第4話

文字数 6,987文字

 どれぐらい気を失ってたんやろ、雷の音で目が覚めた。ビクッ!ってな。それにしても、雷で気を失って雷で目を覚ますって、なかなかレアな体験よな。まぁ、どうでもええ事やけど。でも、ぐっすり寝たからか、ちょっと身体がスッキリしてたかなぁ。立ち上がって、背中伸ばしたりして、気分は悪くなかったと思う。
 で、辺りの様子見て絶句した。思わず目を擦って、もう一度見て、一人で『え!?』って言うたわ。なんでかって?だって、まるっきり違う場所に立ってたんやから。

 いや、わけ分からんやろ?俺も理解不能よ。さっきまで目の前に有った川も、カロンじいさんも、無数の亡者達もみんな消えてて、目の前には大地の裂け目と呼ぶに相応しい谷。理解が追い付かんで暫しポカンと立ち尽くしてしまった。ワープしたのか、気絶してる隙に何者かが俺をここへ運んだのか、今となっても結局どないして移動したのか分からんままやしな。

 切り替えは割とスムーズに出来た方やったで。なんせ、それまでにも常識では考えられん不思議な事はポンポン起こってたし、この旅は神のお導きによるものっていう前提は既に飲み込めてたからな。そうそう、神が何らかの理由でこないな風にしたんやろって思ったら、大体の事は説明がつくんよ。流れっちゅうか、雰囲気でな。このワープもそういう意図によるものなんやろなという事で、俺は納得しといた。
 あ、この先もこういう事は頻繁に起こるから、驚きのリアクションはなるべく省くわな。一々あたふたしてたら聞いてる方もうすら寒いやろ?
 いやぁ、それにしても、まだ旅は始まったばかりやというのにだいぶ成長してるやろ?俺。この、柔軟な適応力。人はほんま環境変えたら変化する言うけど、こないにも顕著なモノやとは思いもよらんかったわ。

 ハナシ戻すけど、その谷はとにかく暗くて深くて、おまけに濃密な霧まで立ち込めてた。底なんてこれっぽっちも見えへんし、時々霧の中をバチバチッと電流が駆け巡るのさえ見えた。なんで霧の中に電気が発生してんのか原理は分からんけど、危険感を出すにはこれ以上ない演出やったわな。こんな谷に落ちたら一巻の終わりやなぁと思って、ゴクリと唾を飲み込むと、後ろからウェルギリウスさんがいきなり声をかけてきた。びっくりした。

『うわぁ!おったんですか!何で黙ってるんですか』
 ウェルギリウスさんは俺の言葉には反応せず、珍しく額に冷や汗浮かべた不安そうな顔で、ぶるぶる震えながらこう言うた。
『こ、この谷は…ハァハァ…嘆きの谷と…呼ばれとる谷や…。地獄の門を抜けて、つまり地獄に入ってすぐの位置に有る。じゅ、準備はええか?降りるぞ。ゴクリ…ついてこいよ…。オオ…神よ…』

 俺はウェルギリウスさんの様子を見て、一気に不安になった。とてもじゃないけど『はい、分かりました』とは言えんかった。いや、だって、ここまでビビりながらも何とかやってこれたのはウェルギリウスさんが平気な顔で前を歩いてくれてたからなんやで。俺が泣き言を言うても、べっちょないべっちょないって感じで励ましてくれたしな。そのウェルギリウスさんが、あのいつも平然としてるウェルギリウスさんが、明らかにビビってるやん。いや自分それちょっとワザとやってんちゃうかってぐらいビビっとんねん。そんなんおかしいやん、ムッチャクチャに危険な場所なんちゃうん?って思うやん。

 そやから、降りようとするウェルギリウスさんを制止して俺は言うた。
『ちょ、ちょっと待って下さい!ウェルギリウスさんがそんな動揺してるの、見た事ないですよ。いつもならビビってる僕を笑って励ますぐらいの勢いやのに、マジで深刻そうな雰囲気を醸し出しちゃってるじゃないですか。僕、ウェルギリウスさんでさえ怖がるような場所に、とてもやないけど降りれません。ここはそんなにヤバいとこなんですか?』

 でもまぁ、思い返せばアレやな。俺はこの時に改めてウェルギリウスさんのありがたさに気がついたよ。たまに謎めいた行動パターンで俺を混乱させるけど、ウェルギリウスさんの掴みどころの無い雰囲気にどんだけ救われてたか、この時に分かったなぁ。

 ウェルギリウスさんは狼狽える俺にこう答えた。
『あ…ああ、すまんすまん。違うんや、別にビビっとるわけやないねん。この下にいてはる人達の苦しみを思うと、なんて言うかこう…胸が締め付けられてな。ワシ、かわいそうな人を見るの辛いし、想像するだけでもあかんねん。映画とかドラマとかも泣いてまうしな。さぁ、行こか、まだまだ先は長いし、急ご』

 俺は、ほんまやろか?と思った。アケロンの川ではまるでゴミ虫を見るような目で悪しき亡者達を観察してたのに、胸が締め付けられるとか。別にウェルギリウスさんを非情な人って思ってるわけじゃないけど、本当にそこまで思ってんの?とは思った。失礼かな?

