第12話

文字数 5,475文字

「え?・・・誰?」
老人の隣に立っていたヨウコも、突然現れた人物に気がついて思わずそう声を上げた。
「おい!キー坊!!この前と違う女の子がいるぞ!?」
ヨウコの姿を見つけたウッシーが反射的に大きな声を上げた。
「あれ?怪異シーカー!?」

「なぜだ?扉は閉じていたはず!なのになぜ?いったいどうやって入って来たのだ・・・?」

老人は自分の想定外のことが起きてしまった現実を受けられないといった様子だった。深いシワの間に刻まれた間に潜む細かった目はいまや大きく見開かれ、その驚きを表明していた。そして老人はもう一度キー&ウッシーに向かって問いかけた。
「どうやって入ったんだい?」
「どうやってって何も・・・。あの廃墟ビルディングの五階の端の方の壁に入り口があったはずだと思って、その壁を押していたらフワッと緩まって、堅いはずの壁をすり抜けて気づいたらこっちにってて感じだよ」
「一体どういうことだなんだ?・・・量子的重ねあわせ現象が起きたっと言うことか!?そうか!!君たちは何もないはずの壁に、ここにつながる為のワームホールのような時空に開いた穴の存在を知っていた。しかも二人ともだ・・・」
「僕らは二人一緒に壁を押したんです。そしたら一瞬意識が飛んでしまって、気づいたらここに」
「そういうことか・・・。君たちは一度ここに来て、異なる世界が存在するという多世界解釈の概念を知ってしまっていた。そしてあのビルの五階の壁に対する現象に対する観測者として、君ら二人の意識が重ね合わされた状態で量子的重ねあわせが発露された。そして閉ざされた隔壁が無効化されてしまったのかもしれない。・・・・私としたことが愚かな」
「繰り返し勝手に入って来たみたいな感じですみません。オーナーさんに聞きたいことがありまして」
「何だ?」
「この前ここへ来た時、横たわっていた少女がいましたよね?あの時あなたはそれを自分の娘だと言った。そして今ここにはその時とは別の少女がいる。そのコもあなたの娘なのですか?」
「い、いや違う!私は娘じゃないしここにさっききたばっかりだって。この人は女の子を次々誘いこんではこの世界に閉じ込めて洗脳しているんだよ!」
「なんだって?ってことはやっぱりキーが言ってたとおりってわけか・・・?」
「むむ・・・」
「村山台駅近くのこの廃墟ビル周辺では、若い女の子が何人も失踪している。今どき居場所をなくした家出少女なんか珍しくないし、トー横にでも行ったのだろうというとネットでは囁かれたりもしていた。でもそれにしても、この村山台に限定した失踪者は他に比べてその数が異常だった。それはつまりこういう訳だ。この廃墟ビルディングと、オーナーであるあなたという存在が関係していたというわけですね?」
「失踪とはなんと馬鹿なことを・・・フハハハハッ」
「あなたはかつてあのビルのオーナーだった。しかしいつからは知りませんが、不思議な力を手に入れたあなたは自分の個人的な欲望を満たす場所を作ろうと目論んだ・・・」
「君がなにを思うも自由だ。しかし私は冷たい社会で凍える彼女らを救いたい一心の善意の人間だよ。あの世界こそが煉獄もしくは地獄を呼ぶべき世界でないのかな?子供を作りたくないと思えるほどの地獄は無いと思わなかいね?そんな世界に生まれた子どもたちも親の愛と将来への望みを失い、さっき君が指摘したようなトー横という似非避難所に逃げ込んでいるのではないかね。話によると、そこにいる悪い大人の甘言にそそのかされて、市販薬や処方薬を過剰摂取しては死ぬに死にきれんままその痛みに酔いしれていると聞いている」
「確かにあんたの言うとおり、トー横はそういう場所なのかも知れない。でも良い大人もたくさんいますよ。彼女たちをそういう悲劇から助けようとする善意の団体も活動しているはずだ」
「それは本当に善意なのかい?迷える子どもたちを哀れに思いつつも自分が善性であろうとする大人たちは、世界が地獄ではなく楽園だと子どもたちに思わせることに必死なだけじゃないのかねぇ?そして一方若きものたちの対極としての老人らは、もはや尊敬の対象ではなく汚物を垂れ流すだけのお荷物あつかいではないか。老人ホームと行っても結局現代の姥捨山ではないか?綺麗な戯言で飾りつけているだけで、二十一世の日本の社会の中に、本物の良心を見出すことはもはや出来ない業ではないかい?ちょうど地方はシャッター街と空き家だらけなのに、東京周辺にはきらびやかな高層ビルが建築ラッシュで乱立しているように」
「老人に関してはよくわかりませんが・・・・」
「そのような諸問題を本来すべからく処方すべきはずの政治は、膿を出せずに自らの毒によって緩やかに腐敗しているではないか。世襲政治家どもが与する与党は欺瞞を纏いながら、人々の辛苦に耳を傾けるふりをするだけで、もっぱら自分たちの権力と資産を増やすことにいそしんでいる。そんな世の中に本当の受容や愛が育まれるわけもなく、少子化が進行する悪循環に陥るのも無理がないというものだ。そんな地獄の如き現世に生きる人々は、まるで麻薬のように異世界物語のアニメを消費し没入しては、醜悪な現実を忘れたいのも無理からぬことだ。しかしそれはあまりに惨めで可愛そうではないか?私はそんな絶望する異世界中毒者があるれる日本に心を痛めている善意の人間なのだよ。言うなればそれは、地獄であることを拒絶する地獄。ある意味どんなホラー映画で描かれる地獄よりも恐ろしい場所ではなかろうか。そんな最悪の地獄から迷える少女たちをまずは優先的に救わねば!っという使命に従い、私はこの場所に楽園を想像したのだ。この新世界にパーフェクトに安全安心天国のようなシェルターをねぇ・・・フフフッ」

