第3話 『HELP ME!』が言えなくて

文字数 3,648文字

※ 皆さまはもしも似たような状況になった時、こんなことになる前に戻ってください。

 崖を登るような危険なことは決して行わないように。マジで怖かったです。

行ける、

きっと行けるから。

命綱なしのロッククライミング。

普通のもやったことないのに……


こんなことになるなんて、考えたこともなかった。


高さは7~8mくらい?

足場も掴むところもたくさんあるようにみえる岩場。というか崖。


90度よりもなだらかな感じ。

登れるような気はする。※やめてください。


小さい頃は友だちと一緒にジャングルジムに上ったり何でも登るのが好きで、校庭も元気に走り回っていた。

(でも最近、大した運動してないな……)

非力な普通の女子だった。


しかし、そんなことを思っている場合ではない。

登るしかないのだ。※やめましょう。

いくぞ!
と、登った。
(思っていたより行けそう?)
はじめはそんな感じだった。

テレビか何かで聞いたような気がする方法を実行した。両手と両足のうちの3点でしっかり岩を捕らえ、4つ目の手足で安定した場所を探してそこが安全と分かるまで他の手足は絶対に動かさないを繰り返す。

(緊張するな。リラックスだ)
自分で自分に暗示もかける。
(ここは公園。安全な場所。ただ手足を動かして、上に着けばいい)
怖いと思ってしまうことが怖かったので、心を無にして登った。



(慌てない。ぐらついていない場所を探す)

ここの岩は脆くなくて、掴んだ岩や乗せた足場が崩れることはなかった。

(行けるよ。がんばろう)

黙々と単純な作業を繰り返す。

(休んでも崖の上じゃ休めない……)

単純作業に思えたけれど、フットパースにたどり着くまで登り続けなければならなかった。

(手が疲れたら、どうなっちゃうんだろう……)
ロッククライミングなどしたこともない非力な人間なのだ。

上まで体力が持たないかもしれない。



そして、半分くらい登った時、

(どれくら登ったんだろう)
と、思って下を見てしまった。
崖の上から視界いっぱいに海が広がった。
(今、ここで足場が崩れたり手を滑らせたら、落ちて下の岩に頭をぶつけて死ぬかもしれない……)
落下する感じと岩に頭をぶつけて血を流す自分の姿を想像してしまった。
(そうなったら、見つけてもらえるのかな?)
この崖を登っているのは自分だけで、周囲に人の気配はなかった。
(ぶつけて直ぐだったら助かるかもしれないけど、見つけられずに放置されたら死ぬかも……)
そんなことを考えてしまった。
(岩の上で血を流しながら、身動きもできずに死ぬかも……)
言葉も通じない異国の地で、初めての場所で、この先に何があるかもわからない状況。不安しかなかった。それに、どんなに安全な場所でも、落ちたら危険なのである。


『不用意に、自ら危険な場所に行くのは止めよう』と、これまでも何度自分に言い聞かせたかわからない。

弱気になるな!
(慌てるな。落ち着いていけ。私ならできる!)
生きて帰る。
生きて

日本に帰るんだ!

と、声を出した。


もちろん、誰もいないことはわかっていたからだ。誰かいたら言わない。よそ様の国で、極東の日本の言葉を叫ぶなんて失礼なこと、よっぽどでなければしない。


自身の国の言葉に誇りは持っているけれど、それは私にとってのこと。現地の人にとってなじみのない言葉を使われるのは不愉快なのではないかと私は思っている。


旅人は現地の人にとって厄介者である。

私はそう思いながら旅している。他の人は違う考え方だと思う。それはそれでいいと思う。


また、そう思うことができるのが旅のだいご味である。それはなかなか面白い感覚だ。そんな厄介者でも優しくしてもらえることは多くて、だから感謝の気持ちが持てる。

でもだから、相手にとって予想外なことはしてはいけない。


一応、そういう意識はあるのに日本語で叫んでしまった。それくらい恐怖に捕らわれてしまった。

叫んだら少し落ち着いた。

(ここは落ちても大丈夫なジャングルジムの上とでも思って登れ)
急がず、慌てず、着実に。

一歩一歩、ひと手ひと手を丁寧に。


両手両足を使って、気持ちを落ち着かせながら登った。

(平均台は簡単に歩けても、この平均台を高い場所に置いて、落ちたら下まで落ちる状態にすると歩けなくなるらしい)
(恐怖はできることでもできなくしてしまう。だから、怖がらなければできる)
(簡単な作業を繰り返しているだけ。だからできる)
それでも距離がある気がした。
(淡々と同じ作業を繰り返すのって、けっこう辛い……)
しかし登った。

