勘違いから始まる恋もある

文字数 7,961文字

 屋上で一人ご飯を食べている私の耳に、階段をのぼる足音が聞こえてくる。顔を見なくても、その足音の主を私は知っている。きっと――。

「あーずちゃん」
「……こんにちは、橘先輩」

 私の名前を呼ぶ声に視線を向けると、そこには想像通り……私と同じ陸上部の橘先輩がヘラヘラと笑いながら立っていた。

「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、純先輩って呼んでって言ってるじゃんー。あ、でもあずちゃんなら特別に純って呼んでも――」
「橘先輩、何か御用ですか?」
「つれないなー」

 「そんなところも好きだけどね」なんて言いながら、橘先輩は私の隣に腰を落とす。
 冗談でもそんなことを言わないでほしい。そんなこと思っているわけがないのに……。
 私は、橘先輩の軽口を無視すると数十センチばかり横に避けた。けれど、そんな私の後を追うように、橘先輩は距離を詰めてくる。

「――そこ、友達来るんで」
「美樹ちゃん? そういえばいないねぇ。どこいったの?」
「お弁当忘れたから購買に……」
「なら当分帰って来ないね」
「え……?」

 どういう意味かと顔を上げた私に、橘先輩はニッコリと笑うと「だって――」と言葉を続けた。

「さっき購買の前を通りかかったらいつもの十倍ぐらい並んでたよ。なんかレジが壊れたんだって。あれは修理に時間がかかるんじゃないかなぁ」
「それじゃあ……」
「それまで俺とここで二人きりってこと」
「っ……」

 立ち上がろうとした私の手を、橘先輩は掴む。振り払おうとしても、その手を振りほどくことができない。

「離してくださ……」
「いいじゃん、美樹ちゃん帰ってくるまで一緒にお喋りしていようよ」
「なんで……」
「それとも……俺と話しするの、嫌?」

 しゅんとした顔をされてしまうと、返答に困る。
 嫌なわけじゃない。むしろ、嫌なわけじゃないから困っている。
 だって……私は知っているもの。

「ほら、座って」
「っ……」
「よくできました」

 促されるようにして隣に座る私に、橘先輩はニッコリと笑って頭を撫でてくれた。
 その手が、あまりにも優しくて泣きたくなる。
 こんなふうに思わせぶりな態度を取らないでほしい。

 あんなに可愛い、彼女がいるくせに……。


 知ったのは、本当に偶然だった。
 近道のために通り抜けようとした裏庭で、橘先輩が知らない女の人と話をしていた。
 橘先輩といえば、部内でも人気者で、私と同じ一年や先輩たちの中でも憧れている人がいるという噂だった。
 確かにカッコいいし、優しい。何より誰にでも分け隔てなく話しかけてくれるから、私も橘先輩と話をするのが好きだった。
 そんな橘先輩だから、こんなところで女の人と話していても特に不思議はないのだけれど……。
 チラッとネクタイのカラーを見ると、橘先輩と同じ青だったからきっと三年生の先輩だ。
 こんにちは、と言って通り過ぎればよかったのに、何故か私は自動販売機の影に隠れてしまった。

「それでさー」
「えー純君、それ変だよー」
「そうかな?」

 楽しそうに笑う二人の声が聞こえてくる。その声を聞くたびに何故か胸が締め付けられるように苦しくなるのを感じた。
 ……やっぱり今からでも出て行って挨拶して立ち去ろう。
 だって、これじゃあ盗み聞きだもん。
 そう思った瞬間、橘先輩が何かを話しかけた。

「そういえばさ、俺――」

 けれど風の音がうるさくて、よく聞こえない。なんて言ったの……?
 立ち去ろうとしていたのも忘れて思わず身を乗り出した私は、さっさと立ち去らなかったことを後悔することとなった。

