おばあちゃんとイリーナ

文字数 1,927文字

 ついに木の実ジャムをつくる日がやってきた。
 わたくしは朝からうきうきして、長い赤毛を結い上げ、赤いドレスを脱ぎ捨てて汚れてもかまわない作業着に着替えた。
 花柄のエプロンもつけて、エモア朱神官に案内されて、厨房へといく。
 その途中で、今日ジャム作りにやって来る面々の話をきいた。

 ジャム造りの先生の名はテルナージェといって、二十代後半ほどの女性らしい。
 あとは、テルナージェ先生の子と母親のおばあちゃん。
 そして、春神殿の厨房を任されている男性と、その子。

 テルナージェ先生は、厨房でデザート類を担当しているのだという。
 だから、あの木の実ジャムを作った当人というわけだ。

 子供もいるのは、ジャム造りという仕事を実際に経験させるのに、いい機会だということらしい。

 テルナージェ先生の母親が、どうして参加しているのかは分からないけれど、何か理由があるのかもしれない。

「ルファさまがジャム作りを楽しまれることは、事前にみんなに言ってあります。ルファさまもあまり気を遣われず、楽しく参加してやってください」
「わかったわ」

 春神殿内の 厨房前につくと、エモア朱神官はわたくしに気を遣って、そう一言つげた。
 そして、扉をひらく。
 すると椅子に座った人々が、みんなわたくしに振り返った。
 わたくしはにこりと笑顔を向けて、みんなに安心してもらう。
 エモア朱神官がみんなを見回して、わたくしのことを説明してくれた。

「みなさん、事前に言っておきましたが、ルファさまも共にジャム作りを楽しみたいとのことです。衛生に気を付けて、美味しいジャムをつくってください」

 きびきびとしたエモア朱神官の声に、一同はうなずく。
 わたくしも一礼して「よろしくね」と言って微笑んだ。

「ルファさまって季主のルファさまですよね」

 わたくしを見て十歳ほどの男の子が声をあげた。

「そうよ。君は何ていう名前?」
「俺はジェイで……いったー!」

 ジェイが自分の紹介をすると同時に、横にいた恰幅の良い男性が、彼のあたまに軽く拳骨をいれた。

「こら、ルファさまに失礼だろう!」
「なんだよ! すぐ殴るなよ! くそオヤジ!」

 ジェイは憤懣やるたなし、という風情で頭をかかえて、父親である男性に口だけでつかかっていく。

「こら! ルファさまの前でみっともないことを言うな! それでも料理人の子か?!」
「料理人って、今はそんなの関係ないし!」

 きかん気のつよそうな男の子だった。

「すみません、ルファさま。あ、俺はキリールといいます。春神殿の厨房で働いています」
「ええ、聞いているわ。今日は、よろしく」

 わたくしは手を伸ばして握手を求めた。キリールは自分の手をズボンで拭いてから、わたくしの手を取る。きっと汚れてなんてないのに、緊張しているのだろう。

「俺もルファさまと握手する!」
 
 ジェイも手を出しだしたので、わたくしはそっちの小さな手にもきゅっと握手をした。

 すると、二十代後半ほどの女性も自己紹介をして手を差し伸べてきた。

「初めまして、ルファさま。私が責任者のテルナージェといいます。そしてこの子がメリル、母がメイといいます」

 わたくしは順番にテルナージェ先生、その子のメリル、先生の母親のメイと握手をしていった。

 部屋の中には、大型のホウロウの鍋と、大きな調理台の上には木の実であるサカの実、そして机の隅には小型の瓶がたくさん積まれていた。出来上がったジャムを入れる瓶なのだろう。

 サカの実は通常みどり色だが、少し橙色に色づいている。熟しているという証拠だった。
 厨房には、サカの実の爽やかな香りも漂っていた。

「じゃあ、始めますか!」

 意気揚々とテルナージェ先生がみんなを見渡す。

「やったあ! 楽しみ!」

 テルナージェ先生の娘であるメリルが満面の笑顔で胸の前で手を打った。

「サカのジャムってうまいんだよな。終わったら、本当にひと瓶くれるの?」

 ジェイがテルナージェ先生に聞く。

「ええ。家で食べてね」
「やったあ!」

 テルナージェ先生の言葉にジェイが歓声をあげた。
 事前に参加者にはひと瓶くれる約束だったらしい。

 メイおばあちゃんが腕をまくって、ボウルに入ったサカの実を調理台の中央にもってきた。

「じゃあ、はじめましょうか? イリーナ、サカの実を洗ってくれる?」

 メイおばあちゃんは、孫であるメリルに向かって言った。
「イリーナ」? 
 この子の名前はメリルよね。

「イリーナ、洗い方は分かる?」

 優しく穏やかにメイおばあちゃんはメリルに言う。
 メリルの方といえば、慣れている様子で「うん」と返事をしてサカの実を一つ手にとった。
 何事もなかったように、メイおばあちゃんはメリルをイリーナと呼んで、もう一つのボウルを引き寄せた。





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登場人物紹介

ゼス (秋主) 


秋島の季節を守る季主。守り神のような存在。ゼスは愛称でアレイゼスという。

頑健な体つきにおおらかな性格。

ミローズ


小さなころから絵を描くのが好きで、絵描きになった女性。

多くの耳飾りや変わった髪型という奇抜なファッションをしている。


ネイスクレファ(冬主)


冬島の季主。長く生きてきたので、しゃべり方が老婆のよう。


ルーシャス白神官


冬島の筆頭神官。冬島の人間達の長。

三十代という若さで筆頭神官になった、少し変わった男。

ルファ(春主)


春島の季主。

女性体の体を持っているせいか、季主にしては女性的なものの考え方をする。

レイファルナス(夏主)


夏島の季主。人間に肩入れしやすい性格。

男性体の体をもっていて、とても美しい。

コウ・サトー (博士)


夏島出身の天才的研究者。

彼の発案から、この世界のしくみが変わる。

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