第24話 それぞれの思い そして敵襲

文字数 1,941文字

「戦況次第だ。その戦況も俺たちの小隊だけで、どうにかできるものじゃない」

 ハンナが黙って頷く。エルフ種の特徴でもあるハンナの白い顔がボルドの言葉を聞いてさらに白くなっているようだった。

「現在この補給基地には、俺たち含めて三つの特別遊撃小隊が配属されている。戦端が開かれたら俺たちは最前線後方に位置し、戦況に応じて各々の判断で出撃することになる」
「……そうですか。最初から分かっていたことですし、覚悟もしていたことです。ですが、いざそうなるとやはり遣り切れないですね」

 ハンナがボルドから視線を逸らして長い睫毛を伏せる。

「情けないですね。あの子たちが覚悟してきたものを考えると、これで動揺する自分が情けないです」

 ハンナの言葉にそれは自分も同じだとボルドは思う。ハンナが言うように、最初から分かっていたことだし覚悟もしていた。だが、いざその事実を突きつけられるとその理不尽さに怒りすら湧いてくる。

「俺たちにできることは、彼らの覚悟を紛うことなく昇華させてやることだけなのかもしれない……」

 ハンナに向けて言うわけでもなく、ボルドは呟いた。今できることは、きっとそれだけなのだろう。その後のことはわからない。カイネルが言うように、人族の地位を向上させるために尽力するのか。だが、果たしてそんなことが自分にできるものなのか。

 人族の血を引きながらも魔族の社会で生きてきた自分は、人族に対してさしたる共感を持ち得てはいないのだ。そんな自分が人族に何ができるのだろうか。

 まあいい。今は志願兵の覚悟を昇華させてやるだけだ。ボルドがそう思った時、不意に明るい茶色の髪をした志願兵の顔が頭の中に浮かんだ。

 ルーシャ・アスファード三等陸兵といったか。大きな黒い瞳が印象的な、よく笑顔を見せる志願兵だった。歳は十五だったか……。

 感傷的になりつつある気分を振り払うかのように、ボルドは少しだけ首を左右に振った。

「ハンナ一等兵、この話はまだ口外しないように。そして衛生兵として志願兵たちの精神的な支援を最大限に行ってほしい」

 ボルドの言葉にハンナは小さく頷いた。




 「……なあ、ゴーダ」

 就寝前、天幕の中でジェロムはそう声をゴーダにかけた。

「何ですか、軍曹? そんな怖い顔をして」
「馬鹿野郎、これが普通だ」

 ジェロムがゴーダの頭を叩こうとしたが、ゴーダはそれを巧みに避ける。

「軍曹も歳ですね」

 ゴーダがにやりと笑う。

「馬鹿、俺はまだ三十五だ! 嫁だって貰ってねえ」
「……」
「てめえ、何だ。 その沈黙は? ぶっ飛ばすぞ!」

 ジェロムは表情を変えて一瞬だけ声を荒げたが、すぐにまた真顔に戻った。

「……この戦争は終わらせられないのか。あんな子供の犠牲を出さないと終わらないのか?」
「……さあ、難しいことは俺にも分からないです」

 ゴーダが首を左右に振るのを見てジェロムは溜息を吐いた。

「隊の中で、どれだけ力があるのかを張り合っているお前に訊いた俺が馬鹿だったよ」
「随分な言い方ですね。軍曹だって似たようなものじゃないですか」

 ゴーダが不平を口にしながら言葉を続けた。

「でも単純に可哀想だと思いますよ。まだ子供じゃないですか……」
「そうだな……」

 ジェロムはどこにも行き場がない感情を抱えたまま口を閉ざしたのだった。




 まだ明け方の薄暗い大気の中で警報がなり響いていた。着弾に伴う爆音や地響きも続けざまに感じられる。敵襲だ。それもおそらくは大規模な。

 ルーシャは塹壕の中で震えようとする手を両手でしっかりと組み合わせていた。
 塹壕の中とはいえ、遠距離魔法などの直撃を受ければひとたまりもないはずだった。ルーシャの隣には重装歩兵のゴーダがいて、その大きな体が少しだけ心強かった。

 ゴーダがルーシャの方に顔を向けた。そして、爆音にかき消されないよう大声を出す。

「大丈夫だ、ルーシャ。直にこの砲撃も終わる。後は突撃してくる敵兵を撃ち殺して、殴り殺すだけだ」

 ルーシャはうんうんと二度、三度と分かるように大きく頷いた。
 ルーシャたち第四特別遊撃小隊が潜んでいる塹壕の前には、五つ程の塹壕が見て取れた。この目の前にある塹壕が順に突破されたら自分たちが戦うのだ。銃を持って戦うのだろうか。それとも……。

 ルーシャは唾を一つだけ飲み込んだ。そして、油断すると震えようとする両手で顔を挟み込むようにして頬を叩く。

 その様子にオーク種であるゴーダの小さな目が、少しだけ大きく見開かれた。

 ……大丈夫だ。私は大丈夫。その覚悟はできているんだ。
 ルーシャは心の中で呟く。
 そんなルーシャを見て、ゴーダが口を開いた。

「安心してくれ。その時には、俺たちが必ずお前らをその場所に連れて行ってやる」

 ゴーダの言葉にルーシャは小さく頷いたのだった。
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