第25話 ひっそりどこかに

文字数 991文字

机の中をのぞいたら、ひっそりさんがいた。

暗い机の中で、ぼーっと白く浮かび上がる、人のかたちをしたなにか。

びっくりしたけど、私は気づかないふりをした。
ひっそりさんなんか見えてないように、その隣にある机の奥に押し込まれたパンに手を伸ばす。
つぶれたパンをランドセルに入れて、いつもと同じ動作で、ゆっくりと教室を出た。

昇降口で靴をはきかえ、校門を出て、家の前まで来たところで、そっとうしろをふりかえる。
なにもいない。ほっ……。

本当にいたんだ。妖怪ひっそりさん。

ひっそりさんは、物の陰やひきだしのすみにいる妖怪。
ひっそりさんが見えても、見えないふりをしなければならない。
気づかれたことを知ったら、ひっそりさんの世界に連れて行かれて、自分もひっそりさんになってしまう。

連れて行かれずにすんだということは、うまく気づいていないふりができたらしい。

「でも……ひっそりさんになってもよかったかな」
薄暗い自分の部屋。
べちゃべちゃになったコッペパンをゴミ箱に捨てる。

わたしはクラスでいじめられている。
クラスのリーダーのミキに、ターゲットにされている。
コソコソ悪口を言われたり、今日みたいに机の中にパンやぞうきんをつめられたりする。
でも、いつも平気なふりをしている。
心の中はくやしくてつらくて泣きそうでも、ぜんぜん平気な顔で座っている。
そのおかげで、ひっそりさんを見ても、驚いたりせずにすんだんだけど。

でも……。
ひっそりさんに連れられて、自分もひっそりさんになったら、もういじめられずにすむのかな。

ひっそりさんになれば、掃除用具のモップのかげや、だれも読まない本のすきまなんかで、平和に暮らせるのかな。

私の机のひっそりさんも、もともとはいじめられっ子だったのかもしれない。
いじめられるのがつらくて、この世に存在したくなくて、自分からひっそりさんになったのかもしれない。

いずれ、私も……。


次の日。
私をいじめていたミキが行方不明になった。
警察もミキの両親も必死に探したけど、見つからなかった。
いじめのリーダーがいなくなって、私はやっと安心して学校に通えるようになった。

ミキがどうなったのか、私は知っている。

わたしの机のひっそりさんが、ミキを連れて行ってくれたんだ。

わたしはただ、お小遣いの1000円札を、机の中に入れておいただけ。
ミキがまたパンをつめこもうとしたら、1000円札に気づいて奥をのぞきこむように。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み