二十二 大司令艦〈ガヴィオン〉

文字数 3,241文字

 二〇八〇年十二月二十一日、土曜、ティカル二十時。
 月面クレーター、大司令戦艦〈ガヴィオン〉。

 月面クレーターから、〈V1〉と〈V2〉と〈S1〉が戦艦〈ホイヘンス〉を攻撃して二時間ほどが過ぎた。第一波の攻撃で、戦艦〈ホイヘンス〉は着陸軌道を逸れて、月を焦点にする楕円軌道をとった。再び月に近いて、まもなくカムトたちの上空を通過する。

『全艦、攻撃態勢を維持しろ!
 ジョリー、〈ホイヘンス〉が戻ってくる。まだか?』
〈V1〉の総司令コントロールポッドから、総指揮官のカムトは〈S1〉のジョリーに伝えた。
『まだよ・・・』とジョリー。
〈V1〉はアリーが指揮官、パイロットはバレルだ。〈V2〉の指揮官はミラ、パイロットはガル。〈S1〉の指揮官はジョリー。パイロットはレグだ。
『思考記憶システムを使わず、直接、精神波で転送先を伝えろ!』とカムト。
『了解・・・。
 全員、〈S1〉が〈ガヴィオン〉の格納庫に移動するのを想像するんだ・・・』
 ジョリーが〈S1〉のクルーに伝えた。
『そうよ・・・、もう少しよ・・・』


 3D映像の楕円周回軌道上で、戦艦〈ホイヘンス〉の周囲に、回収攻撃艦一隻、攻撃艦一隻、突撃攻撃艦四隻の計六隻が出現している。ホイヘンスは失った艦艇を補充している。

『全艦、攻撃に備えろ!』
 カムトの指示で各艦が臨戦態勢をとった。その瞬間、〈S1〉が大司令戦艦〈ガヴィオン〉の格納庫へ時空間移動(スキップ(時空間転移))した。
『転送成功!二艦を転送し、シールドする!』
 ジョリーの精神波が伝わると月面から〈V1〉と〈V2〉が消えた。
 同時に、軌道上の戦艦ホイヘンス艦隊が消えた。


『戦艦〈ホイヘンス〉が消えた・・・』
〈V1〉のコントロールポッドでカムトが伝えた。〈V1〉と〈V2〉は、〈S1〉と共に大司令戦艦〈ガヴィオン〉の格納庫に居る。
『火星のプロミドンが、ホイヘンスの艦隊を火星へ転送した・・・』
〈S1〉からジョリーが伝えてきた。火星には一基のプロミドンとへリオス艦隊の〈フォークナ〉三隻が残されている。ホイヘンスにこれらを奪われてはならない。
『全プロミドンに、ホイヘンスの排除を命じろ!』とカムト。
『了解!・・・。
 全プロミドンに、ホイヘンスが敵だと認識させた。
 艦隊の全防御システムが、ホイヘンスのあらゆる攻撃に対処する・・・』
 ジョリーの自信に満ちた思いが伝わった。


 有史前。ニオブのヘリオス艦隊は大司令艦〈ガヴィオン〉を中心に、回収攻撃艦〈スゥープナ〉一隻、攻撃艦〈ニフト〉一隻、突撃攻撃艦〈フォークナ〉四隻の計六隻の副艦と、搬送艦百六十隻、小型偵察艦二十隻で構成された。
 ニオブのクラリック階級のアーク位、ビショップ位、プリースト位は、プロミドン立体編隊の後尾副艦の突撃攻撃艦〈フォークナ〉一隻と、両翼副艦の突撃攻撃艦〈フォークナ〉二隻、艦隊後尾の搬送艦十六隻を奪って火星へ逃亡し、事前転送された火星のプロミドンを稼動して、三隻の副艦のプロミドンとプロミドンコントロールシステム、十六隻の搬送艦のプロミドンコントロールシステムで火星のテラフォーミングとニオブの人体化を試みた。だが、火星は地球のように成らず、クラリックは精神生命体のまま火星のプロミドンを使って地球に侵入し、人類に意識内進入した。
 その後。クラリックのアーク・ヨヒムは宏治の両親、つまりカムトの祖父母によって壊滅したが、クラリックのアーク・ルキエフがオイラー・ホイヘンスに意識内進入して、ホイヘンスをネオロイドにし、現在に至っている。


『ホイヘンスを監視できるか?』
『火星の〈フォークナ〉三隻がシールドを張った。〈S1〉の探査ビームは探査できない。
 くそっ、もっと早く〈ガヴィオン〉のプロミドンを起動すれば、ホイヘンスを阻止できたのに・・・』
 ジョリーの精神波はホイヘンスの思念波より強い。同時にアクセスすれば、〈ガヴィオン〉のプロミドンによるジョリーの精神波が、火星の全プロミドンを支配していたはずだ。

