共鳴し合う兄弟の絆

文字数 4,345文字


―――

 蘭と蝶子が覚悟を決めてから二ヶ月程が過ぎていた。

 500年以上も前、しかも文明が急速に発達した時代から突然やってきたにも関わらず、二人は案外上手くやっていた。それは事情を知っている人がいて、何だかんだ面倒を見てくれるからであって、信長や市には本当に感謝しかないと思っていた。
 そして三日に一度はあの大広間に集まり、近況や敵方との情勢などを報告し合っていた。

 今日はその報告会の日。
 信長が来るのを待ちながら蘭が口を開いた。

「そういえば蝶子さ、タイムマシンの欠片の研究はどうなったんだ?最近忙しくて全然部屋に行ってなかったからさ。気になって。」
「あ~あれね。やっぱり道具がないと難しくてさ。気合いで一ヶ月くらいは粘ったんだけど、もうお手上げ。」
「何だよ、諦めるの早くねぇか?」
「だってどっからどう見てもただの鉄屑よ?そんな事より今は大事な事があるんです~ねぇ?市さん。」
 蝶子に振られて一瞬驚いた顔をした市だったが、すぐにいつもの柔らかい笑顔になって頷いた。

「何だ?その大事な事って。」
「蘭には内緒~~」
「うわっ!ムカつく……こっちは台所で毎日毎日朝・昼・晩の食事作って運んで後片づけしてって一日中働いてんのに、そちらさんは優雅にお過ごしのようで。あーあ、羨ましいですな~」
 精一杯皮肉を言ったのに、蝶子はどこ吹く風。何がおかしいのか、ずっとニコニコしている。

「濃姫様はわたしと対等に話せるようになって嬉しいんだと思います。歳も近い事ですし、女性同士という事で共通の話題も多くて、今ではすっかり仲良しですわ。」
「共通の話題ねぇ~……」

(500年以上離れて暮らしていたにも関わらず、共通の話題でこんなに仲良くなるものか?……う~ん…女ってのはよくわからない。)

 未だにこの城の中での人間関係に慣れていない蘭は密かにため息をついた。
 父である可成とは多少ぎこちないところはあるが、親子であるという設定をお互いが歩み寄っていく事で何とか板についてきた。

 父が織田家に仕えて城に入ったのが自分がまだ小さい頃だった為、話す時にたまに敬語になってしまうとか、所作を知らないのも教えてくれる人がいなかったから、今一生懸命覚えているとか、誰かに指摘される度に言い訳を重ね、この二ヶ月で蘭は疲れていた。
 まだ気の許せる人がいないので、悩みを打ち明ける相手も笑い合う友達もいない。

「はぁ~……あ、でもそういえば……」
 ため息をついた後、ふと思い浮かんだ人物が二人いた。

 それは明智光秀と柴田勝家だ。
 光秀の方は単純に話しやすいというのもあるが、本能寺の変が起こらないようにする為にはまずこの光秀を仲間にしようという蘭なりの作戦だ。
 見る限り真面目で誠実で優しくて、本当にこの人が本能寺の変を起こすのかと信じられないくらいだが、取り敢えずここで仲良くなって少しでも裏切りの芽を摘んでおきたい。蘭は今から一ヶ月前くらいから接触を図り、友達まではいかないまでも良く話すようになった。

 そしてもう一人は柴田勝家。あの図体もでかければ声も大きい、しかしデリケートな交渉事をそつなくこなす意外な特技の持ち主である。そんな勝家は信頼に値すると蘭は勝手に思っているのだ。
 二人にはタイムマシンの事や未来の事などはもちろん内緒で、色々と相談してもらうつもりでいた。

 そこまで考えたところで障子が開き、信長が入ってきた。途端、空気が変わる。ピリッとしたオーラを撒き散らしながら、上座に座った。
 その後ろから秀吉、光秀、可成が続いて入ってくる。

(あれ……?)

 蘭が首を傾げた時、蝶子が声を上げた。

「あれ?今日は勝家さん、いないの?」
「本当ですね。お兄様、勝家はどうしたのでしょうか?」
「ふむ。勝家には末森に行ってもらった。」
「え?末森……?」
 思わず声が出る。

(末森って確か、信長の弟の信勝って人がいる所だよな。どうしてそんなところに?)

「蘭丸。何か知っていそうな顔だな。」
「へっ!?あ、あの……何も知りません!」
「ほぅ……」
 目を細めながら帯の隙間から扇子を取り出す信長。その顔が見れずに俯いた。

(裏山で会ったとか言えない!しかも会った事を内緒にしてくれなんて言われたのも絶対に………ってあぁ!!)

 慌てて顔を上げるとニヤニヤしながら扇子を扇ぐ信長がいた。その奥では市も呆れが混じっている笑みを溢している。そして恐る恐る隣を見ると、全てのものを氷らせるような冷たい瞳の蝶子がいた。

「話します……」
「よし。申してみよ。」
 光秀や可成の前で信長の力を見せる訳にはいかない。仕方なく、この間裏山に行った時に信勝と会った事。会った事を内緒にしてくれと言われた事を話した。

「そうか。あいつが裏山に、ね。何をしていたんだ?」
「えっ?いえ、特に何もしていませんでした。ただボーッと景色眺めてただけで。」
「景色?どの辺りをだ?」
「えーっと確か……そうだ!この清洲城の方角でした。」
「…………市。」
「はい…………」
 突然信長が市の方に向き、強張った表情で聞いた。

「お前最近、信勝から連絡なかったか?」
「いえ、ございません。」
「本当か?嘘をついたらただでは済まんぞ。」
「嘘ではございません。」
 同じ言葉を繰り返して頭を下げる市だった。

 信長の急な変わりようにその場にいた全員が呆気に取られている。これまで信長は市に対してこんな態度をとった事はなかった。妹として大切にしているのだと感じていた。
 それなのに、一体どうしたのいうのだろう――?

