幻想に舞う白い花

文字数 674文字

 現実にかえる。
 あたしの前には、年輪を刻んで大樹となったフロールの木と、隣にはセヴィリヤ白神官がいた。
 ルーシャスは生涯、結婚もせず、子供ももうけなかった。だから、セヴィリヤはルーシャスの直系の子孫というわけではない。
 それでも同じ家系だから、面差しが似ているところがあった。

 当代のセヴィリヤ白神官に語ったのは、中央暖房装置の設置に関わる部分だけにした。
 あたしと彼の関係は、あたしだけのこころにしまっておいて。

「やはりルーシャスさまは立派なお方だったのですね」
「そうじゃな」

 セヴィリヤ白神官の感想にあたしはすこし笑いそうになる。

 そして、花見自体を白神官と冬主の公式行事にしたことで、あたしは今も年に一度、そのときの白神官とこの花を見る。
 でも、フロールの大樹の前で白い花を見ていると、やはりルーシャスを思いだす。



 のう、ルーシャス。
 いまは、中央暖房装置は完成して、作動してからだいぶたつ。
 温室栽培や共同浴場などが実際にできたし、人口も少し増えた。

 でも、フロールの木がここにあるのに、おぬしがいないのが、切ないのう。

 人間の中には、ただ一人をとても深く想うものがいる。
 なぜ、それほどまでに一人を想えるのだろう。
 短い一生をかけて。
 いや、短いからか?
 ルーシャスはどんな人間よりも深くふかくあたしを愛してくれた。
 その想いはあたしのこころに消えないあとをきざみつけて。
 
 幻のような、はかなく白い花が舞うなかに、おぬしの少し不遜な笑顔がよみがえる。
 せめて一目だけでも、もう一度あいたいものよ。

 のう、ルーシャスよ――






 冬編 おわり
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登場人物紹介

ゼス (秋主) 


秋島の季節を守る季主。守り神のような存在。ゼスは愛称でアレイゼスという。

頑健な体つきにおおらかな性格。

ミローズ


小さなころから絵を描くのが好きで、絵描きになった女性。

多くの耳飾りや変わった髪型という奇抜なファッションをしている。


ネイスクレファ(冬主)


冬島の季主。長く生きてきたので、しゃべり方が老婆のよう。


ルーシャス白神官


冬島の筆頭神官。冬島の人間達の長。

三十代という若さで筆頭神官になった、少し変わった男。

ルファ(春主)


春島の季主。

女性体の体を持っているせいか、季主にしては女性的なものの考え方をする。

レイファルナス(夏主)


夏島の季主。人間に肩入れしやすい性格。

男性体の体をもっていて、とても美しい。

コウ・サトー (博士)


夏島出身の天才的研究者。

彼の発案から、この世界のしくみが変わる。

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