『気にしなくていい。太古、〈ガヴィオン〉のニオブも火星を監視していた。
 全員、ブリッジへ行こう。何か方法があるはずだ。
 アリー、〈ガヴィオン〉の大気構成を地球と同じにできるか?』
『ほぼ同じだ。心配ないよ』
〈V1〉の指揮官アリーがそう答えた。

 ニオブは身体を持つ場合も考えて、母星ロシモントと同じ大気構成の地球を選びんで、このへリオス艦隊を造っていた。
『球状エネルギーフィールドで移動できるはずだ・・・。
 ブリッジへ運んでくれ!』」
 カムトは〈V1〉から〈ガヴィオン〉の格納庫へ降りて、床に現れた発光リング内に立った。他のクルーがカムトの近くに来ると、光の輪がクルーの外まで拡大し、球状エネルギーフィールドに成長した。

「全てが思念波起動だ。精神波ならさらに早く強くプロミドンコントロールシステムが反応する。通信媒体は必要ない」
 カムトは精神波を使わずにそう言って、ガルの記憶から、戦艦〈ホイヘンス〉のモーザを思った。
 ホイヘンスは、なぜ、戦艦〈ホイヘンス〉内に、モーザを造った?艦艇のセキュリティシステムがあれば、艦艇内にスパイボールは必要ないはずだ・・・。


 球状エネルギーフィールドに運ばれて、壁面照明に照らされたブリッジに着いた。ブリッジは透明なドームに覆われて、その上を覆う外殻隔壁が見える。

 ジョリーはコントロールデッキの円形に配置されたコンソールの前に立って、精神波でバーチャルディスプレイを投影させた。
 プロミドンシステムとプロミドンが、ジョリーの精神波を自動感知して、ブリッジの空間に、艦を中心とした時空間表示5D座標と4D映像が出現した。火星に留まったままの赤い輝点が現れている。戦艦〈ホイヘンス〉だ。


「4D映像探査波が火星の〈フォークナ〉のシールドに進入した!」
 前回の指令で、火星のプロミドンとフォークナのプロミドンが、ホイヘンスを敵と認識した。艦隊の全防御システムが戦艦〈ホイヘンス〉とホイヘンスたち全員を敵と見なして対処している。

「プミドンと〈フォークナ〉を回収しろ」
 ニオブは副艦が奪われた場合を想定して、〈ガヴィオン〉の機能を副艦より高めていたらしい・・・。カムトはそう感じた。
「了解」
 ジョリーは〈ガヴィオン〉のプロミドンに、火星のプロミドンと〈フォークナ〉の回収を指示した。

『カムト、どこに居る?』
 アダムが精神波で伝えてきた。
「月の地下の〈ガヴィオン〉の中だ」
『無事だな?』
「全員、異常ない!」
『了解。戦艦〈ホイヘンス〉が映像から消えた』
「ホイヘンスが火星のプロミドンを起動して火星へ移動した。
 現在、〈ガヴィオン〉のプロミドンが、火星のプロミドンをコントロールしてる。ホイヘンスは火星に留まったままだ」
 5D座標と4D映像の赤い輝点は火星に留まったままだ。

『このままホイヘンスが火星に留まる可能性は?』
「それは無い」
『ホイヘンスを追うか?』
「野放しにできない」
『了解した。
 パラボーラと偵察衛星から〈ホイヘンス〉の波動残渣を探査できないのはなぜだ?』
「〈ガヴィオン〉のプロミドンと、探査ビームの違いだろう。〈ガヴィオン〉のプロミドンによる4D映像探査は亜空間を移動する。我々が作った探査システムは我々の時空間しか移動できない」
『では、常時、こっちに連絡してくれ』
「わかった」
 カムトからアダムの精神空間思考が消えた。

「ジョリー。プロミドンでここの映像をティカルのプロミドンへ送ってくれ。皆が心配してる」とカムト。
「わかった・・・。
 あっ!ホイヘンス艦隊が消えた!」
「移動先は?」
「まだ、わからない・・・。他の星系だ!」
 5D座標と4D映像の赤い輝点が銀河中心部へ移動している。
「他の銀河じゃないのか?」
「この渦巻銀河ガリアナ(天の川銀河)の、ここオリオン渦状腕だ。それも銀河中心に近い星系だ・・・」
 ジョリーの言葉で、カムトは、ホイヘンスの艦隊は他の銀河へ移動できないと確信した。
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