「ちょっと、ちょっと!何なの?嘘じゃないって言ってんじゃん。それに何で急にキレてんの?信勝って誰?」
 そこへ救世主、もとい蝶子が間に入って市を助けた。気を削がれた形になった信長は一度咳をすると言った。

「信勝は俺の弟だ。市の弟でもある。……秀吉、光秀、可成。すまんが席を外してくれ。」
「かしこまりました。」
「承知いたしました。」
「失礼いたしました。」
 三人ともが廊下に出て障子が閉まる。廊下を歩く足音が聞こえなくなってからも、数分は誰も何も言わなかった。

「実は、信勝と市も『共鳴』の力で通じている。」
「えっ!?」
 蘭と蝶子は思わず市の方を向いた。市は未だに頭を下げたまま、少し震えていた。

(そっか。市さんが自分の力の話をしてくれた時、『共鳴』できるのは信長とお父さんとあと一人って言ってた。その三人目が弟の信勝さんだったんだ。)

 蝶子はその話を聞いた時の事を思い出していた。

「一度に『共鳴』できるのは二人だけ。三人となると複雑だからな。難易度も高いし、一晩寝込むだけでは済まない程、体力が消耗する。それに俺は市としかこの力は使わん。親父や信勝とは使った事はない。」
「ど、どうしてですか?」
「わかり合いたいと思わないからさ。」
「そんな……」
 蝶子が茫然とすると市が頭を上げた。

「お兄様。本当にわたしは信勝とは連絡をとっておりません。お兄様と一緒にこの清洲城に来たのですから、いくら弟といえども敵なのですっぱり縁を切っています。」
 ハッキリとそう言う市に満足そうに頷いた信長は、右手に持っていた扇子を左手で弄んだ。

「さて、どこまで話した?」
 信長の暢気な言葉に、いち早く現実に戻ってきていた蝶子が喚いた。

「『どこまで話した?』じゃないわよ!全然話が読めないんだけど!弟なのに敵?そんなのアリ?」
「落ち着けよ、蝶子……」
「これが落ち着かずにいられるかって。」
 立ち上がろうとする蝶子を蘭が必死に止めている。その様子を見ていた市が思わずといった感じで声を洩らした。

「ふふっ……本当に貴方達って仲が良いのね。」
「え?あ、いや…これは…」
「べ、別に蘭とはただの幼馴染で……」
「わたし達も仲が良かったんですよ?小さい頃は。」
「え?」
 二人揃って市を見ると、遠くを見る目つきで続けた。

「お兄様とわたしと信勝は歳が近かったから、いつも三人一緒でした。『共鳴』の力はある日突然備わったの。遊んでいる内にお兄様の声が聞こえてきたり、信勝が迷子になって泣いているのが流れてきてつられてわたしも泣いた事を覚えてるわ。その力をコントロールできるようになってからは、他の人達には内緒で秘密を打ち明けたりした。」
「市。言い過ぎだ。」
「申し訳ございません、お兄様。」
「何で止めるの?もっと聞きたいよ。」
「黙れ!」
「キャッ!」
 鋭い音を立てて飛んだ扇子が、蝶子の頬をかすって障子に刺さる。固まる蝶子を蘭が優しく抱き寄せた。

「何するんですか!?」
「お前らなんかにはわからない。幼馴染なんて血の繋りのないただの他人だろ?いつまでも仲良しこよしでいられる訳ではない。いいか。この前の道三の件で目の当たりにしただろう。息子が父親を殺す。それが当たり前の世界なんだ、ここは。俺だって親戚、縁者のほとんどを滅ぼした。後はあの生意気な信勝だけなんだ。今まで大人しくしてると思って油断していたが、どうやらこちらに向かって挙兵してくるらしい。」
「……え?」
 声を出したのは市だった。さっきは縁を切るだなどと言っていたが、やはり姉としてショックなのだろう。
 蘭は蝶子を抱きしめながら信長に向かって言った。

「それは確かな情報なんですか?」
「あぁ。勝家の事だから間違いはない。」
「勝家さんが?どうやってその情報を……?」
「あいつの特技は交渉術だけではない。密偵に関しては玄人顔負けよ。」
 信長の言葉に、蘭は蝶子と顔を見合わせた。

(密偵……つまりスパイって事?しかも玄人顔負けって、プロ顔負けって事かよっ!)

 柴田勝家という人物のハイスペックさに茫然としている間にも、信長は語る。

「あいつにはこの清洲城と末森城を行ったり来たりさせていたのさ。あっちにしてみたら俺から勝家を奪って自分の家来にした気でいるが、実際は勝家は俺の忠実な家来なんだよ。」
「何か……色々すげぇっす。」
 信長の策士っぷりに感動していると、横から思いっ切り肘で突かれた。

「いっ……てぇ!!」
「いつまで抱きついてんのよ!」
 ダメ押しとばかりに蹴りを入れられ、無様に畳の上に転がる。そんな蘭を見下ろして『ふんっ!』と鼻を鳴らすと、蝶子は去っていった。

「昔の事か……忘れた訳ではないんだがな。」
「何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。それより何だ、あれは。女に蹴られて反撃もできないなんて……おい、蘭丸!」
「は、はい!」
 慌てて体を起こすと正座する。そんな蘭に信長は、口角を上げて言い放った。

「台所番は一先ず休止。明日から庭で稽古だ。信勝の方はまだ動かんだろう。それまでみっちりしごくからな。覚悟しとけ。」
「え……えぇぇぇぇぇぇ~~!!?」

 こうして思いもしなかった稽古をやる羽目になった、蘭であった……


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