美鈴(ベル)の完璧な世界㉒

文字数 3,306文字

みどりさんがベルるんのことを突き飛ばした瞬間は、ウチも見たよ。
えーっ!? って思った。

いや、あのね、みどりさんに「そういうところ」はあった。昔ウチもやられたことがある。みどりさんってしゃべりが下手だからさ、何を言っていいかわかんなくなると手が出ちゃうことがあったんだよね。特に低学年のころ。最近は前より話せるようになって、そういうトラブルはなかったのに……。
でも突き飛ばしたって言っても、怪我をするほど強くやるわけじゃないからさ。ベルるんはびっくりしてグラッとして、それだけ……。どっちかっていうと、驚いて慌てていたのはアサたんのほうだったよ。「みどりさん! 何で……!?」って半泣きになってた。

アサたんはそりゃ泣くよ。みどりさんが今よりずっと尖ってたころから、みどりさんがヤバい感じになる前に、こう、さ……間に入ってあげたりしてたんだから。
そういうことが減ってきて、最近はホントに落ち着いて、もう大丈夫かな? ってウチは思ってたし、アサたんもそうだったと思う。それなのにこういうことが起こっちゃったなら、当然泣くよね。
しかもそこで謝ったのは、みどりさんじゃなくてベルるんでさ。

「ごめんね。みどりさんの気持ちをちゃんと考えなかったわたしが悪いんだよ。だから泣かないで……」

ギャァー! 不穏! 不穏すぎる! 不穏しかない!
どう見たってまずかったのはみどりさんなのに、全てを受け入れて事態の収集を図るコミュニケーション上級者のムーブ。これをできる奴はこのクラスには、ベルるんしかいない……! でもこれ、やった側はアガるけど、やられた側はサゲられてめっちゃ気まずい感じになるやつ。
不穏な展開にウチのSAN値は大ピンチ!

……。
えーっとね、何があったのか説明するよ。
もうすぐN県での移動教室があるから、その班決めをしたのね。移動教室は泊まり行事だからさ、班のメンバーは超・大事! で、ベルるんが班長のひとりになって、自分の班にアサたんとみどりさん、ウチをいれたのよ。そうするってことは教えてもらってあったよ、ウチも、アサたんも。で、エリりんとメイにゃんもそれぞれ別の班の班長をする。班とか関係なく、皆で楽しくやろう、ってね。それが前提。

どの班に誰が入るか、めっちゃあっという間に決まって。あ、これはベルるんがみどりさんを自分の班に入れるって決めておいたからだよ、みどりさんと誰を組ませるか悩まなくて良くなるもん。この組み合わせについて先生はちょっと考え込んでたけれど、結局OKになったんだよね。それで班のメンバーが集まって、ベルるんが「よろしくね」ってみどりさんに挨拶したときにそれは起こった。みどりさんがベルるんの肩を押して突き飛ばしたんだ。みどりさんは無表情だった。何も感じていない系の無表情じゃなくて、暗くてヤバい無表情だった。
で、アサたんは半泣きになって……。そりゃそうだよね、当たり前だよね。ずっと落ち着いてたみどりさんが手を出したショックだけじゃない、ベルるんとみどりさんの間で板挟みになっちゃったわけで。きっつ……。それを察したベルるんがさ、それはもう流れるように、突き飛ばされたショックから秒で立ち直ってアサたんをフォローしたんだよ。

「わたしと同じ班になってみどりさんが困るのは仕方がないよ。だってわたしとみどりさんって、全然接点がなかったんだよ。そんな良くわからないやつと組まされたら、それは驚くし、腹が立つと思う。ごめんね、みどりさんの気持ちを良く考えなかったわたしが悪いんだよ……」

このしゃべりは完璧だよね。でも、あのさ、これ、ウチは間違いないと思ってるんだけど、ベルるんにはこうなることがわかっていて、その時にはこうしゃべろう、って決めてあった気がしてるんだよね。ベルるんてさ、自分が何を言って、何をしたら何が起こるか、それをわかっていると思う。高い場所から見下ろすみたいにさ、すご……。
それにしてもさ、ベルるんの言う通りなんだよ。ベルるんとみどりさんの間には接点が全然ない。数回同じクラスになっただけ。なのになんで、この二人の間に「何かある」感じがしちゃうんだろう? いや、感じがしちゃうんじゃない、絶対に何かある。それはふたりが正反対だから? でも本当に正反対だったら互いに無視すればいいんだよ。でも無視できなくなってる。それは――。