「何言ってるの?少女たちを救う!?レイカをあんなめちゃくちゃな世界に送ったくせに!ふざけんな!」
「レイカだって?それって他にも女の子がいるってことか?」
「私の友達も一緒にここに来てしまったんだけどそのレイカは・・・こいつによってこことまた別の核戦争の起きた世界に突き落とされてしまったの!」
「レイカくんは・・・残念だったがこの世界に混乱を生み出しかねない問題児だと私は判断したのだ。確かに彼女には酷ことをしたかもしれないが、それもすべてこの世界をサステナブルな場所にするための処置なのだ。先見の明を持つ人間が厳しいその責を引受けるしかあるまい。時に心を鬼にすることも先導者に必須の心得というものだからだ」
「な、なにを言ってるの・・・?」
ヨウコは老人の言葉を信じられないと言った感じで、すこし青ざめて見える顔で老人を睨んだ。
「ヨウコ君。君はまだわかっていない。子供だから無理もないか。しかしこの世界が真に楽園となった時には君もわかってくれるだろうて。なにせ君は賢い子だからね。フフフフッ」
「キー坊・・・・こいつは厄介だな。この後のプランはなにかあるのか?」
ウッシーがキー坊に小声で囁いた。
「まだ奴の手の内がわかってない。もう少し情報を引き出したい」

「もし強行突破するなら俺が仕掛ける。相手は老人だ。不意をつけば力で押さえつけることも簡単そうだぞ」
「ああだがまだ待ってくれ。もう少し話を伸ばしたい・・・」
「君たち何をヒソヒソ話しているんだ?詰まらぬことは考えないほうが身のためだよフフフッ」
老人は杖を床に軽く打ちつけながらそう言った。

「ああ、わかってますよ。あなたがこの世界に理想郷を作ろうとしているということはわかりました。それならそのために必要なことがあれば僕たちも力を貸します」

「その必要はない。全てはこの杖一本のみで事足りているのだよ」
「杖?・・・その杖に何か力が?」
「そのとおり。この杖と私の精神がすべてを構成し理想を成し遂げるための源泉なのだよ。つまり君たちに何も期待していないし、やってもらうこともない。本来ここに居てもらう必要性もないということだ」
「なるほど。では帰ったほうが良さそうですね。だがそのまえに、僕たちは個人YouTuberなんですが、実は超常現象について研究しているんです。なのでその杖の力というものに興味深々なんですが・・・そんなものをいったいどこで手に入れたんですか?」
「それを君たちにそれを話したところで意味をなさんだろうし、余計なことをされても困る。そもそもここにすべての人間を入れるつもりは鼻から無いのだよ」
「僕たちはやはり招かざる客ということですか?」
「そうだ。しかしこのまま帰ってもらっては結局また君たちは懲りずに三度でもやって来そうだねぇ。また突然好き勝手に来られては困る」
 その時ウッシーが何やら、キーに向かって目で合図してつぶやいた。キーは一瞬そっちに目をやり頷いたように見えた。
「わかりました。もうこの場所に来ませんし忘れるようにします。しかし最後に隣の少女に最後に確認させてください」
「これ以上話したとて無駄だろうと私は思うが・・・」
「その制服ってたしか雛城高校だよね。君の名前は?」
「ヨウコ・・・」
「君はこの場所に居たいのか?」
「私・・・・居たくなんかないよ。けどここに居ると約束しちゃったし、それよりなにより友達のレイカを残してひとりだけ帰れないよ」
「レイカというのは君の友達だよね。さっきその子が地獄に落とされたと言ったが彼女のところに助けに行くことは?」
「それは・・・・」
「そのへんでもう終わりにしよう。これ以上会話を続けても時間の無駄だ。君たちはもう帰りなさい」

その時、キーはウッシーを返り見て合図した。


それを見たウッシーが猛ダッシュした。


彼らのいた壁際から老人までの距離は7、8メートル。その距離を詰めるために、アスリート体型のウッシーには二秒あれば事足りそうだった。ウッシーに少し遅れるかたちでキーも加勢しようと後を追った。

