後編

文字数 1,196文字

 部屋の隅で、またスマホが震え出した。
 今更、あたしに、朝香は何の用事があるというのだろう。どうせ、また、あたしの胸をえぐるような、冷たいナイフを突きつけられるような、ことばを投げつけて来るのだろう。
 ふと、激しい憎悪が久しぶりに湧いてきた。なら、こちらも、あいつに、最大限の侮蔑を投げつけてやろう。
「⋯⋯もしもし」
「ああ⋯⋯出てくれたのね。私、最後にあんたに謝ろうと思って」
「どういうこと?」
「あんたが学校に来なくなってからさ、私、咲や千尋たちから無視されるようになったんだ。あんたにあんなこと言ってた私がこんなこと話しても、いい気味だとあんたは思うだろうけど、私、自分が誰かから無視されたり、いじめられたりするなんて、生まれてこれまで想像したこともなかった」
 あたしは黙っていた。
「もう辛くてさ。今日、はじめて学校休んだの。もう、生きている意味ないな、と思っちゃって。自分なんて、生きててもしょうがないな、と思っちゃって」
 ほんとそうだ。お前なんか、さっさと死ねばいいんだ。
「で、死ぬ前に、あんたには謝っとかなくちゃ、と思ったの。ごめんね。私、自分が無視されて、ほんとに、誰かに無視され続けることって辛いんだって、はじめてわかった。バカだよね。でも、わからなかったんだよ。面白くって、楽しくって、あんたを無視してたの。でも、あんたのこと、嫌いじゃなかった。たぶん好きだった。あのまま、もしあんたが学校を休んだりしなかったら、また友達に戻れたと思うんだ。でも、もう無理だよね。私が死んだらさ、あんた、学校に戻りなよ。もう私はいないんだし、みんなも私に合わせてただけだから、もうあんたを無視したりしないよ。じゃあね」
 通話は切れた。最後まであたしは、何も話さなかった。ことばが出なかった。
 
 
 暗闇の中を、あたしは、朝香の家に向かって駆けている。
 あたしはなんで走っているんだろう。そんなに、あんな奴のことが気になるのか? あたしをよってたかっていじめて、汚いモノをみるような目でみていた、あんな奴が死のうと、どうでもいいじゃないか。人をさんざん苦しめておいて、勝手に自滅するだけだ。ほうっておけばいい。
 いや、その前に話さなくちゃいけない。なにを? わからない。あたしは、あいつを怒鳴りつけるかもしれない。泣き叫ぶかもしれない。なにが口から出てくるか、あたしにもわからない。でも、いまあいつに死なれちゃいけないことは確かだ。勝手に死んでもらっちゃ困る。あたしにも言いたいことがある。一方的に電話をかけてきて、一方的に電話を切って、自分勝手にもほどがある。あたしの言うこともきけ。そして考えてほしい。考えるためには、死んじゃだめだ。あなたは、まだ生きなくちゃ。あたしも生きるから。
 走っているあたしの周囲の闇が、だんだんと薄らいでいく。太陽がさんさんと照りつける大通りを、あたしは走り続ける。
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