2016年

文字数 3,000文字

 なんでそんなにパラボラアンテナがすきなんですか、と聞かれる前から考えてた。なんで、なんでだろう。答えはブラックホールに吸い込まれてしまうから、パラボラアンテナで観測してもらわないといけないね。解析結果はこんど教えて。

 直径45mのパラボラアンテナは大きかった。記憶のままに大きかった。みあげても、なんとなく全部が視界に入らないような気がして、たぶんそれは気のせいじゃあなくて、私はひたすらにまるいなと思う。ひとの手を介してでしかありえないような正確なまるさは、ひとの手では到底つくれないようなまぶしい大きさで包み込まれてる。まるさと、大きさがあってこその、パラボラアンテナだよ。だから私は大きなパラボラアンテナの方がすき。小さくたくさん並んでいるパラボラアンテナもすきだけれど、霧の中でのその姿は墓地みたいだった。さよならと言いたいひとなんてこの世にいないのに。

 こない。車掌さんがこない。無人駅から乗ってるから、電車の中でお金を払いたいのに、車掌さんがこない。私にみえないだけなの、みんなにはみえているの。わからない。でも駅に着くたびにホームで切符を確認する車掌さんはみえる。走ってる。電車の中だとみえない。車掌さんはすごい速さで走っていて、私の目が追いついていないだけなのかな。視野が狭いの、それとも解像度をあげるべきかしら。どっちもだめなら、まず大きな私と小さなたくさんの私に分裂するから、大きな私で車掌さんのだいたいの位置を特定して、小さなたくさんの私でピントを合わせてお金を払うね。どう、いい案だよ。
 私が感知できなかった車掌さんには結局お金を払わない。電車を降りる、電車に乗る。車掌さんにお金を払う。安心して眠りにつく、すやすや。

なんでそんなにパラボラアンテナがすきなのかね、と私は尋ねる、私に。知らないよ、と答えそうになる、私に。
すきなことに理由はいるの。すべての現象に理由は必要だから、いるんじゃない。いやいや、すべての現象における理由は、必要なわけじゃないよ、あってもいいなーくらいだよ、しかもその理由を、数式とかで表すことができたら最高。なんで。だって数字はなによりも再現性が高いから。ひかりみたいにまっすぐに、そのまま伝わる。正しく伝わる。みんなに伝わる。いいことだね。あーあ、すきであることの証明を、数式で表すことができたら、私はこの質問に、知らないと答えずにすむのにね。堂々とパラボラアンテナをすきと言えるのにね、言ってるけどね。

パラボラアンテナにさわれると聞いたのに、雨が降っているから、中止になった。階段で足をすべらせるといけないから。私は階段ですべって落ちて頭を打って星になったとしても、パラボラアンテナにさわりたかった。それで、星になった後に、パラボラアンテナに観測してもらうんだ。うれしいね。気まぐれに光るから、どうか私を数字にして。
えがく地図の末席に加えていただければ、もうちょっとオマケして光ってあげる。銀河の地図の説明を聞いた。河野さんから。その15分前に私に、ブラックホールの発見について話してくれたのも河野さんだったよね。なに、河野さんはなんにんもいるの。河野さん多発地域なの。それとも分裂しちゃったの。分裂したら寿命が短くなってそうだから、みんなパラボラアンテナの下に埋めてあげるね、ほんとに墓地になるね。いやだな。

たくさん写真をとる。もううれしくてたまらなくて、写真をとる。写真をとることで、わくわくとかどきどきとかそわそわとかをぜんぶ私の外側に放出する。どこからかなー、口からごぽごぽでてるかも。いつもは気体としてでていくそれらも、きっと今日は電波になってでていって、観測の邪魔をするよ。困って。私のうれしい気持ちで困って。
たくさん写真をとった。3年前は、スライド式の携帯電話で画質が粗くて、デジカメももっていなくて、そういえばフィルムカメラでとってた。今回はパソコンに送りたい。きれいな画質でみたい。デスクトップにはりつけてにやにやしたい。デジカメ様の充電は、朝ごはんも昼ごはんも食べてない私よりばっちり。ほんき。雨がやめばもっとうれしかった。
パラボラアンテナの下で傘をさすって不思議な気分だよ。だって、形が似ているもの。ここのすべてがパラボラアンテナなら、傘は傘として機能しないね。ひっくり返って壊れてる。ここのすべてが傘なら、パラボラアンテナはパラボラアンテナとして機能しないね。遠くはみれない、下をむいて俯いてる。別々のものでよかった。傘は私を守ってくれて、パラボラアンテナは真実を届けてくれる。
たくさん写真をみる。パラボラアンテナと星を一緒に撮影できる会があったらしいよ。抽選で選ばれたひとだけが招待される、一夜。星の軌道、明けゆくはじまりの空、純粋なものだけで構成された時間のかけら。それらのすべてにパラボラアンテナはうつっている。あるものははっきりと、あるものは影として。一緒にいきたいとは言わない、その写真をポストカードにしてくれたら、私はそれを誰にも送らないよ。
無料でもらえるポストカードがあって、銀河と星雲とパラボラアンテナの3択だった。私にとっては1択だね、もちろん。

小さなお店で、カプチーノをのむ。お店自体はたぶん4畳くらいで、外に席がある。青いビニルシートが屋根になってたから、そこで息を吸った。吐いた。1日呼吸するのを忘れてたんだっけ、大きくゆっくりと肺を動かせば、私の口からは気体がでていく。オーダーは小さい女の子がとってくれた。おつりの渡し方が、おままごとみたいでかわいい。女の子のお母さんも、私も、知っている先生がいた、近くの農場の先生。もう3年会っていない先生は、よくここでカプチーノをのむらしい、元気かな。おいしい。おいしすぎてテイクアウトも買う、おいしい。おいしい飲みものは、ひとをしあわせにできるよ。ほんとうに。おいしい飲みものだけを飲んでたら、毎日しあわせだよ。言いすぎかな、でも、ほんとうに、それくらい、飲みものはしあわせの輪郭をなぞると思うんだ。おいしい。帰ろう。

連絡をした。ふたり。
ひとりは、3年前に一緒にここにきたひと。パラボラアンテナの写真を送った。しばらく会っていないけれど、元気かな、元気だといいな。あたたかい静岡の地で、みかんでも食べながら生活しててほしい。静岡はちょっと遠いから、互いに帰省したら会おうよ。また、一緒にパラボラアンテナをみれる日はくるかな。臼田は無理でも、きっと、野辺山はいけるよ。会えるよ。あとこんどいきたいパン屋さんあるからつきあって。って書いてる途中で彼女がここにくることを知ったんだ、あと1時間後くらい。待ってる。トウモロコシと一緒に。
ひとりは、パラボラアンテナの祭りにいくのと聞いたひと。いくかどうしようかと、思って悩んでた私の手を引いたひと。いってよかった。ほんとによかった。感謝を。たぶん、いつでも感謝してる。絶えず背中がさみしそうな彼と、過ごす時間のほとんどが、やわらかで楽しくあってほしいと思う。

なんでそんなにパラボラアンテナがすきなんだろう、と私は誰かに聞きたいな。誰かに聞いても余計に答えはでないからこそ、私は誰かに聞くよ。なんで、なんでだろう。解析は私ひとりじゃできないんだよ、なんてうそ。観測したいね、解析は終わらないね。こんなにも楽しいね。
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