「……好きなの」

 え……?
 今、なんて……。
 絞り出すようにして言う女の人の声が聞こえたかと思うと、橘先輩の嬉しそうな顔が見えた。
 そして――。

「俺も、好きだよ」

 告白……だ。
 気付いた時には私は、その場から駆けだしていた。
 知っている人の告白シーンを見てしまうなんて。
 そしてそれがまさか、橘先輩だなんて……。

「どうして……」

 たいして走ったわけじゃないのに、胸が苦しくて動けなくなった私は、誰もいない校舎裏でしゃがみこんだ。
 はぁ……はぁ……と肩で息をするたびにポタポタと汗が地面にシミを作っていく。

「橘先輩、モテるんだ……」

 チラッと見た女の先輩はとても可愛い人だった。
 それに……あんな嬉しそうな橘先輩の顔、見たことない。
 ただの部活の先輩だけど、この二か月、明るくて、優しくて、一年生みんなのあこがれの存在だった橘先輩。

「みんなに……言ったら、悲鳴があがりそう……」

 想像するだけで悲鳴が聞こえてくるようだ。
 雪美ちゃんなんて今度告白する! って、張り切ってたし泣いちゃうんじゃないかな……。

「それにしても……ビックリしたなぁ……」

 相変わらずポタポタと流れ落ちる汗を見つめながら、この汗が引いたら教室に戻ろうかな、なんて思った時、私は気付いた。

「汗じゃ、ない……」

 頬を伝うのは汗ではなくて、これは……。

「私、泣いてるの……?」

 目元を拭うと、指先に溢れ出ようとしていた雫がつく。
 でも、どうして……?
 泣く理由が分からない。

「そんな……雪美ちゃんならともかく、どうして私が……」

 そうだ、橘先輩を好きな雪美ちゃんが泣くならわかる。好きな人に彼女が出来たんだもん、泣いたって仕方がない。
 でも……じゃあ、私は……。

「これじゃあ、まるで……」

 まるで、私が橘先輩を、好きみたいじゃない……。

「……え? 好き……? 誰が……? え……?」

 思いもよらなかった感情に、混乱する。
 でも、その二文字が、やけにすんなりと胸の中に落ちた。
 ……ああ、そうだ。そうだったんだ。

 誰にでも優しくて、明るくて、足が速くて、人気者で、話をすると楽しくて、走っている橘先輩を見るとつい目で追ってしまうこの感情は――。

「そっか、好き、なんだ……」

 わかってしまえば、簡単な答えだった。
 でも……。

「でも、何もこのタイミングで気付かなくても……」

 まさか気付いたのが、好きな人が告白されてOKしているところを見た瞬間だなんて、報われないにも程がある。
 いつまでも流れ続ける涙を手の甲で拭うと、私は立ちあがった。
 教室に戻ろう。
 今ならまだ、忘れられる。
 だって、たった今気付いたような恋心だもん。
 ずっとずっと想い続けていたわけじゃない。
 だから、きっと大丈夫。



 そう、思っていたのに……。

「あずちゃん? どうしたの?」
「あ……」
「大丈夫? 具合、悪いんじゃない?」

 壁にもたれかかって座ったままボーっとしていた私を、橘先輩が心配そうに覗きこんでいた。
 あの告白現場を見た日から、一ヶ月が経った。けれど、私の中の気持ちはなくなるどころか大きくなる一方だった。
 それもこれも、全部橘先輩のせい……。

「だ、大丈夫です!」
「ホント? ……ちょっと、失礼」
「え……?」

 私の前髪に橘先輩が触れたかと思うと――気が付けば目の前に、橘先輩の顔があった。
 どうして……。

「うーん、熱はないみたいだけど……あずちゃん?」
「っ……あ、あの……!」
「……ふふ、顔、真っ赤だよ」

 おでこをくっつけたまま、橘先輩は可笑しそうに笑う。
 後ろに下がりたいのに、背中には冷たい壁の感触が伝わってくる。

「あ、の……どいてください……」
「ん? どうして?」
「だ、だって……」
「恥ずかしい?」

 橘先輩の言葉に一生懸命頷くと、しょうがないなぁと言って橘先輩の顔が離れる。
 こうやって、橘先輩が私に構うから……忘れなきゃいけないと思うのに、忘れることができない。それどころか、日が経つごとに、好きな気持ちが大きくなっていく。
 離れたおでこを名残惜しく思いながらも、ドキドキと高鳴る心臓を落ち着けるために息を吐こうとした私の耳元で、橘先輩の声がした。

