第2話

文字数 907文字

「すると先生、あれですか――」
 結花はそう口を開いて、蓮に尋ねる。
「彼女とはお食事なんかも、よく一緒に行っちゃったりするんですか?」
 え、食事? 
 そこまで親しくないわ、と思って、蓮は内心苦笑する。
 そもそも、この子、いったい――ふと、疑問を抱いたとたん、さっきから、胸にくすぶっていた疑問が、無意識のうちに、蓮の唇からもう、こぼれ落ちていた。
「あのさぁ、この子、いったい、何者なの?」
 は⁇ これには、結花も開いた口が塞がらない。
 さもありなん。たったいま、個人的に知ってると言ったばかりなのだ。にもかかわらず、言うに事欠いて「この子、いったい、何者なの」って、いくらなんでも、それはないですわ、先生、と結花は内心鼻白む。
 かといって、安河内蓮の作品をこよなく愛している結花である。その作者と、せっかく、こうして顔見知りになれたのだ。これはめったにない僥倖というもの。それを、みすみす逃す手はないわ――そう結花は思うから、いささか不満はありながらも、蓮に、彼女の正体を教える。
 あのですねぇ、先生。実はこの子、押しも押されもせぬ人気女優の、恵風涼さん、その人なんですよ、というふうに。
「へぇ、そんなに有名な人なの、この子」
 蓮は、さも驚いたという顔つきでつぶやくと、幾分気恥ずかしそうな面持ちで、ことばをつづけた。
「わたしさ、テレビとか全然――あ、もとい、ある番組を除いて、全然観ないのよ。それで、芸能界のことは、からっきし疎いのよね」
 ふーん、そうなんですか、先生、とはうなずかない。だとしても、と結花は思うからだ。
 いまや書店に行けば、そこに並ぶ雑誌の表紙は、恵風涼の素敵な笑顔で溢れている。少なくとも作家を生業にしている以上、書店にはちょこちょこ足を運んでいるにちがいない。となれば、もうちょっと彼女のことを認識していてもいいはず、というふうに。
 そうじゃありません、先生、と結花はいたずらっぽく笑いながら、けれどすぐに、その笑みを真顔に変え、改めて、蓮を見る。
 でも彼女は、モニターの中の恵風涼を凝視しながら、「ふーん、この子、そんなに有名な女優さんだったのか」と、いまさらのように、吃驚(きっきょう)していた。


つづく
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