10節「すれ違う 2」

文字数 1,510文字

あ、お兄ちゃんだ。
ヨウタ!  大丈夫か!?
大丈夫に決まってるじゃん。

僕は強いんだよ。お兄ちゃんと違ってね。

ヨウタ……!
あれ……でも身体が上手く動かないや……おかしいな……。
ヨウタくんは子供らしく

虚勢を張っているものの……


その声はか細く、表情も苦しそうです。

動いちゃ駄目よ、ヨウタ。

横になってなさい。

でも動かないと、

また眠たくなってきちゃうよ……。

あ……そうね……

でもどうしたら……

……俺と何かお話ししよっか、ヨウタ。
ついさっきまで激昂していたはずなのに……


夢月くんはヨウタくんの前では、

本当に自然な彼を保っています。

本当?
……でも今週のブレイブまだ見てないんだ。寝てる間に終わっちゃってて。
大丈夫。

俺もまだ見れてないから、一緒だ。

えー駄目だよ。

お兄ちゃんはちゃんと見なきゃ。起きてたんでしょ?

……そっか――
――そうだな。

ごめんな。

(夢月くん……やっぱり無理してる……)
この痛々しい笑顔……。

きっとこれは、ヨウタくんのために

作ったものではありません。


これは何もできないーー不甲斐ない自分自身を

嗤っている時に出てしまう笑顔。


夢魔に憑かれていた時の私と同じ……。

…………。

それだけ夢月くんの心は、

今弱ってしまっているのだと思います。


私は……どうしてあげれば……。

そう言えばこの前ね、

夢にお兄ちゃんが出てきたよ。

俺が……?
うん!
お兄ちゃんね――
待ってヨウタ!
夢月くんは先ほどまでの自然さを完全に乱し、

露骨にうろたえながらヨウタくんを制止しました。

ん、なに?
その話は……その話はやめよう。
えーなんでなんで!
……な、何でもだよ!
変なのー……

もしヨウタくんの夢が、

この前の失敗の話だったら……。


もしヨウタくんが、

夢の世界であったことを覚えていたら……。


ヨウタくんが話す内容はきっと……。


夢月くんが聞きたくないのも、

無理はありません。

ヨウタ少年はしばらくこの部屋で預かろう。環境が変化してしまうと、また目覚めなくなってしまう可能性が高い。
……私も一緒にいて良いですか?
許可できない。
……そういう規則だ。

明晩また来てほしい。

吏星さんの普段通り事務的な回答。

この空間ではそれが冷たく鋭利に感じられます。


それを自覚したのか、彼は罰が悪そうな顔でお母さんに説明を行いました。

……そうですか。
お母さんは酷く残念そうな顔をしながらも、

決して彼を否定することはしませんでした。

…………。
あの……
ヨウタはちゃんと治りますか……?
ただ……縋るように……懇願するように……

吏星さんに虚ろな瞳と心で問い掛けます。

…………。
!!
…………。
治してみせる。……絶対に。
彼は決して気休めで言ったようには見えませんでした。


夢想師として確固たる決意と覚悟を持って、

お母さんにその心をぶつけに行ったのです。


それが夢月くんの目にどう映ったかは、私には分かりません。

分かりました……。
ヨウタ……

ママは帰らなきゃいけないから。

ごめんね。

……良い子にしてるのよ。

……大丈夫だよ。
ママこそ1人で泣いたりしないでよね。
フフッ、はいはい。

それじゃあね。

治療室を出て行く前に、彼女は一度足を止め、

涙を浮かべた顔で夢月くんの方を見ました。

は、はい……。
……お願いします。
本当にお願いします……。
…………。
はい……。
ヨウタくんのお母さんは心の底から願うように、

夢月くんに言葉を告げて去って行きました。


彼女もこの状況に納得しているとは、

とても思えません。


だから……その中でできる最良の選択肢を

選び抜いただけのこと……。

……夢月くん。

でもそれを今の夢月くんは……

受け入れることが……できるでしょうか……。

…………。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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