「あずちゃん、可愛い」
「ひゃっ……!」
「止められなかったら、キス、しちゃうところだったよ」
「なっ……!」

 何言ってるんですか、彼女がいるくせに……!
 そう言いかけた私の言葉は、屋上のドアが開く音で遮られた。

「ごめんー! 購買めっちゃ混んでてさー……って、あれ? 橘先輩?」
「あ、やっとレジ直ったんだね」
「そうですよー、だからもう買いに行けますよ」

 真っ赤になった顔を必死で冷まそうと必死にパタパタと手で煽いでいた私をよそに、二人は話を続ける。

「そっか、どこに行ったかと思ったら屋上にいたんですね」
「まあね」
「私が、梓が一人で食べてるって言ったからですよね? ありがとうございました」

 美樹ちゃんの言葉に、橘先輩は「あーあ、バレちゃった」と言って笑った。
 もしかして……私を心配して、来てくれたの……?

「橘先輩……?」
「まあ、そんなとこ」
「ありがとうございました」
「いーえ。こちらこそ、ありがとうございました」

 ニヤリと笑うと、橘先輩は屋上をあとにした。
 隣で美樹がどういうこと? と不思議そうな顔をしていたけれど、橘先輩のその顔に先程までの出来事を思い出してしまった私は、真っ赤になった顔を隠すのに精一杯で、何も答えることができずにいた。


***


 はぁ、と大きなため息をつきながら私は、放課後部室へと向かっていた。
 好きになったって無駄だってわかっているのに、そう思えば思うほどどんどんと惹かれていってしまうのはどうしてだろう……。
 と、いうか橘先輩の態度もよくないと思う! あんなふうにされたら私じゃなくたって勘違いしちゃうし、ドキドキする!
 私じゃなくても……。

「私以外にも、ああいうこと、してるんだろうなぁ……」

 自分が発した言葉に、自分自身で傷付く。
 結局、私だけが橘先輩の特別可愛がられているわけではなくて、みんなに平等に、橘先輩は優しい。
 それはつまり、誰も特別じゃないということで。
 きっと……特別なのは、あの人、だけ……。

「あれ……?」

 私の目に、見覚えのある人の姿が見えた。
 あの人は……あの時、裏庭で橘先輩と話していた――。
 誰かと待ち合わせをしているのか、昇降口できょろきょろとしているその人は、橘先輩の彼女だった。

「あれー? 小春(こはる)、誰か待ってるの? あ、もしかして彼氏?」
「うん、今先生に呼ばれててさー」
「なになにー? この後デート? 羨ましー!」

 先輩たちの会話が聞こえてくる。
 彼女、小春さんっていうんだ……。
 この後デートっていってたよね。
 と、いうことは――待ち合わせ相手は……。

「はぁ……」

 今日は部活がある日なのに、橘先輩はデートですか……。
 そういうところは意外と真面目だと思っていたのに、ショックだ。
 部活を放り投げて彼女とデートだなんて。そりゃあ? 三年生はもうすぐ引退ですし? でも、最後の高総体が目前に迫ってて、橘先輩なら三年連続全国大会も夢じゃない、なんて言われてるのに。

「最悪……」

 ……違う。
 本当は、そんなことどうだってよかった。
 橘先輩が部活を一日サボったところで、何があるわけじゃない。それぐらい他の先輩だってやっていたりする。
 ただ、その理由が、デートということが嫌なだけで。
 結局、私は――橘先輩の彼女に嫉妬しているんだ。
 橘先輩を、独り占めできる、彼女に。