 とはいえ、ウェルギリウスさんの降りていく足取りは確かに軽かった。顔は相変わらず険しかったけど、ビビってるって感じでも無いし、辺りを警戒してる様子も無かったから、俺も一応は安心してついて降りて行ったんや。
 しばらく行くとな、またしてもどこからか声が聞こえてきた。そう、あの地獄の門に入った時のような、正体不明の音声がこの谷にも響いてたんや。でも、内容は少し感じが違ってた。なんていうか、あそこほど過激じゃなかってん。ため息とか細々とした啜り泣きぐらいで、暴言とか叫び声は一つもなかったしな。

 更に進むと、人の姿が見えてきた。そこもカロンじいさんとか死神による裁きや怒声もなくて、静かなもんやったけど、みんなが暗く悲しそうな表情しとった。大人だけやなくて子どももおったのには驚いたな。
 俺が『このどう見ても普通そうな人々がなぜこんな所におるんやろ』って疑問に思いながら見てると、ウェルギリウスさんが穏やかな口調で俺に話しかけてきた。
『やっぱり気になるか?あの人らが何者なのか教えたろ。あの人達はな、さっきの亡者共と違って、それはそれは哀れな人達や。罪を犯したわけでもないし、なんなら善良と言うて良い人達やねん。でもな、残念な事に彼らは洗礼を受けてないねん。つまり、神を信じておらず、信仰という事をしなかった。もしくは、そもそも神を知らなかった人達なんや。当たり前やけど、信仰が無くては天国に行く事はできん。そやからああして、希望も無くこの場に留まり続けとるんや』

 俺は、なんてかわいそうな人達なんやろうと思った。神を信じなければ、神に導いてもらえる事も無いわけやろ?それって、かなりヤバいやん。もし苦難や苦境に遭遇した時、どうやって乗り越えるん?何を信じて頑張ったらええん?そらウェルギリウスさんが憐憫の情を抱くのも分かるわ。

 ウェルギリウスさんはさらに続けた。
『前にも軽く言うたけど、実を言うとワシもそういう身の上やねん。物凄い悪さしたわけじゃないんやけど、もひとつ神を信じて無かったというかな。そのせいで絶望して、今はこんな感じ。でも諦めてないんやで。無理かもしれんけど、いつか天国に行けたらなと思って頑張ってるわけよ』

 俺はそれ聞いて衝撃を受けたよ。いや、普通にひどい話やなと思った。だって、ウェルギリウスさんが天国に行く資格無いとか、あり得へん話やと思わん?って事はやで、ウェルギリウスさんまでとはいかんでも、それレベルの偉人がこの場所で天国行きの資格を持たされんまま、永久に悲しんでなあかんいう事やろ?

 俺は、そんな事有ってええのかという思いが抑え切れず、ウェルギリウスさんに尋ねた。

『ウェルギリウスさん、そんなんおかしいと思います。神を信じていないからって、心の良い人が認められないなんて道理になってなくないですか?教えて下さい。信仰うんぬん別にして、その人が持ってる良さとか、神以外による導きとか、そうしたキッカケで天国に呼ばれた人は全くのゼロなんですか?』

 ウェルギリウスさんはこう答えた。
『ワシがここに来た頃や。かのキリストさんがここに来て、お前も当然知ってるであろう幾多の著名人達をここから連れ出して天国へ導いた。それ以前に、人の手によって人が天国に導かれた前例は無い。こう言えば、分かるな?』

 俺はこれを聞いて、正直『…??どういう事?』って思った。でも、ウェルギリウスさんはめっちゃ真面目な顔やし、悟ってくれって感じやったから、俺は何も言えず頷くしかなかった。今思えばやけど、ニュアンス的には理解できたよな。要するに無いって事やろ?何でわざわざあんな遠回しな言い方をするんやろなぁ。普通に教えてくれれば良いのに。

