2017年

文字数 1,859文字

なんでそんなにパラボラアンテナがすきなんですか、と聞かれた後も考えてた。もういち年たつね。まだわからないね。なんで、なんでだろう。答えはパラボラアンテナの曲面で反射するから、電波の地図をえがく準備をして。さあ、いこう。

直径45mのパラボラアンテナと会うたびに、お久しぶりですね、と声をかけたくなる。うれしいとか、しあわせだとか、切ないだとかそういう言葉で表せない気持ちを胸に、泣き疲れて眠る子どもみたいに祈りたい。その白さに、その大きさに、そのまるさに、これから先存在し続ける長い時間を祈りたい。
 
こんにちは。お久しぶりですね。いち年間、私はこの日を待っていた。無機物の中でいっとうすきなあなたに、唯一近づけるこの日。理由もなく、証明もできないこの想いを、祈りとしてささげることのできるこの日。ありがとう。ありがとう。ひとびとから待ち望まれ、ひとびとによってつくられた、あなたの存在がほんとうにうれしい。みて、あなたはたくさんのひとびとに、こんなにもあいされている。

さわれるとは思わなかったんだ。白く、なだらかな曲面。去年はさわれなくて、今年もはじめ雨が降っていたから、なかばあきらめてた。うれしいね、やっとさわれた。つるりとした表面を、なか指がなぞる。誰のでもない私の指紋で、反射角が曲がればいいのに。そしたら漏れでた電波は解析されずに、地図にならずに、私のものになるのにね。

パラボラアンテナのかっこいい位置ってどこ。いつだってどの角度だって、パラボラアンテナはかっこいい。でも、選ばれたかっこいい位置は、ほんとうにかっこよかったね。すこし離れた場所で、ずっとみてた。近くまでよって、稼働する音を聞いていた。きっと、みんながみてた、聞いていた。うれしい。パラボラアンテナのかっこいい位置を知っているひとがいて、そのかっこよさをほかにひとに伝えたいひとがいて、実際にかっこいいと思いながらみてるひとがいる。稼働音の先の、ひとびとの歓声。そんな場所に、私はずっといたかった。

星空をみた。とぎれとぎれの雲がじゃまをしたけど、確かな光が遠くにみえた。パラボラアンテナは、ずっとずっと、あの光たちを追って空をみあげるんだね。私はすこしみただけで、首がいたくなってしまったよ。なぜそんなにみあげ続けることができるのかな、星のことがだいすきなのかな。遠い遠い光に、あこがれてみあげ続けるパラボラアンテナを、私は同じような気持ちでみあげてる。だいじょうぶ、嫉妬なんかしてないよ、星なんてぜんぶ爆発しちゃえばいいんだなんて、すこししか思ってない。そんなことになったら、夜の空は星の死体で明るくて、それこそ星空になっちゃうね。きれいなんだろうな、そんな星空も、みあげ続けてるパラボラアンテナの横顔も。

カプチーノを飲む。おいしい飲みものはすき。いつか、おいしい飲みものだけで自分のからだが構成されていたい。液体で満ち満ちた未来を夢みて、おそらくに度とのめない組み合わせのカプチーノを飲む。去年のこの日もカプチーノはおいしくて、去年のこの日もしあわせだった。そうやって次にきたときにも、同じことを思うんだろうなあと思う。変わらないこともしあわせのひとつのかたちだね。でも、小さい女の子が大きくなっていく、その時間をみていくのもしあわせだから変わることも、きっと同じくらいしあわせだね。

パラボラアンテナに会いにいった、ふたりで。
去年の私はまさか、彼といっしょにパラボラアンテナに会いにいくだなんて、思ってもいなかった。今年の私は去年の私に伝えたいな。パラボラアンテナに反射してもらえば、今年の私の声は、波になって去年の私にとどくと思うの。

ハローハロー。お久しぶりですね。いち年前、呼吸するのを忘れていた私。それほどにすきな無機物をまた、私はみにいくことができたよ。ひとりじゃなくて、その気持ちを共有したいひととふたり、みにいくことができたよ。ありがとう。ありがとう。彼にパラボラアンテナの話をしていてくれた私のおかげで、私はこんなにもうれしくて楽しい。トウモロコシ畑の中で、眠りつかれた胎児のように祈っていいよ。安心して、泣いていいよ。

なんでそんなにパラボラアンテナがすきなんだろう、と私はいち年後に聞くよ、私に。それまで答えは銀河のむこうに宙ぶらりんにでもしておこうかな、いち年後、パラボラアンテナに会いにいったときに考えるために。なんで、なんでだろう。なんですきなんだろう。そうやって呼吸を忘れる時間を過ごして、またいち年、呼吸をするね。
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