第5話 像神

文字数 1,946文字

3m以上ある巨獣が門を片手で破壊し、校舎に向かって来ている。あれは明らかに世界の道理から外れた生物……神子だ。生きている神子を見る機会なんて滅多にないぞ。

俺は思わず教師に質問した。

「先生、外のあれは?」

「おーっと……あれはレベル4 チャウグナー=フォーンじゃないの!? 最後にチャウグナーが確認されたのは五十年前、現在は禁足地の『愛宕』という山に封印されているはずなんですがねぇ……なんでこんな所にいるんですかねぇ?」

教師は興味深そうにそれを見つめ、悠長なことを言っている。
絶対にそんなことを言っている場合ではないが……人間は予想外の事態を前にした時、しばしばこうなってしまう。状況が受け入れられず、脳がフリーズしてしまうのだ。
レベル4が平和な壁外地に出現するなんて本来ありえないことなのだ。そもそもレベル4は封印されてるんじゃないのか!?

「えっ、どういうこと?」「まずくないか?」
「これってヤバいよね!?」「レベル4なんてありえないだろ!」「あれほんもの……?」「なんかの撮影じゃないのか?」「ドッキリじゃね?」「どうなってんだぁ!?」

生徒たちは皆、あわあわしていた。この状況が理解できず、あれこれと言い合っている。
次の瞬間、校舎全体が大きく揺れ、疑念が確信に変わる。

「これはマジのやつだぁ!」「入ってくるぞぉ!」
「はやく逃げないと! ねぇはやくぅ!」
「ほんまにどうなっとるねん!」「おわりっぴ!」
「嫌だぁ死にたくないよぉ!」「うるさいっ!」
「のけよ!!!」「こんなこと、ありえない」
「逃げるんだぁ……殺されるっ……」
「落ち着いてください! 皆で避難しましょう」「自分の命が最優先だろぉが! ボケ!!」


像の怪物は壁を破って遂に校内に侵入した。すぐ下の階にいる怪物の破壊活動が二階の教室にまで伝わってくる。

沢山の生徒が一斉に教室を飛び出したので、廊下は人と怒号で溢れ返って大狂乱、皆生き残ろうと必死だった。

しかし、これはかなりやばい状況だ。真偽は定かではないが……教師の言う通り、あれが本当にレベル4の神子なら、逃げたって無駄だ。
街をいくつも滅ぼすような怪物だぞ。この学校にいる数百人の生徒ぐらい、ものの数分で皆殺しにすることが出来るはずだ。 

どうすれば生き残ることができるのか? いくら考えても答えが見つからず、俺は座席から立ち上がることさえできない。

「なにボケッとしてんだノア! 俺たちも早く逃げるぞ!!」

友人が叫んでいるが足が動かない。怖くて動けないのか俺は? いや違う、何か忘れている。

そうだ、今俺がするべきことは逃げることじゃない! 一階の教室、丁度あの怪物が入ってきた辺りにレジーナの在籍するクラスがある。 

できることは一つだけだ。自分の命なんてどうでもいい。何があっても彼女だけは助けないと。

「おいおい、ちょっと待てよ! そっちは化け物のいる方向じゃあねえか!!」

「すまないお前は行ってくれ! 俺には……やらなきゃいけないことがあるッ」
 
「馬鹿野郎ッ! 行くなノア! 行ってなんになるよ!?」

友の静止を振り切って、俺はレジーナの教室に向かって走る。俺が行っても意味はないかもしれない。だが理屈なんて関係ない。やらなきゃ後悔するんだ。どんな時も俺は家族を守るために行動する。

廊下を走り抜け一階にあるレジーナの教室に駆け込む。崩れた壁に何人もの生徒が潰され、まだ息のある人たちの助けを求める声が飛び交っていた。

レジーナも逃げ遅れた生徒の一人であった。瓦礫に足を挟まれて動けずにいた彼女に俺は手を差し伸べた。

「レジーナ! 助けにきたぞ!」

「えっノア……なにしてるの!? 来ちゃだめ! 早く逃げて! 皆殺されちゃう!」

像の怪物はすぐそこまで迫っていた。間近で見た奴は狂気そのものであった。それはゆっくりだが、一歩ずつ確実に俺たちに近づいている。

少しでも早くレジーナを助ける以外に方法はない。俺は必死に彼女の足の瓦礫をどかす。 

「もう私はいいからぁ! 早く逃げてよ!」

「うるさい!」

もう目の前まで神子は迫っていた。駄目だ、間に合わない。こいつは確実に俺たちを殺す気だ……
 
強者の余裕なのか? 神子は攻撃せず、屈んで俺の顔を覗き込む。その顔は笑っていた。怖い……

「いっ゛ッ……!」

激痛 ──体と意識が同時に飛ぶ。何が起こったのか分からない。気が付いた時にはコンクリートの壁に体がめり込んでいた。腹が抉れている。怪物の鼻に腹を打たれたようだ。
全身が熱く、弾丸で貫かれた時と似たような……いやそれ以上の強烈な痛みが走る。

「そんなっ……ノアぁ!」

意識が朦朧とする。結局俺はなんにも出来ずに死ぬのか……レジーナに近づくなクソ化け物ッ……駄目だ、俺にはどうすることもできない。なんて無力なんだ俺は……



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