 なんせひどい話やわ。そりゃあ、信仰は大切やし、人としてせなあかん物やとは思う。けど、人を刺したり盗みを働いたわけでもない心良い人達が、信仰を怠ったから・知らなかったからという理由で天国に呼ばれへんいうのはな。
 ここだけの話やけど、ここだけっていうかメタ的な話になるけど、私はおかしいなと思ったよ。綺麗な建前に包まれた選民思想に近いモノを感じてしまったというか。
 …?あれ、俺は何を言うてるんやろ。ごめん、ちょっと意識飛んでたかも。ああ、大丈夫大丈夫。話を戻そか。

 ウェルギリウスさんの話を聞きながらも、俺らは歩き続けてた。んで、何気なく周りに目をやると、さっきまでと少し雰囲気が違ってきてるのに気がついた。というのも、俺が目を覚ました時は夜やったんやけど、太陽が登ってきてたんやな。
 え?なんで深くて霧が立ち込めてる谷底に日出の光が差し込むのかって?いやほら、さっきも言うたやろ?神の導きによる旅路には、こうした通常では起こり得ん現象がちょくちょく起こるんやって。特に天候や地形などの変化に関しては何でもアリやねん。分かるやろ?『なぜ?』とか無いねん。そういうのは聞き手の知識やイメージで意味付けしながら補完していこ。この俺、ダンテはそれを望んどるんやで。

 とまぁ、そんな感じで俺とウェルギリウスさんは明るくなってきた谷を進んで行った。すると、しばらく先に朝陽がスポットライトみたいに落ちてる神秘的な場所が有ってな、そこにえらく立派なオーラを纏った人達が集まってるが見えたんや。なんや凄そうな人らやなーと思った。どの人もウェルギリウスさんに勝るとも劣らん知性を感じさせるし、その堂々とした佇まいは、まさに一流の人達ー!って感じでな。キラキラと輝いて見えたぐらいやった。
 ウェルギリウスさんはその人達に手を振って挨拶してた。やっぱりウェルギリウスさんの知り合いなんや!と思って、早速詳しい説明を求めたよ。

『ウェルギリウスさん!あの人達はウェルギリウスさんのお知り合いですか?どの人もそれぞれ違った個性を放ってるし、それでいて間違いなく一流の気配を感じますね。そんな人達がああして集まってるやなんて、凄そうですね』

 ウェルギリウスさんは教えてくれた。
『ワシの詩人仲間達や。それぞれジャンルは違うけどな、みんな紛れもない一流のアーティストやで。現世でもヒット作を残してるし、天上にもファン多い。そやからこの場所でも、アートに集中できる環境を特別に用意してもらってるってわけや』
 俺はウェルギリウスさんの仲間に会えた事に感激してた。こんなたくさんの、ほんまもんの詩人達とお近づきになれるなんて、旅に出て良かったと思った。あわよくば人脈を作って、後々に活かしてやろうと密かに目論んでたけど、ウェルギリウスさんには黙ってたわ。

 ある一人がウェルギリウスさんを見つけて嬉しそうに言うた。
『あっ!ウェルギリウスやんけ!おい、みんな!ウェルギリウスが帰ってきよったぞ!』
 ウェルギリウスさんも嬉しそうにそれに答えた。
『おー、帰ってきたで』

 奥から落ち着いた雰囲気の四人の詩人が来た。
『ポエット、おかえり』
『おお、ただいま』

『あ、この剣を携えた王様みたいな男は「詩人の王」と呼ばれたホメロスさんや。戦争モンとアドベンチャー物を書かせたら天下一品。その隣が「風刺のホラテウス」。それから、オウデウスにルカヌスや』
『あの、ポエットって?』
『ああ、ワシらはみんな仲間であり兄弟みたいなもんや。ポエット(詩人)いうのは、その、なんて言うんかな。ようブラザー!みたいなもんや。ワシらにとってそう呼び合う事が敬意であり、分かち合いみたいな意味になるんや。ポエット同士は家族っちゅうか、ほら、そういう意味合いで使う仲間内の共通呼称的なやつあるやん。信頼の証、嬉しい事や』

 ウェルギリウスさん達は親しげに肩組んだりして、再会の喜びを分かち合ってた。俺は最高の詩人達が、この異世界めいた場所で集結する様を見たよ。次元を超えたヒーローの共演っていうかな。ほんまに感動した。例えるならマブカプとかスマブラみたいなもんやで。いやほんま、そういうのって反則的な魅力を放つやん。