「フフッ・・・」
老人は口元に余裕の笑みを浮かべていた。彼らが動き出すことを待っていたかのように、右手に持つ杖を振り上げて、目の前に新たな空間を呼び寄せ、瞬時に見えない壁を作った。そこに完璧に透明なアクリル板のような厚い壁が立ちはだかっていた。ウッシーはそれに気がつくことが出来ずに、顔面から壁に激突すると、大きな衝撃音を鳴らしながら後方に大袈裟にひっくり返った。その後に続いていたキーは慌てて足を止めて、倒れたキーの背中を抱きかかえた。
「いってぇ・・・」
鼻から血を吹き出しすウッシーはうめき声をもらした。掌で鼻を押さえても止まらない血は溢れ落ちて白い床に真っ赤な斑点をつくった。どう見てもしばらく立ち上がれそうになかった。

「大丈夫か!?」
そういいながらキーもウッシーの止血をするために自分の手荷物に何かないかとポケットをまさぐった。
 「つまらぬことは考えなるなと言ったはずだよ。そう言っても君たちは痛い思いをしなければわからないようだねぇ」
「ちくしょう!!」
ウッシーは時間差で腫れてきた左目に手を当てながらその悔しさをにじませた。鼻血は盛大に流れ続けている。
「これを使ってくれ」
キーがハンカチを取り出してウッシーの血だらけの鼻の覆ってやった。
「どうしたらいいの・・・・」
不安げにそうつぶやくヨウコは、老人に左手で掴まれていて何も出来ず立ちすくむしかなかった。
「あなたはどうやら本当に魔法のような力を持っているみたいだ。参りましたよ。おとなしく僕たちは退散します」
「素直であることは良い心がけだ。だがそうだなぁ。せっかく来たんだ、帰る前に君たちにはもう一階この杖の力を見せてやろう」
と老人は、右手の杖を何かを念じながら複雑かつ歪な動きを見せて虚空に謎の絵を書き始めた。

「あっ」
「うっ」
 ウッシーとキーはそれぞれ悲鳴に似た短い嗚咽を残して居なくなってしまった。消えたあとには、彼らが着ていた衣服と装備が、人の形を崩すように落下してその場の床の上に二つの歪な山を作った。
「・・・・!!」
ヨウコは消えてしまった二人の姿を求めるように部屋を見渡したが、そこに彼らの姿は見当たらず、自分の目が信じられないと言った様子だ。
「さぁ君たち!その姿で元いた世界へと帰りなさい」
「何を言ってるの?」
すると出来た二つの衣服の山がそれぞれモゾモゾと動き出し、服の間から何かが頭を出した。それはネズミだった!!
「ほら、早く帰らないとこの黒猫に食われてしまうぞ!」

老人が嬉々をして声を上げるなか僕は、その二匹のウマそうなそのネズミが怯えた様子でちょろちょろと動きまわる様子に辛抱たまらず、気がつくとピアノの下から飛び出て追いかけていた!


僕の本能は理性と競争しながらも、格好の獲物だるネズミに追い込みをかけてゆく。

「ほら壁に小さな穴があるぞ!頑張って逃げろ!!フハハハ〜!!」

老人の心底面白そうに笑うが声が背後から聞こえた。二匹のネズミはまっしぐらに僕という捕食者から逃れるために猛ダッシュして、いちもくさんに穴飛び込んで行った。


僕はなんとか急ブレーキを踏んで、壁際の床に張り付くと身を低くしてその穴の先を覗いてみたが、その穴は真っ暗なだけで、しばらくするとみるみる塞がっていって気づくとただの白い壁に戻っていた。

「これで彼らもさすがにもう来れないだろう。そもそも前回やって来た時に、彼らをそのまま帰すべきではなかったのだな。失敗からまたひとつ学ぶことが出来たよ。学びの喜びというものは尊いものだとは思わないかね?ヨウコくんフフフッ」

「酷すぎる・・・・」

ヨウコの目に涙が浮かんでいた。



To be continued.

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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

コタロー。村山台の地域猫でナレーションができる猫である。

君島キリト。怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウッシッシー)というYouTuberのコンビで愛称はキー坊。ディレクションかつカメラ担当。映像クリエイーターを目指しエンタメ系の専門学校にかよっているなか、高校時代の友人だった牛山シオンと組んで動画配信を始めた。YouTube登録者数17万人のチャンネルを運営していて、視聴者の投稿を頼りに全国の有名廃墟や、未発掘のいわく付き物件を探しては遠征している。

牛山シオン。怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウシッシー)というYouTuberのコンビで愛称はウッシー。MC担当。テンションの高さとフィジカルの強さが自慢。ピザ屋の配達と引っ越し業で鍛えた体で各地の危険な場所にも前のめりに潜入する肉体派。YouTuberとして有名になった後でも、引越センターに頼りにされおり、筋トレ代わりに引っ越し業でこなしている。

廃墟ビルディングの五階の部屋に突然現れた杖を突く老人。オーナーと自称しているが詳細不明な謎の老紳士。

囚われている謎の少女

正体不明の声

ユカと呼ばれる謎のメイド少女。

この辺りのボス猫で結構な年齢のオス猫。名前は助蔵。コタローの後見人的な存在でもある。

謎の種族。

逃げるネズミA

逃げるネズミB

黒い球体

耳と目の球

スーパーコタロー。

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