第3話 『HELP ME!』が言えなくて
文字数 3,648文字
崖を登るような危険なことは決して行わないように。マジで怖かったです。
普通のもやったことないのに……
こんなことになるなんて、考えたこともなかった。
高さは7~8mくらい?
足場も掴むところもたくさんあるようにみえる岩場。というか崖。
90度よりもなだらかな感じ。
登れるような気はする。※やめてください。
小さい頃は友だちと一緒にジャングルジムに上ったり何でも登るのが好きで、校庭も元気に走り回っていた。
非力な普通の女子だった。
登るしかないのだ。※やめましょう。
テレビか何かで聞いたような気がする方法を実行した。両手と両足のうちの3点でしっかり岩を捕らえ、4つ目の手足で安定した場所を探してそこが安全と分かるまで他の手足は絶対に動かさないを繰り返す。
ここの岩は脆くなくて、掴んだ岩や乗せた足場が崩れることはなかった。
黙々と単純な作業を繰り返す。
単純作業に思えたけれど、フットパースにたどり着くまで登り続けなければならなかった。
上まで体力が持たないかもしれない。
そして、半分くらい登った時、
『不用意に、自ら危険な場所に行くのは止めよう』と、これまでも何度自分に言い聞かせたかわからない。
もちろん、誰もいないことはわかっていたからだ。誰かいたら言わない。よそ様の国で、極東の日本の言葉を叫ぶなんて失礼なこと、よっぽどでなければしない。
自身の国の言葉に誇りは持っているけれど、それは私にとってのこと。現地の人にとってなじみのない言葉を使われるのは不愉快なのではないかと私は思っている。
旅人は現地の人にとって厄介者である。
私はそう思いながら旅している。他の人は違う考え方だと思う。それはそれでいいと思う。
また、そう思うことができるのが旅のだいご味である。それはなかなか面白い感覚だ。そんな厄介者でも優しくしてもらえることは多くて、だから感謝の気持ちが持てる。
でもだから、相手にとって予想外なことはしてはいけない。
一応、そういう意識はあるのに日本語で叫んでしまった。それくらい恐怖に捕らわれてしまった。
叫んだら少し落ち着いた。
一歩一歩、ひと手ひと手を丁寧に。
両手両足を使って、気持ちを落ち着かせながら登った。
集中力が切れる前に登り切りたかった。
頭を無にして登っていると、それまでは見えなかったフットパースが見えてきた。
そして、二人の女性が見えた。
絶望が本物の希望に変わるちょっと前。
咄嗟だとそれしか出てこなかった。後になって『HELP ME』と言えばよかったのではないかと気づいたが、そう言わなくてよかったとも思った。
とにかく必死に手を振った。
その時の私は念じる以外にできることがなかった。
私が外国人だということを全く気にしていない、とても素敵な笑顔だった……
そんな気持ちになり、作り笑顔でさらに手を振った……
元気よく手を振ったのがアダになったのか?
否、とっても素敵な出会いだよ、たぶんきっと。
そしてお姉さんたちは去って行った……。
Hiは挨拶だ。
お姉さんたちが正しい。
「こんにちは」と声をかけてきた人を助けるのはよっぽどな状況だろう。
という気持ちにもなれた。
人と出会えたということで希望も見えてきた。
でも落ちたら危ない。
登れば登るだけ、落ちた時のリスクも上がる。
あともう少しで登り切るということは、落ちたらとっても危ないということで、今、握っている岩が取れたり足場にしている岩が崩れたら、と考えるだけでも気が遠くなった。
どんなに安全な場所でも、そこに行った人の行動次第で危険な場所に変わる。
なにしろ英国だ。アーサー王がアヴァロンに行く場所。妖精とか精霊とかがうようよしてる地。
そう思ってしまっても無理はない。
そして私は今もそう信じている。
未来がわかっているのなら、人はそれを避けることができる。
ゆっくりと登る。
登った場所ではないと思うが、フットパースの写真のはず。
まだ陽も高く、予想よりも早く移動ができた。
それに、手を振ってくれたお姉さんたちにちょっと感謝した。
そして注意を促してくれたであろうおばさん。
何事もなかったことに
本当に感謝した……
崖を登るような危険なことは決して行わないように。マジで怖かったです。
空腹が満たされ、疲労もなくなった。