文字数 794文字

   

 草原の不思議。

 太古より変わらない不思議。


 二人の子供が歩いている。
 大きい子供は生まれて十年かそこら、
 小さい子供は足元がおぼつかない。
 簡素で最低限の服装。
 何も持たない。身ふたつで。
 風にたなびく萱草の中、手を繋いでひたすらザクザクと歩いている。

 晩秋の厚い雲から薄日が差す。
 小さい子供がしゃがみ込んだ。
 大きい子供が前に回って背負い上げる。
 細い背中に余る、はみ出した足。
 多分この子には背負いきれない。見るからに分かる。


 風が子供の首筋から頬へ抜ける。

「ウマハ?」

 子供は目をパチパチさせて振り向いた。声の主は見えない。

「うま?」

「キミラノ、ウマ」

「馬ってあの四つ足でパカパカ走る奴? 知らない、いない」

「…………」

 風がザッと舞い上がった。
 と、すぐにまた落ちて来て、子供の前髪を揺らせる。
 直後、目の前の草が一本、フサリと倒れた。

「なに?」

「アチラニ、オトナノ、ニンゲンガイル」

「ああ、そう」

 子供はくるりと踵を反して、反対方向へ歩き出した。

「……マイゴデハ ナカッタ?」

「うん」

「…………」

「お父さんお母さんが死んじゃってから、知らない大人が大勢来て、うちの物を勝手に持って行ったり、お母さんの桑折(こおり)をグチャグチャに掻き回したり。今日はいきなり遠くへ連れて行くって言われた」

「……トオクヘ、イキタクナイ?」

「妹と別々の場所に行かなきゃならないって言われた。だから逃げて来た」

「…………」

 後方の草が揺れて、幾人かの息遣いが聞こえる。
 子供は頑張って足を前に運ぼうとするが、そんな虫みたいな歩みでは逃げる事は叶わない。
 風には分かる。
 逃げのびたとて、見渡す限り何もない草原。
 何も持たない彼らは、その先どうなる物でもない。


 背の高い草原を抜けて来た数人の大人は、誰もいない空間に首を傾げた。
 今しがた子供の声を聞いたし、草を踏んだ跡も確かにあるのに。





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