第16話 カウンターからの景色

文字数 1,219文字

 気づいたら私は悠斗の家の前に立っていた。
 コロンコロロン……。
 いつものようにドアを開け、カウベルが鳴る。そのまま店の奥に向かい、いつものように厨房側のカウンターの、一番奥の席に腰をおろした。
 今日はお爺さんがいない。厨房の奥では、悠斗が調理の準備をしていた。
 鍋やフライパンを洗っている背中をただ黙って眺めていた。それだけで心が安らぐようだ。
 調理台を丁寧に磨き上げ、立ちあがってこちらを振り返った悠斗の目が、私を見た。

「結菜……どうして……」

 悠斗はとても驚いた表情をしている。なにをそんなに驚いているんだろう?
 ――どうしたの?
 そう聞こうとして、言葉が出ないことに気づいた。
 私は困って、ただ笑ってみせた。
 悠斗は早足でカウンターの前まで来ると、私の両手を包むように握った。

「結菜、こんなところに居ちゃダメだ。早く戻って。早く戻らないと、帰れなくなってしまうかもしれない」

(戻るって……どうして? 帰れなくなるってなに? 居ちゃダメなんて、どうしてそんなことを言うの?)

 そう思って、私はどうやってここへ来たんだろうかと考えた。
 電車に乗った記憶はない。それに、学校へはもう行ったんだろうか? バイトは……?
 いろいろなことが頭に浮かんだ瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

 ハッと我に返ると、私は悠斗の家の前に立っていた。
 ドアを開け、カウベルが鳴る。そして私はまた、カウンターの一番奥の席に……。
 また悠斗に帰るように促される。
 そんなことを何度か繰り返したある日、いつものようにお店のドアを開けると、カウンターの一番奥の席に女の子が座っていた。
 その子は私を見ると立ちあがり「いらっしゃい」と言った。
 黙ったまま、いつもの席に腰をおろした。カウンターに悠斗の入れてくれたカフェ・オレが置かれ、私はそれに口をつけた。味がしない……。
 それより……この女の子は誰だろう。今まで見たことがない。まさか……悠斗の新しい恋人……?

「そんなわけないでしょ」

 私の心の声が聞こえたかのように、女の子がそう言った。

「ねえ、どうして毎日、ここに来るの? 早く帰らないとダメじゃない。帰れなくなったらどうするの? まあ、戻ってはいるみたいだからいいと言えばいいんだけどさ」
「どうしてそんなことを言うの?」

 今日は言葉が出た。女の子も悠斗も、驚いている。

「なんで来たらいけないの? だって私、悠斗に会いたい。一緒にいたい。なのにどうして帰れなんて言うの?」
「だって良くないんだもの。悠斗だって心配してるよ。悠斗のこと、好きなんでしょ? それなのにそんなに心配かけていいの?」

 心配……?
 なにを……?
 私は悠斗を見た。悠斗も私を見つめ、優しくほほ笑んだ。

「あまり離れてると良くないんだよ。今日も行くから。だから結菜、向こうで待っていて」

 行くってどこに?
 向こうで、ってどこのこと?
 そう思ったとたん、また頭の中が真っ白になって、意識が途切れた。
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