第9話

文字数 1,346文字


 では、いったい、どのような経緯(いきさつ)で、ガイシャの身元が判明したのだろうか――。
 それは、きょうのお昼過ぎのことだったという。
 北赤坂警察署に、スノッブな風貌をした四十がらみの男性が訪れ「あのう、捜索願いを出したいんでが……」と、切羽詰まった様子で申し出たそうな。
 だが、ただ捜索願いを出せばいいというものでもない。なにしろ、大人の行方不明者で、ことに事件性がないと判断された場合は『一般家出人』に分類されて、警察は特別に捜索に乗り出したりしないからだ。
 捜索願いを受理した山下という警察官も、たぶんこれも、そういう類の案件だろう、と独善的に決めつけ、「ま、あんまり期待しないでくださいね」と、不謹慎ながら、うっかり口をすべらしてしまったそうな。
 ところがである。届け人の聞き取りを進めていくうちに、おや、これは、と山下はすぐに思い直し、にわかに顔色が変わったという。
 届け人は、尾形と名乗る男だった。なんでも彼は、Kカンパニーというプロダクションを経営していて、各局のテレビ番組にタレントを送り込んでいるという。
「で、行方不明者は、近藤結花というお宅のプロダクションに所属する……」
 山下はそう言って、尾形に目配せをする。
「芸能レポーターです」
「芸能レポーターっと……げ、芸能レポーター?」
「ええ、昼間のワイドショーなんかで芸能人の情報を伝えるコーナーがあるんですが、そこでレポーターを務めているんですよ」
「あ、そ。仕事柄、ワイドショーなんて観たことがないからね……」
 尾形と喋りながら、山下はパソコンに聞き取り調査の内容を打ち込んでいる。
「で、この近藤さん、最近、仕事でなにか悩んでいたようなことは?」
「いえいえ――」
 尾形は大きく首を振った。
「むしろ、はりきってたぐらいなんですから」
 尾形が言うには、彼女は先日、広島県の宮島のロケから帰るや否や、「社長、そのうち局長賞級のスキャンダルを一発ぶちかましますからね」というふうに、ほくそ笑んでいたという。
「ですから、その彼女がなぜこの二三日、無断欠勤しているのか、さっぱり得心がいかないんですよ」
 つまり尾形は、そのスキャンダルに関連したことで、彼女はなにかの事件にまきこまれてしまったのではないか、と懸念しているのだと。
 その話を聞いた山下は、ひょっとすると、これは大事件かも、と思って、すぐさま上司に報告をあげたという。それを受けた上司も、ただちに警視庁特殊事件捜査係に連絡を入れたのだった。
 
 
 連絡を受けた田所警部は北赤坂署から送られてきた情報をベースに、さっそく、身元不明の殺人事件のリストを調べる作業にあたったらしい。
 やがて、調べていた田所は思わず「あ」と声をあげたという。
 それもそのはず。捜査一課七係の未解決事件のガイシャと、捜索願いが出された近藤結花の写真がぴたりきれいに重なったからだ。
 田所は、急いで、東葛西警察署に連絡を入れた。それを、受け取ったのが、この倉持刑事だった。
「まったく手がかりがなくて、困っていたんでよ。よく、そちらで、手がかりがつかめましたね」
 そう倉持に訊かれた田所は「ああ、そうなんだ」と鷹揚にうなずくと、つづけて「鴨が葱を背負って来てくれたんだよ」と、まんざらでもない様子で言ったという。


つづく
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