「そういうことはあるよ」って「まゆねーさん」が言ってた。「まゆねーさん」の友だちも「それな」ってさ。
「まゆねーさん」っていうのは、近所に住んでる高校生のまゆちゃん。ウチにゲームやネットの世界を教えてくれたお姉さん。「まゆねーさん」の友だちは「まゆねーさん」の友だちの友だち……って感じでつながったゲーム仲間でね。学生だったり、会社員だったり、子どもがいたり……そんな人たちにウチは遊んでもらってる。遊んでもらうだけじゃない。ゲームをしながらのおしゃべり(ボイチャ)で、ウチはみんなから大人の考え方を教わってる。
「サラちゃんの話を聞く限り、ベルるんって子は大人顔負けに頭がキレるし、敵にしないほうが良さそう」「でもやっぱり子どもだし、危なっかしいね」とか、「みどりさんって子のことを理解するの、あまりこだわらないほうがいいよ」「わかりあえない相手っている」とか、色々アドバイスをもらうことも。ちなみに発表会の写真の件は「あーあ」「調子に乗りすぎ」って叱られたよ。「いらんことをしたね、それ、ベルるんを、ベルるんだけじゃないな……クラスのいろんな子を刺激したかもよ。あと、アサたんにはちゃんと謝りな」って。
その流れで「無視できない正反対がある」ってことも教えてもらった。「相手が自分の影みたいになっちゃったり、相手のせいで自分の影がはっきり見えちゃったり。そうなると因縁が深くなりがち」……ベルるんとみどりさんの関係もそうなのかも。

「え? えー? なにー?」

こっちの不穏を察して、エリりん、メイにゃんを先頭にいつものメンバーが集まってきた。いや、察してじゃないな。何かが起こる前提でこっちを観察していたんだろうな。

「ちょっとぉ……何か揉めてる? なんでアサヒは泣いてるの?」

うわぁ、エリりん怖っ! 腕を組んで、みどりさんを睨みつけて、ドスの効いた声で、殺気がダダ漏れ。マジこの子血の気多すぎ。やだもう、ちょっと落ち着こうね? ね? アサたんは「なんでもないよ」って滲んだ涙をあわてて隠し、 みどりさんはエリりんをちらっと見て目をそらした。
ベルるんはアサたんやみどりさんと、エリりんの間に割り込むように「ちがう、ちがうよ、何でもないよ」「大丈夫だよ」って手を振ってみせた。

「わたしもみどりさんも、互いのこと全然知らないし、これから仲良くなれたらいいな、ってそういう話。ネッ、みどりさん」

みどりさんは当たり前だけれど返事をしなかった。ウチにはエリりんの舌打ちが聞こえたような気がした。でもそこでベルるんが「もう大丈夫だから」って感じで、にっこりとみんなに目くばせしたので、その場は一旦解散……ってなった。先生もこっちを気にしだしたしさ。それにしても、ベルるんの「にっこり目くばせ」って、ほんと効果が抜群。これ、ベルるんの顔が良いからなんだろうな……って、くだらないことを考えながら……ウチは見たよ。

エリりん、メイにゃん、みんな……ウチらからは離れたけれど、こっちをちらちら見ながら、ヒソヒソなにかを話してるのを。
「見たよ」「山田さんがベルさんのこと……」「結構強く……」「暴力だよ」「ひど……」「アサヒちゃんは責任を感じて……」「ね」「かわいそう……」
腕を組んだエリりんが、鋭い目でみどりさんを見ている。その隣にいるメイにゃんは「あーあ、やっちゃったね」って感じで肩を竦めている。
何かが起こる、って気がした。
すごくすごく嫌なことが起こる。それは多分避けられないな、って。

そしてわかってる、ウチも戦犯だ。
こういうことになっちゃったきっかけを作って、それをややこしくして……。それでアサたんは今、きっついことになってる。

――ほんとうに、ほんとうにごめんね、アサたん。

ごめんなさい……。
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