「っ……」

 このままここにいても仕方がない。
 橘先輩が、彼女と並んで歩くところなんて見たくもないし……。
 私は、その場を通り過ぎようと歩き始めた。その時――。

「小春、お待たせ」

 その声に、昇降口で待つ小春さんがパッと顔を上げたのが見えた。
 ああ、間に合わなかった。橘先輩が来てしまったんだ。
 俯いて、足早にその場を立ち去ろうとした私は、違和感に気付いた。
 今の声……本当に、橘先輩の声だった……?
 浮かび上がる疑問に、覚悟を決めて顔を上げる。すると――そこにいたのは、名前も知らない先輩だった。

「え……?」

小春さんは「もう! (まこと)君、遅いよー」なんて拗ねた声で言うと、誠君と呼ばれた背の高いその人を見上げて、微笑みながら手を握りしめた。
 どういう、こと……?
 先程まで話していた友達に手を振って、昇降口から出て行く二人の背中を私は呆然と見つめることしかできなかった。
 頭の中が混乱する。
 だって、さっき彼氏とデートって言ってた……。
 小春さんの彼氏は、橘先輩なんじゃないの……?

「あ、あの!」
「え?」

 思わず、小春さんを見送り立ち去ろうとしていた先輩に、私は声をかけていた。
 突然のことに先輩は一瞬驚いた表情を見せた。
 そりゃそうだろう。見ず知らずの、それも後輩に突然話しかけられたんだから驚くのも無理ない。
 でも、この人しかいない。
 今、私の中にある疑問を解消できるのは……。

「き、聞いてもいいですか?」
「どうしたの?」
「さっきの……小春さんって……付き合ってるんですか!?」
「……あーそういうこと」

 何がそういう事なのか分からないけれど、「そっかそっかー。うんうん」なんて一人で頷きながら、目の前の先輩は私を可哀そうなものを見るような目で見つめてくる。

「あの二人ね、一年の頃から付き合ってるの。だから可哀そうだけど諦めて――」
「ホントですか!?」
「え? ホント、だよ」

 私の勢いに押されたように、先輩は後ろによろけた。
 でも、そんなの構っていられない。
 だって、まさか、そんな。

「橘先輩の、彼女じゃなかったんだ……」
「ん? 何か言った?」
「いえ……。ありがとうございました!」

 先輩に頭を下げると、私は部室へと走る。
 けれど、そこには橘先輩の姿はなかった。

「橘? ああ、今日日直だから、日誌書いてから来るって言ってたよ」
「ありがとうございます!」

 陸上部の三年の先輩に尋ねると、そう教えてくれた。
 私は、そのまま三年の教室に向かって走った。
 小春さんが、橘先輩の彼女じゃないとしたら、じゃあ私が聞いた告白はなんだったの?

「橘先輩!」

 教室に飛び込むと、私に気付いた橘先輩は一瞬驚いた顔をした後、優しく笑った。

「どうしたの、あずちゃん」
「あ、えっと、私……」

 冷静に考えると、一年生が突然三年生の教室に飛び込むだなんて失礼すぎる。
 慌てて辺りを見回すと、教室には橘先輩以外には誰もいなかった。
 ホッと胸をなでおろして、ふーっと息を吐く。
 そんな私を、橘先輩は相変わらず優しく見守っている。

「落ち着いた?」
「あ、はい……。あの、急にすみません。私、その……聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと?」
「はい。あの……」

 口を開きかけたとき、橘先輩の前に一冊のノートが見えた。あれは……。

「ご、ごめんなさい。日誌、書いてたんですよね」
「ん? ああ、気にしないで。もう終わるから」

 何かを書きこむと、橘先輩は手に持ったペンを置いた。
 なんとなく、日誌を覗き込むとそこには、橘先輩の名前の隣に――(つじ) 小春と書かれているのが見えた。
 その名前は……。

「小春さん……」
「あれ? あずちゃん小春のこと知ってるの?」

 小春……。橘先輩は、小春さんのことを呼び捨てで呼んでいるんだ……。
 その事実が、私の胸をギュッと締め付けられるように苦しくさせる。
 だから私は、橘先輩を傷付けるかもしれない一言を、口にした。

