第7話 謝罪
文字数 1,385文字
私の前腕には無数の爪痕が残っている。すべて未亜がつけたものだ。
教室から出て行こうとする未亜を引き止めようとすると、未亜は思い切り爪を立てて私の腕を振り払おうとする。
痛いとは言ってられない。また、あの母親の店に行かれるのが面倒なのだ。その面倒を考えると、爪の痛みなどどうってことはない。
「離せよ」
未亜が暴れる。クラスの他の子たちは私たちの揉めあいをおそるおそる見ている。
未亜は給食当番をしない。学校での給食は当番を決めていて、当番になった子が盛りつけや配膳をする。そして、全員の給食が用意できると「いただきます」の挨拶で食べ始めるのだ。
だが、未亜は他の子が用意をしている時間、教室にはいない。給食のエプロンもナフキンも一度も持って来たことはない。
教室から出て、トイレにでも行ってサボっている。みんなが食べ始めた頃に教室に戻ってきて、友だちが用意してくれた給食を、食べるのだ。
理不尽な話だが、それを、毎日注意するのも、霹靂となっていた。もう、それが普通のことのようになってしまっていた。
「私のお皿のおかずがない」
他の子たちが自分たちで用意した給食を楽しく食べていると、未亜が突然大きな声で言った。
見ると確かに未亜のところにお皿のおかずが配られていなかった。
今から配ろうと思っても、もうみんな箸をつけてしまっている。
「先生のお皿はまだ箸つけてないから、これ食べればいい」
私がそう言って、皿を持っていくと未亜は「お前のなんかいらない」と言った。そうまで言われて、それでもと勧めることはしなかった。私は自分の席に戻って食べていた。
もう少し見ていればよかったのだが、私は未亜がいなくなっていることに気づかなかった。
未亜はいつの間にか教室を飛び出していたのだ。
教頭から教室に、インターホンで連絡が来た。
「未亜さん、またお母さんのところだって」
もうこの頃は未亜を迎えに行くことはしなかった。学校に戻ることはないからだ。
夕方、母親が学校に来た。
「先生、なんとかならんのかなあ」
タバコ臭い息を吐きながら呆れたような言い方をした。呆れているのはこちらの方だが。
未亜の給食がなかったのは、ある意味仕方のないことだ。自分で当番をやらないでどこかに行っている。クラスの子だって、いない人の机には置き忘れることだってある。しかもナフキンも置いていない。
母親の後ろに見知らぬ男が立っていた。見るからに母親と同種の人種である。色付きのメガネをかけて黒のスエットの上下を着ている。長い髪の毛を後ろで縛り、襟足から耳元あたりまでは刈り込んでいる。その男が口を開いた。
「あんたが担任か? 先生さ、給食ぐらい普通に食べさせてよ」
私は呆れたが、立場上、反論はしなかった。私の配慮が足りなかったという結論は見えている。
学校は保護者や子どもにとって、サービス機関となってしまっていた。レストランで店にクレームを言っているのと変わらない。客である子どもやその親には万全を尽くさねばならないのだ。
腹が立ったが、私は黙って聞いていた。
「給食費、払ってんだからさあ」
その男が誰だか知らないが、そう言って、二人は帰っていった。
未亜とその母親の久保あけみのことだけは一生忘れない。
私はそう思いながら二人を玄関で見送った。私の教員生活の中で心の通わなかった唯一の親子である。
教室から出て行こうとする未亜を引き止めようとすると、未亜は思い切り爪を立てて私の腕を振り払おうとする。
痛いとは言ってられない。また、あの母親の店に行かれるのが面倒なのだ。その面倒を考えると、爪の痛みなどどうってことはない。
「離せよ」
未亜が暴れる。クラスの他の子たちは私たちの揉めあいをおそるおそる見ている。
未亜は給食当番をしない。学校での給食は当番を決めていて、当番になった子が盛りつけや配膳をする。そして、全員の給食が用意できると「いただきます」の挨拶で食べ始めるのだ。
だが、未亜は他の子が用意をしている時間、教室にはいない。給食のエプロンもナフキンも一度も持って来たことはない。
教室から出て、トイレにでも行ってサボっている。みんなが食べ始めた頃に教室に戻ってきて、友だちが用意してくれた給食を、食べるのだ。
理不尽な話だが、それを、毎日注意するのも、霹靂となっていた。もう、それが普通のことのようになってしまっていた。
「私のお皿のおかずがない」
他の子たちが自分たちで用意した給食を楽しく食べていると、未亜が突然大きな声で言った。
見ると確かに未亜のところにお皿のおかずが配られていなかった。
今から配ろうと思っても、もうみんな箸をつけてしまっている。
「先生のお皿はまだ箸つけてないから、これ食べればいい」
私がそう言って、皿を持っていくと未亜は「お前のなんかいらない」と言った。そうまで言われて、それでもと勧めることはしなかった。私は自分の席に戻って食べていた。
もう少し見ていればよかったのだが、私は未亜がいなくなっていることに気づかなかった。
未亜はいつの間にか教室を飛び出していたのだ。
教頭から教室に、インターホンで連絡が来た。
「未亜さん、またお母さんのところだって」
もうこの頃は未亜を迎えに行くことはしなかった。学校に戻ることはないからだ。
夕方、母親が学校に来た。
「先生、なんとかならんのかなあ」
タバコ臭い息を吐きながら呆れたような言い方をした。呆れているのはこちらの方だが。
未亜の給食がなかったのは、ある意味仕方のないことだ。自分で当番をやらないでどこかに行っている。クラスの子だって、いない人の机には置き忘れることだってある。しかもナフキンも置いていない。
母親の後ろに見知らぬ男が立っていた。見るからに母親と同種の人種である。色付きのメガネをかけて黒のスエットの上下を着ている。長い髪の毛を後ろで縛り、襟足から耳元あたりまでは刈り込んでいる。その男が口を開いた。
「あんたが担任か? 先生さ、給食ぐらい普通に食べさせてよ」
私は呆れたが、立場上、反論はしなかった。私の配慮が足りなかったという結論は見えている。
学校は保護者や子どもにとって、サービス機関となってしまっていた。レストランで店にクレームを言っているのと変わらない。客である子どもやその親には万全を尽くさねばならないのだ。
腹が立ったが、私は黙って聞いていた。
「給食費、払ってんだからさあ」
その男が誰だか知らないが、そう言って、二人は帰っていった。
未亜とその母親の久保あけみのことだけは一生忘れない。
私はそう思いながら二人を玄関で見送った。私の教員生活の中で心の通わなかった唯一の親子である。