があった。

(この崖を登って、フットパースに行く)
それができれば時間のロスはほとんどなくなり、天使のお城が観られてそこから出ているバスにも乗れるはずだった。
(これ、何mあるんだ?)
けっこう高かった。


急がば回れ

が、脳裏をよぎる。


しかし

登るしかない。
と、気合を入れるために口から言葉を発した。







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登場人物紹介

佳純(かすみ)

趣味は旅行と小説を書くこと。

御朱印も集めることがある。

※アイコンは白玉えん様から許可をいただいて使用しています。

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