「さっき、昇降口で会いました。……彼氏と、デートだってお友達に言ってるのを聞いて」
「彼氏……?」

 言ってしまった。
 小春さんに彼氏がいようがいまいが、あの時、橘先輩が小春さんに「好きだ」と言っていたことに違いはないのに。
 こんなふうに、傷つくことが分かってて、言ってしまうなんて私……。

「背、高かったでしょ」
「え……?」
「小春の彼氏」
「あ、あの……」

 橘先輩の言葉を上手く理解できずに、クエッションマークを浮かべる私を可笑しそうに笑う。
 どういうこと……?
 傷付けた、と思っていたのに、目の前で橘先輩は何でもない顔をして笑っている。
 本心を隠しているの……?
 それとも……。

「ね、あずちゃん。もしかして、何か勘違いしてない?」
「かんち、がい……?」
「そう。例えば……小春が俺と誠を二股かけてる、とか」
「っ……!」
「当たり?」

 橘先輩の言葉に小さく頷くと、「やっぱり」と笑った。
 勘違いってことは、本当に、橘先輩は小春さんと付き合ってるわけじゃないの……?
 でも、じゃあ、あれは……。

「告白、してたじゃないですか」
「ん?」
「橘先輩に、小春さんが」
「何の話?」

 私の言葉に、今度は橘先輩がクエスチョンマークを浮かべる番だった。
 だって、私は見た。あの時、小春さんが――。

「六月の頭、裏庭で……」
「六月? 裏庭? ……ああ」

 思い当たる節があったようだ。

「思い出しまし、た……か」

 私の言葉を最後まで聞かず、橘先輩は声を上げて笑った。

「ふっ……ふふっ。ああ、そっか。あれをあずちゃんは聞いていたんだね。それで、俺と小春が付き合ってると思ってたんだ」
「橘先輩?」
「あー可笑しい。ごめんね、勘違いさせて。あれは、バンドの話なんだ」
「バンド……?」

 どういう、こと……?

「あの日、好きなバンドのチケットが取れたんだけど都合がつかなくなってさ。誠も好きなバンドだったから小春が好きなら二人で行ってきなよって話をしてたんだ」
「それじゃあ……」

 私があの日聞いた

「好きなの」

 は、バンドの話……?

「で、でも……橘先輩「俺も好きだよ」って小春さんに……」
「うん、「純君もこのバンド好きなの?」って聞かれたから「俺も好きだよ」って」
「そんな……」

 じゃあ、全部私の勘違いだったってこと……?
 橘先輩は小春さんと付き合ってるわけじゃなくて……それで……。

「誤解は解けた?」
「はい……。私、ずっと橘先輩は小春さんと付き合ってるんだと思ってて」
「うん」
「でも、それが勘違いなら……」

 伝えても、いいだろうか。
 言いたくて、でも言えなかったこの気持ちを。

「告白しても、いいですか?」
「――どうしようかな」
「え……」
「嘘」

 思わず顔を上げて橘先輩を見ると……優しく微笑んで、そして私の耳元に顔を近付けた。

「言って? 俺、あずちゃんの口から聞きたい」
「っ……」

 そう言うと、橘先輩は私の顔を覗き込む。
 全身が心臓になってしまったかのように、ドクドクという音が頭の中でまで響く。
 私は、ギュッと目を瞑ると、口を開いた。

「私、橘先輩のことが、好きで――っ!」

 言い終わる前に、私の唇は柔らかい感触で塞がれる。
 それが橘先輩の唇だと気付いたのは、唇が離れた後だった。

「えっ……なっ……!」
「俺も」
「え……?」
「俺も、好きだよ」

 そう言って橘先輩はいつものように笑った。
 でも、その表情が――いつもよりも嬉しそうに見えたのは、きっと……私の勘違いなんかじゃない。
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