前編

文字数 988文字

 「⋯⋯いってらっしゃい」
 燃えるゴミの袋をぶら下げてリビングを出ていくかあさんの背中に、ボソリとつぶやいた。たぶん、聞こえてない。
 玄関のドアを開け、閉める音がした。足音が遠のいていく。

 ワイドショーをつけっぱなしにしながら、グラノーラをお皿にあけて、牛乳をそそぐ。もそもそ食べながら、テレビの画面を眺める。甲高い声のタレントがゲストを紹介して、男性五人組のアイドルが歌い始める。うるさい。
 スイッチを切って、自分の部屋に戻った。なんとなく、以前からの習慣で開けたカーテンの向こうは暗闇で、今日は三日月が出ている。下の方をみれば、うちのマンションの前の大通りを多くの車が通っているのがわかる。窓を開ければ、会社や学校に向かう大勢の人たちや電車の走る音も聞こえるのだろう。でも聞きたくない。見たくない。カーテンを閉め、つい一時間前に起きたばっかりのベッドに横になる。

 こんな生活をはじめてから、たぶん四ヶ月くらい経っている。みんなはもうすぐ高校二年生になるのだろう。あたしはなれるのだろうか。学校に行くのをやめてしまったし、先生たちとは両親はなにか連絡を取り合っているらしいけど、あたしは知らない。きけば教えてくれるのだろうけれども、知りたくない。
 その頃から、世界から昼がなくなった。あたしが、カーテンを開けると、外はいつも夜だ。
 
 スマホが振動する音で目が覚めた。表示されている名前をみて、あたしは血の気がひいた。
 朝香。この世で一番嫌いなやつ。あたしをここまで追いやった女。
 思わずスマホを壁に向かって投げつけると、振動は止まった。

 「まじきもい。死ねばいいのに」
 隣の席に座っている朝香が、ほかの子たちとのチャットに、あたしの名前と一緒にそう書きこんでいるのを、偶然みてしまった。
 あたしは、朝香とは友達のつもりだった。でも、そう思っていたのはあたしだけだったんだ。
 朝香はその後も普通に話しかけてきたけれど、あたしも普段通り話そうとしたけれど、無理だった。
 「あたし、みたよ。朝香の書き込み。どういうことか説明して」
 でも、朝香はまともに答えてくれなかった。それどころか、覗き見をするなんて、やっぱりあんたきもい、と、態度が豹変した。
 その日から、あたしは、クラスの中で存在しないことになった。誰も、あたしに話しかけてこなくなった。
 あたしは、学校に行くのをやめた。
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