第11話

文字数 2,688文字

 隼人は鶴崎のクリニックへ二度目の受診に行った。院長の鶴崎が、
「ちゃんと受診に来れましたね。良かった。その後は発作は?」
 と笑顔で迎えた。
「今のところありません」
「そうですか。じゃあ今は特に体で変調を来たしているような所はありませんか?」
「それもありません」
「日常生活で変化は?」
「先日、自分の発作の事を上司に告白しました」
「よく話せましたね」
「はい。覚悟決めましたからを」
「それは、自分が置かれている状況が、どうなっても構わないという覚悟ですか?」
「はい」
「御自分が犯人かも知れないという部分をどう説明したのですか?」
「一応、こちらのクリニックへ来診し、統合失調症の診断を受けたと話しました。先生から、幻覚、妄想の可能性もあると言われた、と言う事も話しました」
「告白して見てご自分の感情に変化はありましたか?」
「いえ。特に」
「幻覚や幻聴、妄想の方はどうです?」
「頂いた薬のお陰か、そういう事はありません」
「分かりました。では又同じようにお薬を処方しますから、必ず飲むようにして下さいね」
「はい」
 隼人は何処か気持ちが落ち着いた気がした。鶴崎に包み隠さず話せたからだろう。これが優里亜だと上手く話せない。本当は優里亜にもきちんと話して、自分の現状を包み隠さず話すべきなのかも知れないが。
 田所は、隼人の告白を聴いて考えた。どう対処すべきか。先ずは直属の上司である捜査一課課長に相談をした。
「自分の考えは、諏訪に尾行をつけようかと思っているのですが」
「それは構わないが、その分の人数は工面できるのかね」
「うちの課の人間は、皆諏訪と面識がありますし、他の課も今のブラックレイン事件に応援に来て貰っていますから、思い切って諏訪とは面識のない、本庁から応援に来て貰うというのはどうでしょう」
「分かった。私から事情を説明して置く。しかし、統合失調症とはな。君から見て、諏訪君の告白は本当だと思うか?」
「分かりません。なので、尾行をつけてみるのです。彼が本当に夢遊病者のようになるのか、知る為に」
 一課長は早速手配をしてくれた。田所の前に現れた本庁の捜査員は全部で六名で、キャップを友永と言った。
 説明を聞いた友永は、
「もし容疑者として疑いのない行動を取りそうになったら、その諏訪という刑事を逮捕して良いのですね?」
「ええ。新たな事件を犯す前に」
「分かりました」
「これが諏訪の住所です」
 田所は諏訪の顔写真を添えて友永に渡した。
「一応二十四時間体制で監視します。連絡は田所さん宛てでいいのですね?」
「はい。逐次連絡をお待ちします。私の方も二十四時間体制でいますから」
「では早速今から始めます」
「お願いします」
 田所は友永達を見送った。そして、自分の課の捜査員達にこの件について申し送りをし、いつでも連絡があり次第、現場へ駆けつけるよう伝えた。
 隼人は田所に告白した事を後悔してはいなかった。今の心境は、打ち明けた事でさっぱりしている。隼人は、謹慎生活とでもいうべき今の状況を受け入れていた。恐らく、自分に監視も付くだろう。それも覚悟の上だ。むしろありがたかった。万が一発作が出た時に、状況を知る者が自分を監視してくれていた方が都合が良い。発作で何処かに押し込みを働こうとするところを止めて貰えるからだ。
 隼人は、雨の夜を待った。自ら発作の出る状態に持って行こうと考えた。そこには、真実を知りたいという欲求があった。自分は本当に事件とは関りは無いのか。それを知りたかった。
 予報通り、その日は朝から雨が降っていた。夜になると本降りになるとも報じていた。条件はぴったりだ。自分の発作を突き止めたい。意識が飛ばない工夫を考えた。工作用のナイフを忍ばせ、発作が起きたらそのナイフで、腕か腿を差して意識が飛ばないようにするのだ。
 夜になり、優里亜と夕食を摂る。その席で、優里亜に急遽仕事が入ったと伝え、外出の準備をした。
「自宅待機じゃないの?」
「新しい事件が起きたんだ。行かなくちゃ」
 優里亜は不満気な様子で無言のまま隼人を見送った。隼人は外へ出ると、自分に監視が付いていないかどうか確かめた。
 居た。二人だ。建物の物陰から、傘を差した人間がこっちを見ている。下手糞な監視だ。こっちが気付いている事に、まるで気付いていない。彼らを無視して自分の行きたい方向へ歩いて行く。
 タクシーや電車を利用するでもなく、ただひたすら歩いた。人気の無い道を歩いていると、尾行の監視役がいつしか交代していた。隼人は尾行を捲くでもなく、歩き通した。すると、細い路地に差し掛かった時、突然目の前が真っ白になった。遠くで雷鳴が聞こえる。
 来た……。
 隼人はカーゴパンツのポケットから工作用のナイフを取り出し、自分の左腕の上腕部に突き刺した。痛みで声が出そうになったが、何とか堪えた。景色がはっきりと見える。意識が戻ったのか。
 その時だ。体が浮いたような感覚になった。足下が覚束ない。藻掻く。強く降る雨が、宙に浮いた隼人を叩く。又意識が遠退きそうになった。隼人は今度は左足にの腿にナイフを突き立てた。激痛が走る。宙に舞っている感覚は消えない。急に体が速度を上げて飛び始めた。ぐんぐん速度を上げる。尾行していた刑事達を完全に捲いた。暫く飛んでいたが、突然下降し始め、見知らぬ街並みへ降りた。左腿が血で濡れている。その左足を引き摺りながら、隼人は歩き回った。人通りは皆無だ。
 一件の家を見つけた。隼人は心の中で、
(よせ。そっちへ行くな!)
 と呟いた。だが、体が勝手に動く。その家の前に立つ。
(よすんだ。帰るんだ!)
 体の動きに抗うも、抵抗出来ない。家の前に立った。時間が真夜中だから、電気が点いていない。家人はもう寝たか。
 隼人は庭の方へ回り、ベランダに立った。カーテンがされていて、中の様子は分からない。リビングの窓を拾った石で割る。そしてガラス戸を開けた。ここ迄無意識のうちに行っていた。部屋の中に土足で入る。キッチンへ行く。目当ての物を探すと、隼人は寝室があるであろう二階へ上がって行った。寝室を見つけた。寝ていた家人が何事かと驚いた表情を見せながら、これから身に降りかかろうとする災厄に恐れを抱き、言葉を失っていた。その瞬間、隼人は気を失った。
 意識を戻したのは大分時間が経ってからで、血で濡れた両手を見ながら、戦慄した。腕と足の傷の痛みは無くなっている。今、何処を歩いているのかが分からない。家に何とか着いたが入る気がしない。
 その時、向かいの建物の陰から隼人の行動を監視していた捜査員が、田所へ連絡をしていた。
  
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