集中力が切れる前に登り切りたかった。

……
それから黙々と登った。

頭を無にして登っていると、それまでは見えなかったフットパースが見えてきた。

(人が歩いてる!)
歩いている人が確認できる場所に来ていた。

そして、二人の女性が見えた。

(助かった!)
その時の気持ちは、どう表現していいのかわからない。

絶望が本物の希望に変わるちょっと前。

ハーイ!
「ハイ」は、日本人にも英語圏の人にも通じる便利な言葉だった。

咄嗟だとそれしか出てこなかった。後になって『HELP ME』と言えばよかったのではないかと気づいたが、そう言わなくてよかったとも思った。


とにかく必死に手を振った。

(表情で必死さが伝わるはず!)
異国で身振り手振りは大事だ。

その時の私は念じる以外にできることがなかった。

(た~す~け~て~え~!)
と念じながら、必死の想いを込めて手を振った。
Hi(ハイ)
二人連れの女性たちは、満面の笑みで手を振り返してくれた。

私が外国人だということを全く気にしていない、とても素敵な笑顔だった……

は……ハイ
その歓迎ムードを喜ばなければいけない。

そんな気持ちになり、作り笑顔でさらに手を振った……

Hi~!

元気よく手を振ったのがアダになったのか?

否、とっても素敵な出会いだよ、たぶんきっと。

……

そしてお姉さんたちは去って行った……。

(この反応が正しい場所なんだ。ここはお気楽極楽な遊歩道(フットパース)。危険なんてどこにもないはずなんだ)

Hiは挨拶だ。

お姉さんたちが正しい。


「こんにちは」と声をかけてきた人を助けるのはよっぽどな状況だろう。

(そこまでの危険ではないんだ。そんなに危ない状況ではないのだ)

という気持ちにもなれた。

人と出会えたということで希望も見えてきた。


でも落ちたら危ない。

登れば登るだけ、落ちた時のリスクも上がる。


あともう少しで登り切るということは、落ちたらとっても危ないということで、今、握っている岩が取れたり足場にしている岩が崩れたら、と考えるだけでも気が遠くなった。


どんなに安全な場所でも、そこに行った人の行動次第で危険な場所に変わる。

(バス停近くで会ったおばさん、こうなることが分かってたんじゃないかな? 未来の私の危険が視えていて、それを親切に教えようとしてくれてたのかも……)
本気でそう思った。

なにしろ英国だ。アーサー王がアヴァロンに行く場所。妖精とか精霊とかがうようよしてる地。


そう思ってしまっても無理はない。

そして私は今もそう信じている。

(負けるな自分。それなら予言破りの自由でいこう)
この前に学校で教わった。
(こうであるという未来を、人には変える自由がある!)
それを予言破りの自由と言うらしい。

未来がわかっているのなら、人はそれを避けることができる。

(もしも予言があったとしても、私は無事に登ってみせる。それが私の選ぶ未来)
というような意味不明なことを思っていなければ登る元気が得られなかった。気力も体力も限界に近かった。頼れるのは自分だけだった。というか、恥ずかしくて頼れない……
(あと少し、もうフットパースは見えてる)
そうやって自分を鼓舞して登る。
(あと少し登るだけでいい)
落ち着いて手足を動かす。

ゆっくりと登る。

(そうすれば、私は安全に天使のお城が観られるんだ)
そして、なんとか崖を登り切った。

登った場所ではないと思うが、フットパースの写真のはず。


自分では何時間も崖と格闘していた気分だったけれど、時間にしたら30分くらいだったかもしれない。

まだ陽も高く、予想よりも早く移動ができた。

(急がば回れしてたら、もっと時間かかったな)
結果オーライだった。

それに、手を振ってくれたお姉さんたちにちょっと感謝した。

(あそこで騒ぎにならなくてよかった……)
ありがとう、お姉さんたち。

そして注意を促してくれたであろうおばさん。

(思ったより時間短縮できたし、おやつでも食べてから行こうっと)
お昼も食べていなくて、午後のお茶にちょうど良い時間になっていた。
(あ、お店みっけ♡)
のど元過ぎればというのは、こういう時のための言葉なのかもしれない。






何事もなかったことに

本当に感謝した……

※ 皆さまはもしも似たような状況になった時、こんなことになる前に戻ってください。

 崖を登るような危険なことは決して行わないように。マジで怖かったです。

この時、スコーンと紅茶をいただいたが、とても美味しかった。

空腹が満たされ、疲労もなくなった。

(英国の紅茶とスコーンは最高だね)
美味しかった。
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登場人物紹介

佳純(かすみ)

趣味は旅行と小説を書くこと。

御朱印も集めることがある。

※アイコンは白玉えん様から許可をいただいて使用しています。

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