 五人の天才達はしばらく楽しそうに話してたけど、ウェルギリウスさんが軽く俺を紹介してくれてな。俺が頭を下げると、彼らもフレンドリーな感じで迎え入れてくれた。やっぱ一流の人らはな、トゲが無いねん。懐が深いっていうんかな。俺みたいな若造でも、仲間やと認めてくれたんや。そう、俺も『ポエット』の一員やと言うてくれた。正味その呼称はちょっと寒いというか…。うーん、ハズかったけど光栄やった。ここだけのハナシな。今時、そんなん言わんやろ。

 そんな感じで、俺を含めた六人の詩人達は朝日の指す方向に歩いて行った。その時に色々とアツい話とか深い話とかもしたんやけど、今はあえて話さんとくわ。なんでかって?ほら、その時そこにおらな分からん面白さとかあるやん。多分やけど、今俺が話しても、ツボるポイントとか伝わらんと思うねんな。もったいないけどなー、しゃーないわ。

 こっからまた驚きやねんけど、ちょっと歩くとごっつい綺麗なお城の城下に出たんや。高ーい城壁が七重に建てられてて、おまけに綺麗な小川が流れててな。ほんま楽園みたいな雰囲気やった。俺はそこで小休止したい気分やったけど、皆さんがサクサク歩くから仕方なしに俺もついて行った。
 七つの城壁の門を潜って、ちょっとした観光気分を楽しんでたら、今度は一面に芝生が広がる原っぱに出た。お城の中庭とかそんなレベルじゃない広さの、すごい爽やかな場所やったわ。一応言うとくけど、こういう情景はほんまに見たまま言うてるからな。盛ったりしてへんでな、信じてよ?お城の中に草原??って思うかもしれへんけど、そろそろ慣れてよ?

 その原っぱに、やけに怖い顔した人達が大勢立ってたんや。まるで俺らを待ち構えてたようにな。物凄いオーラを放ってて、とてもやないけど近付いて話しかけるなんて事はできんかった。
 皆さんも同じ気持ちらしく、高台になってる所に移動して、そこからその人達の様子を伺う事にした。俺はぶっちゃけ混乱してた。え?え?逃げなあかんの?なんでわざわざここに来たの?そしてなんで俺に何の説明もしてくれへんの?って感じで。種明かしすると別に逃げたわけじゃなくて、彼らが余りに凄い偉人達やから、恐れ多くて距離を取っただけなんやけどな。何も言うてくれへんから、最初なんのこっちゃサッパリやった。

 その高台から目を凝らして、彼らの正体を目撃した時、俺は全身の血が熱くなるのを感じた。それもそのはず、彼らは俺よりもウェルギリウスさんや他の皆さんよりも、ずっと前の時代を作った正真正銘の偉人達やったんや。俺は感動に打ち震えた。そんな人達が集まってる領域で、同じ空気を吸ってる事が信じられへんかった。いやほんまに感無量。感激ってやつや。
 当然、そこにおった方々について一人一人語りたいのは山々なんやけど、それをすると膨大な時間が必要になると思うし、下手したらこの物語に帰ってこられへん可能性さえある。そやから、断腸の思いで省略するわな。かんにんしてや。
 誤解の無いように言うとくけど、めんどくさいわけじゃないんやで。本人がそう書いとるんやから。そういう事よ。分かるよね?言いたい事。

 んでや、気がついたらどういうわけか六人のメンバーは二人になってた。そうそう、またいつもの前触れ無く変化が起こるアレな。
 さっきの偉人達の列に加わったのか森に引き返したのか定かではないけど、いつの間にか居なくなってはった。誰一人として何も言わず、無論ウェルギリウスさんもそれに関しての説明はナシ。もう慣れたもんやけど、普通に考えたら失礼なハナシやでな。いやいや、さっきは仲間やポエットや言いましたやん。お別れの挨拶もさせてもらえへんのですか?別にええんやけどな、俺がポエットって呼称の絆をあんまし信用してないのはこの一件が原因かもしれへんのよ。

 ウェルギリウスさんは相変わらず無言で進んで行くから、俺も無言で歩いて行った。すると、何やら大気が渦状にゆらめくワープホールが現れたから、俺達はそれに飛び込んだ。おお、こんな分かりやすく用意されてるワープは珍しいなぁと思いながらワープすると、出た先は真っ暗で陰気臭い、危険な感じのする場所やった。

 またこういう雰囲気のとこかいな…と、俺は肩を落とした。せっかく綺麗なお城とか爽やかな原っぱとかが続いて、旅行気分に浸れてたのに。

 

 

 
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